第13話 ご指名侍女は誰の手に

 学園社交界が発表されてから連日生徒達は大忙し。会場となる中庭の清掃から当日出される料理の試作に加え、ご令嬢方に触れ合う礼儀まで授業の内容に加わった。

 そして明日は当日の役柄を決めるクジ引きが行われるため、事前にパーティー参加組からご指名を受けるのは本日までとなる。


「うぅ、いよいよ明日だよー。今から緊張しちゃうよね」

「私は考えるだけでお腹が痛くなってしまいます」

 既にここ数日の日課とも言えるココリナちゃんとカトレアさんとの会話。

 一方は支度組に選ばれたく、一方は支度組選ばれたくないと二人は全く逆の考えだが、ともに不安な心情は同じなのだろう。


「どうしてリリアナさんもパフィオさんも落ち着いていられるんですか? なんの役柄に当たるか分からないんですよ!」

 妙に落ち着いている二人が気に入らないのか、語尾を強めながらココリナちゃんとカトレアさんが羨ましそうに詰め寄る。


「私は……」

「ちょっといいかしら」

 リリアナさんがなにやら話しかけようとした時、割って入ってきてのは自称男爵令嬢のイリアさん。いきなりの登場で私たちの間に緊張が走る。


「なんの御用でしょうか?」

 ココリナちゃん達には目もくれず、私に対して話しかけているのだから他のメンバーには関係ないのだろう。よく見ればクラス中の生徒達が固唾を飲んで私とイリアさんの様子を伺っている。


「今度の学園社交界、私はヴィクトリア側からパーティーの出席組に招待されておりますの。そこであなたを私の支度役に指名させて頂くわ、光栄に思いなさい」

 いやいやいや、どんな意図かはしらないが、私は既にミリィから指名をもらっているので二人も掛け持ちなんて芸当はとても無理。たまにご指名がかぶる時があるとは聞いた事があるが、その場合選択権があるのは当然指名された側にある。

 とは言え、相手側の立場もあるのですでに内定が決まっていない限りは事情を説明し、爵位が高い方の子息子女のご指名を受けるのが礼儀とされているらしい。あくまで本人の意思が優先されるのではあるが。


「申し訳ございません、私は既にご指名を頂いておりますので丁重にお断りさせていただきます」ペコリ

「えっ? な、なんの冗談かしら、この私がワザワザ指名してあげているのよ。それを断るなんて……い、一体あなたを指名しているのは何処の誰なのよ」

 私としては丁寧にお断りしたつもりなのだが、ご自分の身分で断られたのが納得できないのか、言葉を震わせながら尋ねてくる。

 ヴィクトリアに通っている生徒は大半の本家筋から遠く離れた遠縁や、その親族達がほとんどなので、いくら爵位が一番低い男爵家とはいえ、本家筋のイリアさんはそれなりに身分が高いといえる。

 イリアさんの事だから変に誤魔化しても納得されないと思うので、ここは正直に話しをして諦めて頂くほかないだろう。さすがにミリィの名前を出せばイリアさんとて退かざるをえない筈だ。どうせ当日になれば、自ずと私とミリィの関係も知られてしまうのだから。


「お待ちくださいイリアさん、アリスのご指名は大変身分の高い高貴なお方です。いくら男爵家のご令嬢であるイリアさんでも、とても敵うお方ではありませんわ」

 意を決して私の指名相手が王女様だと告げようとした時、割って入ってくださったのはリリアナさん。だけどその言い回しが、まるで私を指名している人を知っているんじゃないかと思わせる言動が妙に気になってしまう。


「わ、私より身分が高いですって? そ、それは爵位級本家筋の人間って事になりますわよ!」

「ですから、言っているんです」

 見える相手より見えない相手の方により怯えてしまうと、以前誰かに聞いたことがあるが、普段から貴族だ男爵だと言っているイリアさんに対しては、リリアナさんの発言はかなり効果があったのだろう。一歩も引かず頑として譲らないリリアナさんの姿に、僅かばかりイリアさんが後ずさる。

