第33話 お仕事体験(その1)

「いらっしゃいアリスちゃん、カトレアさんとココリナさんもどうぞこちらへ」

 私たち三人を迎え入れてくれたのはエンジウム家のご令嬢ことルテアちゃん。

 ここ、エンジウム公爵家の王都邸にやってきた私たちは、何も遊びにやって来た訳では決してない。

 スチュワートの二学期、最大の目玉とも言えるお仕事体験。今日から一週間、このエンジウム公爵家に住み込みで働かせてもらう事になっている。


「それじゃカトレアさん達の部屋に案内するね」

 公爵家のご令嬢自ら案内してもらうというのも変だが、ここは顔見知りの仲ということで大目に見てもらいたい。

 ルテアちゃんに案内され、ココリナちゃんとカトレアさんが泊まる二人部屋まで行き、持って来た荷物を運び込む。

「二人とも小さな部屋でごめんね、学園からの規則で実際お屋敷で働くのと同じ条件で、ってのが決まっていて。本当なら客間を使ってもらっていいんだけど、後日先生方が様子を見に来られるって話だから」

 これも授業の一環だからね。先生方は体験先で不手際はないか、不当な扱いを受けていないかを途中で見にこられる手筈になっているし、終了後にレポートが各お屋敷から提出される手筈になっているので、出来るだけ実際お屋敷雇われている人たちと同じ条件で、一週間を過ごす事が義務づけられている。


「じゅ、十分です。これ以上贅沢なんてとんでもない」

 若干怯えながらもカトレアさんが声を上げる。

 案内されたのは独身メイド用の二人部屋で、質素だが清潔感あふれるベットとクローゼットが二つずつ、簡単なお茶が楽しめるテーブルセットと、小さなダイニングボードが備え付けられている。

 カトレアさんが普段暮らしている部屋がどのようなものかは知らないが、ココリナちゃんに聞いた話では自分の部屋というものは存在しておらず、ベットもお父さんが作った台に妹と二人で寝ていると言っていたので、二人部屋とはいえちゃんとした部屋とベットがあるのは、自宅よりも居心地がいいのではないだろうか。


「ごめんね、私だけ別の部屋で」

「アリスちゃんはいいんだよ。私たちの事は気にしないで過ごしてくれればいいから」

 ココリナちゃんはこう言ってくれてはいるが、私だけ部屋が空いていない関係で来賓用の客間を使わせてもらう事になっている。この事は事前に学園の方にも通知してもらっているので問題はないが、私一人だけが豪華客間でココリナちゃん達はメイド用の二人部屋というのは、どうも申し訳ない気持ちになってしまう。

 元々警備が厳しい公爵家は、今まで一度もお仕事体験を受け入れた事がなく、今回はルテアちゃんがカトレアさんを是非にと言う事で、特別に3名だけ受け入れると、自ら手を上げてくれたらしい。

 その関係で空いている部屋が一部屋しかなく、私だけが客間を使わせてもらう事で話がまとまっているんだと聞いている。


「それじゃまた後でね」

「うん、アリスちゃんもまた後でね」

 一旦ココリナちゃん達と別れ、ルテアちゃんと一緒に私に割り振られた部屋へと向かう。

 先ほどは分かりやすいように客間だと説明したが、実は私が泊まる部屋は正確には客間ではない。ここ、エンジウム公爵家はお義母様の実家であり、セリカお母さんが仕えていたお屋敷でもある為、私はお義母様が昔使っていた部屋を使わせてもらう事になっている。

 つまりこのお屋敷は私にとっても実家のようなものであり、ルテアちゃんのご両親はもちろん、お爺様とお祖母様からも可愛がって頂き、お屋敷に仕えられているメイドさん達とも顔見知り。

