第30話 聖誕祭の夜会(前編)
「ご無沙汰しておりますミリィ様、アリスちゃん」
「久しぶりねリーゼ、それにオリヴィエさんもご無沙汰しております」
バチバチバチ
私とリーゼの間で目に見えない火花が炸裂する。
リーゼ・ブランとオリヴィエ・ブラン、メルヴェール王国にあるブラン伯爵家のご令嬢。
二人ともアリスほど透き通ってはいないが、よく似た銀色の髪色が高貴な血筋を引いている事を示している。
詳しくは知らないが、リーゼの祖母に当たる人物が元メルヴェール王国の王女様で、何代か前に他国の血が入り、時折王族にリーゼのような髪色の女性が生まれるんだと言う。
「どうしたのミリィ? それにリーゼちゃんも」
「何でもないわよ」
「何でもないよ」
バチバチバチ
睨み合っていたところでアリスに声を掛けられ、思わず二人の声が重なってしまい、再び火花が炸裂する。
はっきり言おう、私とリーゼは仲が悪い。とは言え、本当に
以前アリスの可愛さに心を奪われたリーゼが、あろう事かお菓子でアリスを釣り、そのまま馬車で自国にお持ち帰りしようとした前科があるのだ。
もちろん大人達は暖かい目で笑っていたが、子供なりに私とリーゼの間では確執が起こり、今でもアリス絡みでは争いごとが絶えないでいる。
まぁ、アリスの可愛さを分かっている点では意気投合しているので、三人でいる間だけは無言の停戦条例が結ばれているんだけどね。
(分かっているでしょうけど、今日呼んだ目的は忘れてないでしょうね)
(分かっているわ、アリスちゃんに悪い虫なんて近づけるもんですか)
(それじゃ今日のところは)
(えぇ、休戦といきましょう)
ガシッ!
アリスとオリヴィエさんに不思議そうに見守られる中、私とリーゼはガッシリと握手するのであった。
ざわざわざわ
アリスをエスコートしながらゲスト専用の扉から入場する。あえて王族専用でも貴族達が出入りする正面扉でもない、控え室と直結している目立たない場所から入場したのはある程度察して欲しい。
入場の際に名前を読み上げられた訳ではないが、それでも近くにいた何名かの貴族がこちらに気づき軽く会釈を送ってくる。
爵位持ちの貴族には、事前にアリスの社交界デビューが伝えられており、混乱を招かないような対策がとられている。
これは安全面と言うより混乱を重視しての事で、夜会に参加している大半はアリスの存在は知らず、アリスの存在を知っている貴族達も姿を見るのが今日が初となる。
本来なら特徴とも言える銀髪の女性、とくれば大体の察しはついてくれるだろうが、急遽リーゼ姉妹を呼び寄せた関係で、勘違いされないよう事前に私と入場した人物と知らせる為である。
決して私がアリスを独占しようとか、アリスのデビューを私がエスコートするんだからと、無理やり周りを黙らした訳ではないと理解して欲しい。
「ミリアリア王女、ご無沙汰しております」
娘のパフィオを引き連れ、先陣を切って挨拶に来られたのはインシグネ伯爵とそのご婦人。伯爵以下、下級貴族と言われる中で唯一家族ぐるみでアリスの秘密を知る人物。
「お久しぶりですインシグネ伯爵」
「後ほどご挨拶に伺おうと思っておりましたので、息子達は今別行動でして」
なんとも申し訳なさそうな様子でインシグネ伯爵が話しかける。
そういえばパフィオには母親が違う二人の兄と一人の姉がいるんだったわね。アリスの護衛役に誰を付けるかが話し合われた際、彼女の置かれた環境も聞かされている。
「お気になさらないでください。お気遣いだけで感謝しておりますので」
伯爵様が声を掛けてくださったのは恐らくアリスの存在を気にかけての事。ご夫婦とは以前授業参観で顔見せが出来ているのと、パフィオとは友人関係を築けているので、伯爵である自分と気軽に話せている姿を敢えて周りに見せてくれているのだろう。これを機に、様子を伺っていた何名かの貴族達が順を追って挨拶に来る。
流石に今日の出席者には息子を未来の旦那にと、勧めてくるようなバカはいないが、今のうちに名前を覚えてもらおうとしてくる者は多く、こちらとしても今日の目的はアリスのお披露目なので無下にはできず、軽く挨拶ろ会話を済ませリーゼやルテア達がいるところまで向かった。
「すごい人気でしたわね」
「まぁ初めから分かっていた事だけど、流石にあの人数には疲れるわね」
会場内に設置されたテーブルの一つを確保してくれていたリコ達と合流し、先ほどまでの様子を語り出す。
最初こそ数組と軽く挨拶をしていただけと言うのに、ここにたどり着くまで爵位持ちの貴族全員と挨拶したんじゃないかという人数を相手にしてきた。中には私に向けて必死に自分を売り込んで来た勘違いもいたが、大半はアリスに自分を名前を覚えてもらおうとした者達ばかり。あくまでアリスの事は箝口令が敷かれているので、大其れた行動までは見せていないが、流石に数歩進んでは声をかけられ、数歩進んでは引き止められでは、アリスじゃないが精神的にもダメージを受けてしまう。
