第14話 その出会いは

 イリアさんとの一件があった翌日、結局昨日は体調不良という事で早退されたイリアさんであったが、私の心配よそに今日は朝から元気に登校され、学園社交界当日の説明を聞くために、現在はパフィオさん達パーティー組と一緒にヴィクトリア側へと出かけている。



「それじゃ行ってくるね」

 隣の席からココリナちゃんが声を掛け、クジ引き会場となっているホールへと向かうため、クラスの皆んなと教室から出て行く。

 本日は当日の役柄を決めるための大切な日、いつも以上に気合が入っているココリナちゃんと、不安と心配で今にも倒れるんじゃないかと思わせるカトレアさんを見送り、只今クラスに残っているのはご指名を受けている私とリリアナさんの二人のみ。

 普段は賑やかな教室も流石に私とリリアナさんだけでは、閑散として少し寂しい気分になってくる。



「アリスさんは結局パーティーには参加されなかったんですね」

 二人っきりになった教室、ただボーッとして待っているだけでは退屈だということになり、空いた時間でリリアナさんが持ってこられたお茶でティータイム。

 そこで最初に出てきたのがリリアナさんのこの言葉だった。


「私がパーティーにですか?……もしかしてエスニア様から何か聞いておられます?」

 リリアナさんがエスニア姉様の支度役に指名されているのなら、私の事を聞いていても不思議ではない。

 結局昨日は授業開始の鐘が鳴った為に詳しく聞く事が出来なかったが、恐らくリリアナさんはライラック公爵家に近い人ではないだろうか。


「そうですね、親友であり未来の姉になるティアラ王女様の大切な義妹だと、そうお伺いしておりますわ」

「あはは、ですよねー」

 大方の予想は付いていたが、やはりリリアナさんには私の素性がバレていたようだ。

 実は出会った頃から多少なりとは違和感があったんだ。当初リリアナさんは私に対してだけ様付で話しかけていたし、実習の時だってさりげなく準備や片付け等、授業に関係ない部分を私から遠ざけていた感じがあった。

 エスニア姉様はエリクお義兄様と一緒に生徒会のお仕事をされているから、私がスチュワートに通っている事ぐらいご存知の筈だし、特徴とも言える銀髪を教えられていれば一目で誰だか分かってしまう。今まで黙っていてくれたのは恐らく私がパフィオさんに抱いていた想いと同じではないだろうか。


「やはり覚えてはおられませんか……私、以前に一度だけアリスにお会いしたことがあるんですよ」

「えっ?」

 以前に一度だけ?

 意外な答えに頭の中で想い出のページをめくるも、該当する人物が……あっ


 リリアナさんはお茶を一口飲み、ぽつりぽつりと語り出す。

「私の両親は共にライラック家に仕えている使用人で、母はメイド長、父は庭師と御者を兼業しおります」

 メイド長……その名の通りお屋敷で働く侍女達の最高責任者。それも四大公爵のライラック家ともなると、その立場は他の貴族に仕えている使用人とは重みが一味違うだろう。


「そんな二人の間に生まれた私は公爵家で生まれ、公爵家で育ったんです」

 それはまるで私が置かれた状況と一緒……ただ違うのは王家と公爵の違い、ただそれだけ。

「両親からは将来ライラック家にお仕え出来るよう、厳しく教育されていたんですが、幼い私は何もわからずただ優しくしてくださるエスニア……エスターニア様を本当の姉と慕っていたんです」

 同じだ、私もティアお義姉様から本当の妹のように可愛がられた。それはお母さんが亡くなる前も後も変わらず、ただ本当の姉妹のように。


「ある日、エスターニア様がご親友のお茶会に招待されたことがあるんです。

 当時の私は何も知らず、自分だけが置いていかれる事に不満と不安が混ざり合い、こっそり父が御者をする馬車に乗り込んだんです」

「それはまた……すごい事されたんですね」

 にこやかに話されているが、例え子供とはいえ貴族のお屋敷に無断で立ち入ればどうなるか。当然のことながら責任は本人だけに留まらず、両親と不審人物を招き入れたとして公爵家にまで及んでしまう。

 それにこの国の規則では貴族のお屋敷や重要施設に無断で立ち入った場合、警備上の問題から侵入者の殺傷が許されており、一歩間違えればその場で切り捨てられていてもおかしくないのだ。


「ふふふ、アリス様にお褒め頂けるとは光栄ですね」

 リリアナさんが何やら意味深な言葉を投げかけて来るが、私が義両親やお義姉様達を困らせた事など一度も……いや、二度ぐらいなら……、うん、まぁ誰にでもそいう時期はあるよね。

 ふと昔にミリィと行った数々の悪戯いたずらが頭を過るが、年頃の女の子ならそれぐらいあっても当然、だよね?

「それで、結局行き先はどこだったんですか?」

 今回エスニア姉様からご指名を頂けているのなら、相手先や公爵家からもそれほどキツイお咎めはなかったのだろう。何といってもリリアナさんは公爵家側の人間なので、行き先次第では大目に見られる事もあるのかもしれない。


「ふふふ、何処だと思いますか? ……アリス様のよく知っている場所ですわ」

「私が良く知る場所? って、もしかして!?」

 リリアナさんのちょっと意地悪そうな笑顔が、想い出の中にいる一人の少女と目の前の姿とが結びつく。

 今のリリアナさんとはまるで雰囲気が違うが、昔たった一度だけ出会った一人の女の子。私とミリィ、そして黒髪の女の子の三人で、お城の庭を走り回って遊んだ記憶が確かにある。でもそれっきり再会する事もなかったし、あの頃はまだ幼かった事もあり、女の子の名前すらも覚えていない。