 お城以外で一番何処に居るのが多いかと問われれば、間違いなくルテアちゃん家と答えるだろう。


「これがアリスちゃんのメイド服だよ、サイズは大丈夫だとは思うけど」

「ありがとうルテアちゃん、それじゃ早速着替えるね」

 必要な物は元々ルテアちゃん家に全て置いてあるので、荷物の整理はせずに部屋に用意されていたエンジウム家のメイド服に袖を通す。心配そうにルテアちゃんと大勢のメイドさんズが見守ってくれているが、これでも着替えぐらいは一人でなんとも……なんとも……あ、あれ? 背中のファスナーが……

「アリスちゃんが大変! 皆んな、早く助けてあげて」

「「「畏まりました!」」」

 すみません、大勢のメイドさん達に助けていただきました。


「ぐすん、一人で着替えるのがこんなに大変だとは知らなかったよ」

 よくミリィが一人で着替えている姿を見ていたので、簡単にできるものだと思っていたが、まさかこんなに難しいものだと知らなかった。

 だって普段着ている服といえばドレスしか着ていないし、お菓子作りの時だってドレスの上にエプロンを付けているだけだった。ミリィはよく動きやすいからと言ってパンツ姿の騎士団服を着ているけど、私も同じ服と言えば何故か周りが猛反対をする。女の子がそんな服を着ちゃいけませんって。

 王女であるミリィがよくて、何で私がダメなのよー。


 結局メイドさん達に手伝ってもらい着替えと、邪魔にならないよう髪型のセットをしてもらい、何故か簡単なお化粧をされてからココリナちゃんと合流する。

 因みにカトレアさんだけは別行動、今頃はルテアちゃんの稽古事に付き添っているんじゃないだろうか。

「アリスちゃんってもしかして、今まで一度も一人で着替えた事がないの?」

「ぐすん、そうだよ。だってドレスは一人で着れないでしょ?」

「あぁー、うんそうだね。ごめん、私が間違ってたよ」

 なぜか温かい目で見守ってくれるココリナちゃん。

 パーティー用のドレスもそうだけど、普段着ているドレスだって無理に一人で締め上げようとすると変な型崩れを起こしてしまう。お城に住んでいるからその辺りはきっちり着こなしていないとお義母様はもちろん、私たちのお世話をしてくれているエレノアさんやメイドさん達から叱られてしまう。


 やがてメイドさんに案内されるまま、やって来た庭園でお茶を楽しむルテアちゃんのお母さんにご挨拶。

 ココリナちゃん達は私が着替えている間にすでに済ませているそうで、準備に手間取ってしまった私は、お茶会を楽しまれている庭園まで足を運んだと言うわけ。


「いらっしゃいアリスちゃん、今日から一週間自分の家だと思ってゆっくりしていってね」

 お仕事体験に来ていると言うのに、自分の家のようにゆっくりするのもどうかと思うが、その前にまずツッコミたい事が目の前にある。

「ご無沙汰しております叔母さま……じゃなくて、なんでここにいるんですかお義母様! あとお義姉様も!」

「あら、私はついでなの?」

「私の実家なんだから別にいいでしょ?」

 思わず頭を抱えてその場でしゃがみ込みたくなる衝動を必死に抑える。

 目の前でお茶会が開かれている訳だが、そのメンバーがルテアちゃんのお母さんと現王妃であるお義母様。そして何と言っても一番驚きなのが現聖女であるティアお義姉様。

 いくら警備面でも安全な公爵家だとはいえ、国の象徴とも言える聖女様が気安くお茶をするために出歩いちゃダメでしょ。しかもお義母様は前聖女を務めていたので、二世代の聖女様がこのエンジウム家に揃った事になる。


「ア、アリスちゃん、今お義姉様って言った!?」

「えっ、あ、うん。言ったよ、そういえばココリナちゃんはティアお義姉様と会うのは初めてだったっけ?」

 お義母様とは以前授業参観で挨拶を交わしているけど、ティアお義姉様とは初めて会うんだった。お城でお茶会を開いた時は聖女のご公務をされていたから、顔を合わす機会はなかったんだ。