「もう、ミリィと一緒にいるから何度も引き止められちゃったよ」
「それは災難でしたわね」
全く、誰のせいであんな大勢から引き止められたと思っているのよ。リコも災難は私の方だと抗議したいわ。
「それでアストリア達は?」
「今は控え室に下がっているみたいですが」
パーティーの前半にジークがやらかした出来事は、事前にリコから連絡を受けている。元々会場の雰囲気が温まった頃合いを見計らい入場する予定だったので、ジークがデイジーをエスコートしている姿をアリスにみせなくて済んだが、後でリコと一緒にあの二人にはお説教をしなければならないだろう。
「まぁあの二人の事はいいわ、どうせ直ぐにもどってくるでしょ」
流石に公爵家の人間がずっと下がっていると言う訳にはいかないだろうし、本日デビューであるアリスとリコとは、ダンスを踊ってもらわなければならない。
社交界デビューで一番最初に踊る相手って結構記憶に残るものなのよね、しかも次期の聖女であるアリスと、未来の夫婦になるかもしれないジークとの仲を見せつける為にも、ここは激しい嫉妬心を抑えながらも笑顔で送り出さなければならない。
本音を言えば真っ先に私とダンスを踊りたいが、本番で女性同士が踊るというのも些か問題だろう。ここは己を制し、必死にこの苦行を耐えなければ。
「ねぇ、アリスちゃん。私と一緒にダンスしない?」
ブフッ
「ちょっ、リーゼ、何言ってるのよ! そんな羨ましい事……じゃなかった、そんな女性同士でなんて踊れる訳がないでしょ!」
ついつい本音が……コホン、心の声が漏れてしまったが、ここはサラッと見逃して欲しい。
リーゼの言葉にリコとルテアは目を丸くしているが、誘われた本人は何とも思っていない様子。
一瞬このまま私が先にダンスエリアまでエスコートしようかという衝動にかられるが、寸前のところで自我が押しとどめる。
リーゼとルテア達は今日が初の顔見せだが、パーティー前にお互い紹介し合っているので、現在は一緒のテーブルに着いている。
因みに姉のオリヴィエさんはティア姉様と一緒に談笑中。銀髪が三人も同じところに固まっているより、一人ぐらいは離れていた方がいいのでは? と言う訳ではなく、ただ単に二人は妹檄ラブという共通点で仲が良く、今頃お互い恥ずかしい妹自慢でも語り合っているのだろう。
間違えてもあの中には入りたくないわね。
「えー、でも誰もアリスちゃんを誘いに来ないじゃないですか。近寄らせませんけど」
「まてまて、近寄らせない事には激しく同意するけど、それがなんでリーゼと踊る事になってるのよ」
「そこは同意しちゃうんだ」
ぼそっとルテアが何やら言ってくるが、ここは聞かなかった事としてサラッと流す。一応ルテアたちがアリスと共にいるのは、悪い虫というよりデイジーのような陰険娘を近づけない目的の方が遥かに大きい。
パーティーに参加して誰からもお誘いされなかった、ではある意味いい笑い者。こちらである程度選別はするつもりだが、全く誰とも踊らせないとまでは思っていない。
「リーゼの国ではどうかは知らないけど、このレガリアでは練習以外で同性同士が踊るなんて事はないのよ」
「私の国だってありませんよ? でも愛に試練は付きもの、大勢の前で二人の仲を壮大にアピール……」
「しなくていいから!」
「ふふふ、冗談です」
はぁ……全く、何処から冗談で、何処までが本気なのよ。
「よぉ!」
「アストリア、あれ、ジークは?」
心身疲れ切ったところに現れたのはアストリア一人。そこのいつも一緒にいるジークの姿は見えない。
「あいつは今頃ユミナに説教くらってるよ。長くそうになりそうだったから俺だけ先に逃げてきた」
あぁ、それは逃げたくなるわね。
ジークの妹であるユミナはやたらとアリスを崇拝している。
公爵家に生まれた彼女にも当然のごとく聖女の力が宿っており、幼少の頃から厳しい聖女教育を受けて来た彼女は、昔見たアリスの力に心底崇拝してしまった。
まぁ、アリスに命を救われたって事も大きく影響しているんだろうけど。
「仕方がないわね、先にリコをエスコートしてあげてよ」
「あぁいいぜ。元よりそのつもりだ」
「いいのですかミリアリア様、私が先に踊ってしまっても」
恐らく私の淡い恋心を知っての発言だろう。
だからと言って大切な友達であるリコのデビューを、その辺の名前すら知らない男どもに任す気にもなれない。
「リコ、呼び方が昔に戻っているわよ。変な気遣いなんてしなくていいから、自分もパーティーを楽しみなさい」
決められた相手が居るのなら話は別だが、残念な事(?)に私たちにはまだ将来を誓い合った男性もいなければ、リコの思い人も聞いた事がない。ならば公爵家の子息であるアストリアは、デビュー相手としては打ってつけであろう。
「それではアストリア様、お願いしてよろしいでしょうか」
「おいおい、ミリィも言っただろ。呼び方が昔に戻っているぜ」