「あの時は子供ながらも本当に驚きました。だって着いた先がお城だったんですから」

「あは、あはは……」

 やっぱりあの時の女の子はリリアナさんだったんだ。

 今のリリアナさんしか知らない人からすれば想像も出来ないだろうが、当時はかなりやんちゃな女の子だった。


「結局お城に着いた後、馬車に隠れていた事がバレてしまって……。エスターニア様は笑って許してくださったんですが、御者をしていた父からは今まで見たこともない激怒で叱られてしまいましたわ。うふふ」

 いやいやいや、軽く微笑んでおられるがエスニア姉様の行き先がお城だという事は、目的地は間違いなく私たちが暮らすプライベートエリア。

 前にも言ったことがあるが、義両親の許可がない限り、例え子供であろうとも立ち入る事が許されない場所。しかも私の両親が亡くなった事件以降は警備もかなり厳しくなり、特に人の出入りは敏感になっている。


「それでその後どうなったんですか? リリアナさんが今ここにおられるという事はお咎めはなかったのでしょうが」

「ティアラ様に助けていただいたんです。エスターニア様の出迎えに来られていたところに私の泣き声が聞こえたらしく、ワザワザ表に出てまで助けに来てくださったんです。その子は私が妹たちの遊び相手に呼んだんだと言って」

 現場を見ていないので何とも言えないが、ティアお義姉様が出ていかなければかなり大事になっていたのではないだろうか。まぁ、エスニア姉様の知り合いならば流血沙汰にまではならないだろうが、その場で拘束され公爵家まで送り返される事ぐらいはあり得るだろう。


「それじゃやっぱり、あの時の女の子がリリアナさんだったんですね」

「思い出していただけましたか? それが私なんです」

 リリアナさんはそう言いながら何か懐かしいものを思い出すように、ふと表情に陰りを表す。

「すみません、忘れていた訳ではないんですが、どうしても昔出会った女の子と今のリリアナさんが結びつかず……髪も大分切られたんですよね?」

 あの時遊んでいた女の子は私やミリィ同じで髪を長く伸ばしていた。だけど今のリリアナさんの髪は肩にかかる程度のセミロング。

「えぇ、あの時のケジメとして母にバッサリと切ってもらったんです。でもその後にエスターニア様と奥様から、年頃の女の子が髪を切るなんてって叱られたんですけどね」

 リリアナさんは一言ケジメと言っているが、この出来事で両親から相当自分の置かれている環境を教え込まれたのだろう。

 今まで姉として慕っていた人を急にご令嬢呼び、甘える事も一緒のテーブルに着く事も出来なくなるって相当辛かったのだと思う。今の私じゃ未来の事などとても想像できないが、いずれミリィやお義姉様達と一線を置かなければならない日が来ると思うと、何だか寂しい気持ちで心が締め付けられてしまう。


「リリアナさんはその……寂しくないんですか?(エスニア様をお姉様と呼べなくなって)」

 一瞬未来の自分と被ってしまい、最後の言葉が思わず詰まってしまう。

「寂しくありませんわ、エスターニア様は今も変わらず私を妹のように可愛がって下さっていますし、アルベルト様は何かとつけて助けて下さいますし」

「アルベルト様? あぁ、エスニア姉様の弟さんですよね、確か私達の一つ下の」

 一瞬誰かと思ったが、エスニア様にはアルベルトと言う名の弟さんが一人いる。他の公爵家なら全員仲良くしているのだけれど、エスニア様のライラック家だけは同じ年の子供がいなかったせいで、こちらからお屋敷に遊びに行った記憶がほとんどない。


「それじゃ来年はアルベルト様の支度役になるんですね」

 エスニア姉様は今年で卒業されるからね、その代わり来年からアルベルト様が入学されるなら、リリアナさんは当然支度役に選ばれるのだろう。

「さぁ、それはどうでしょうか? アルベルト様は私がお手伝いすると恥ずかしがられますからね。ふふふ」

 まぁ、その辺りは年頃の男の子なので複雑な気持ちもあるのだろう。もしかしてそれ以外の感情があるのかもしれないけど。


「そうだ、リリアナさん私の事は……」

「大丈夫ですわ、アリスの事は誰にも話しませんので」

「ありがとうございます」

 どうせ学園社交界が始まればバレてしまうのだけれど、出来れば私の口から言いたいからね。


 リリアナさんとの話が一息ついた時、教室の外がザワつきだしココリナちゃん達を含むクジ引き組が帰ってきた。




「お帰りー、クジの結果はどうだったの?」

「ダメだったよぉー」

 ココリナちゃんが私の胸に飛び込んでくるので、優しく抱きしめながら頭をなでてあげる。

「仕方ないよー、こればかりは運しだいなんだから」

 一年生が支度組に選ばれるのは10人に1人ぐらいだからね。ほとんどの生徒は接客組か料理補助に当ると聞かされている。


「それで、なんでカトレアさんも落ち込んでいるの?」

 隣を見ればココリナちゃんと同じように、リリアナに慰められているカトレアさんの姿が。普通考えれば支度組に当りたくないのなら喜んでいてもいいはずなのに……って!?

「どうやら支度組に当ってしまったそうなんです」

 ありゃりゃ、ココリナちゃんとは対照的になってしまったんだね。

 一応公平を期すために、クジの結果を交換し合う事は禁止されているんだ。カトレアさんには申し訳ないが、クジ運だけはどうしようもないからね。


「まぁその。頑張ってね」

 未だ暗い表情から立ち直れていないカトレアさんに軽いエールを送り、いよいよ私達は学園社交界を迎える事になる。

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