「そそそそ、それじゃこの方が!?」

「うん、聖女様だよ」

 あ、固まった。

 なんだかこの姿も懐かしい気もするが、聖女であるお義姉様をこんなに間近で見る機会はそうないだろう。

 国の象徴であるお義姉様は、国王であるお義父様より国民の前に出る機会は多く、その分聖女の力を行使する姿も目にする機会もまた多い。

 私は現場に付き添った事は一度もないが、力を使われる姿はまさに聖女として神々しく、その姿を見た人たちは崇め、地にひれ伏す姿はまるで神に祈りを捧げる様子と同じなんだという。

 そんな立場の人が、ちょっぴり頬を膨らませて拗ねたような表情で目の前にいるんだから、多少なりとはココリナちゃんの気持ちもわかると言うもの。


「この子が何時も話しているココリナちゃん?」

「うん、そうだよ」 

 固まり続けているココリナちゃんをお義姉様に紹介し、このままお仕事体験の実習をスタートさせる。

 王族や貴族の耐性が付いたと思っていたけど、流石のココリナちゃんも聖女様には勝てなかったらしい。

 こうなればこっちの世界に戻ってくるまで時間が掛かってしまうからね、叔母様に簡単に説明して、しばらくこのままにしておいてもらう。


「それじゃお茶を用意するね……コホン、お茶を用意させて頂きます」

「ふふふ、お願いするわね」

 思わず何時もの口調で話してしまい、慌てて敬語を使って言い直す。

 お湯は既に温まっているので、まずはカップを温めてから茶葉を専用のスプーンですくってポットに入れる。


「ア、アリス様危のうございます、火傷などされましたら大変ですので、どうか私にご指示を」

「ケトルは重とうございます。ここは私にお任せください」

「お衣装が汚れてしまいます、茶葉なら私が」

 私の作業を見ていたメイドさん達が慌てて近づき、次から次へと仕事を取られていってしまう。

 いやいやいや、これじゃお仕事体験の意味がないじゃないですか。ルテアちゃん家でお茶を淹れた事はないが、お城にいる時は普通にお義母様達にも振舞っていた。自慢じゃないが『アリスは何をしてもダメだけど、お茶とお菓子だけはおいしいのよね』とミリィからも褒められてるんだ。

 少々ミリィの言葉に反論したいが、お茶を淹れるのは自分でも上手いんじゃないかと思っている。


「もう、私だってお茶ぐらい淹れられるんだから。皆んな心配しすぎだよ」

 このお屋敷には小さな頃からよく遊びに来ていたので、ほとんどのメイドさん達とは顔見知りなんだよね。

 それにセリカお母さんの事を知っている人も多く、娘の私は実家に戻ってきた娘や孫として可愛がられているから、メイド見習いの私は心配されてるんだろう。


「あらあら、アリスちゃんは大人気ね」

「なんだか昔のセリカを思い出すわ、あの子は何でも出来るようで一つ一つが豪快だったから。何時も周りから心配されていたのよねぇ」

 他人事だと思って叔母様は呑気に眺め、お義母様は懐かしむ様にこちらを見つめている。

「お母様、豪快ってセリカ様は何をされたんですか?」

「そうね、お湯を沸かすだけなのに何故か爆発したり、茶葉をポットに入れたら爆発して、お茶を注いでも爆発、ケーキを爆発させたりもしていたわね。後始末が大変だとよくメイド達が嘆いていたわよ」

 ……お、お母さん……一体何してたんですか!


 話を聞いていたメイドさん達が顔色を変えて震えていた事は見なかったことにしよう。


 結局心配されたメイドさん達に全ての仕事を奪われ、何故かテーブルについている私がいた。

 うん、私ちっとも悪くない。

 そしてココリナちゃん、そろそろ帰っておいでー。

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