「そうだよリコちゃん。私たちの仲じゃ普段通りでいいんだからね」
「……そうですわね。改めてアストリア、お誘いありがとうございます」
「おぅ、んじゃ行くか」
アストリアにエスコートされながらダンスエリアへと向かっていく二人を見送り、ふと昔のリコの姿を思い出す。
リコと初めてあった時は今とは想像も出来ないほど堅物だった。いや、それは今でも同じなのだが、それ以上に厳しい教育の元育てられた為か、幼いながらも融通が一切通用しない子供だった。
彼女の両親も厳しく躾けたが、まさかこの年でここまでになるとは思っていなかったらしく、困り果てた末、娘同士が同じ年で父親同士が従兄弟である私達の元へと連れてきた。友達でも出来ればもう少し柔らかくなるのではとの思いだったそうだが、ある意味思惑は成功したといえよう。
出会った当初こそ固すぎたが、次第にアリスに振り回されていくうちに感情がほぐれ、私たちと一緒に居る間だけは笑うようになった。
本人は『あれはお二人に怒っていたんです!』と言っているが、リコが本気で怒った時の怖さを知っている者からすれば、それが照れ隠しの笑顔だとわかるだろう。現にその後から彼女の態度が明らかに変わっている。
「ルテアも踊ってくれば? 弟がさっきからこっちを見ているわよ」
「ティートが?」
ルテアの弟であるティートは今年12歳を迎え、本日晴れて社交界デビューを果たしている。
因みに彼女は三人姉弟の一番上、本人はのほほんとした性格だが、これでも立派に長女としての役割を果たしている。
「ん〜、多分ティートは私じゃなくアリスちゃんを……」
「えっ、何か言った?」
声が小さくて上手く聞き取れなかったわ、今ルテアは何て言ったの?
隣のアリスを見ても同じく聞こえなかったのか、頭の上にはてなマークが浮かんでいる。
「ううん、何でもないよ。それじゃちょっとだけ踊ってくるね、何かあったら直ぐに駆け付けるから」
「大丈夫よ、リーゼもいるから楽しんでいらっしゃい」
何時迄も公爵家のご令嬢を引き止めて置くわけにもいかないからね。ある程度は他の貴族達と交流を持たせていかないと、王女が無理やり付き合わさせていると要らぬ噂が立ちかねない。
再度ルテアとティートの二人がダンスに向かう様子を見送り、テーブルに残ったのは私とアリスとリーゼの3人。本当ならジークの妹であるユミナと、アストリアの妹を呼びたいところではあるのだが、さすがにエスニア姉様を除く全ての公爵家のご令嬢を集めるわけにいかず、今回の『アリスを守ろうの会』には呼びかけてはいない。
「ミリィ様は以外と友達思いなんですね」
3人になったところでリーゼが私に話しかけてくる。
「何よ突然、そんなの当たり前の事でしょ」
友達の事を思う、そんなの当たり前の事だろう。それも社交界デビューともなると想い出のベージに残る大事なひと時だ。私事でリコやルテア達をそこまで拘束するつもりはないし、アリスだって喜ばないだろう。
「その当たり前の事が中々出来ないもんなんですよ」
「……何かあったの?」
何かを思いつめるようなリーゼが気になり、ついつい訪ねてしまう。
リーゼとはアリスを巡っては対立しているが、それ以外ではルテア達と同じように大切な友達だとは思っている。
だけど、彼女はこの国の住人ではなく隣のメルヴェール王国の人間。それも二大公爵家と呼ばれている最上級貴族と肩を並べるほどの領地を持ったご令嬢。当主の爵位は伯爵に留まってはいるが、持っている力は相当なものだろう。
「ちょっと婚約者と幼馴染が……いいえ、何でもありませんわ」
リーゼが何かを言い出しそうになって、踏みとどまる。
少し出てきた内容から、婚約者というのは恐らくメルヴェール王国の王子の事であろう。幼馴染の事までは知らないが、彼女は以前自国の王子との婚約が決まったと連絡を受けた事がある。
まぁ、どれだけ力を持っていたとしても伯爵家という立場上、王子様との婚約は色々障害があるんだろう。本人が話せないと言うのなら、例え友達であっても他国の私が口を出していい問題ではない。
ここは話せるようになった時に、改めて親身になって聞く事にしよう。
ジークがアリスを迎えに来るまで3人で談笑し合い、いっとき時間を持て余していると、やって来られたのは私とリーゼの姉さん、そして未来の姉になるであろうエスニア様。
何でも国王である父様達が私と姉さんズを呼んでいるんだという。
少々リーゼとアリスを二人っきりにするのは気になるが、もう少しすればリコとアストリアもダンスから戻ってくるだろうし、そろそろジークもこちらに合流する頃であろう。
保険として近くにいたメイドの一人に未だ妹のユミナに説教されているジークを呼びに行かせ、私はアリスとリーゼを残しその場を後にした。
まさか、近くであるご令嬢が様子を伺っているとも知らずに……。
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