 イリアさんも貴族として教育されてきたのなら、貴族階級の上下関係は徹底して教え込まれている事だろう。中でも侯爵以上の階級に目をつけられては、男爵程度の領地など一声掛けるだけで今まで取引していた商会が一斉に無くなり、一気に経営を傾ける事など造作もない。

 そんな事になれば自身の未来など言わずとも想像できるのではないか。


 イリアさんは一瞬焦った表情を浮かべるも、クラス中からの視線が気になったのか、まるで心の焦りを誤魔化すかのように……

「だ、だったらあなたが私の支度役になりなさい。それなら文句はないでしょ」

 今度は目の前に立つリリアナさんに対して自分の支度役を迫る。だけど……

「申し訳ございませんが私はライラック公爵家の長女、エスターニア様からご指名を頂いておりますので、そのご要望にはお応えできません」

 ………………えーーーーーー!! リリアナさん、エスニアお姉様からのご指名を受けているんですか!?

 前にも言ったことがあるがエスターニア様はエリクお義兄様の婚約者で、ティアお義姉様の一番のお友達。私とミリィも幼い頃から妹のように可愛がってもらっている親しい間柄。


「こ、公爵家ですって!?」

 この場合、イリアさんでなくても驚くのは当然であろう。

 私を含むメンバー全員……いや、話を盗み聞きしていたクラスの全員が驚きの表情を隠せずにいる。

「あ、あなた公爵家とはどういう繋がりなんですの!?」

「それはこの場で答える必要があるのでしょうか?」

 リリアナさんの言っている事はもっともだろう。どんな身分であれ貴族とお付き合いがある以上、お屋敷の事情を外へと漏らす事は信用問題に関わってくる。しかも公爵家ともなる些細な内容でも慎重に扱うのは当然の事。

 その上ご令嬢であるエスターニア様から指名されているという事は、少なくともリリアナさんは公爵家の使用人に近い人間なのではないか。


 イリアさんからすればいくらリリアナさんが平民だからとはいえ、公爵家の関係者を傷つけたり暴言を吐こうものなら『我が屋敷に仕える者に何をしてくれるんだ』と、抗議状の一通ぐらいは届いてしまうだろう。

 そうなれば公爵家から目を付けられたとして、今後男爵家とのお付き合いを見合わせる貴族や商会は一つや二つでは済まないだろう。


「だだ、だったら、あ、あなたが私の支度役になりなさい。まさかあなたも指名があるなって言わないわよね」

 ここまでくればイリアさんも引けないのだろう、今度はパフィオさんに向かって自身の支度役をするように迫っていく。

「申し訳ございませんが、今回私は伯爵家の娘としてヴィクトリアから招待されております。どういうお考えかは知りませんが、これ以上私の友人たちを困らせる事は止めて頂きたい」

 まさに開いた口が塞がらないとはこの事を指すのだろう。話を聞いていたクラスの生徒はもちろんのこと、当のイリアさんも完全に人前だという事を忘れ、口を開いたまま完全に固まってしまっている。いつも仲良くしているココリナちゃんやカトレアさん、それに物事には冷静に対応しているリリアナさんですら、唖然とした表情で立ち尽くしてしまっている。


「な……なんで伯爵家の人間が!? い、いえ、そんな訳がないわ。そんなデタラメ信じられる訳がありませんわ」

 ようやく硬直から逃れたイリアさんが、パフィオさんに対して語尾を強めながら否定の言葉を放つも、その言葉はどこか震えるように何時もの強気さが感じられない。


 伯爵家といえばイリアさんの男爵家より二階級上の爵位だからね、リリアナさんと違いパフィオさんは正真正銘の貴族のご令嬢。立場だけなら明らかにパフィオさんの方が上だ。

 まぁ実際のところ、公爵家以外は領地の広さや所有している資産の違いで、爵位が低くてもそれなりの力を持っている貴族もいるので、一概に男爵家だから伯爵家には頭が上がらないって事はないんだけれどね。



「えっと、パフィオさんが伯爵家のご令嬢かどうかって話ですが、正真正銘インシグネ家のご令嬢さん、ですよね?」

 ここはパフィオさん言葉を正すために私がフォローしておいた方がいいだろう。

 私の家……って言い方も変だけど、義両親たちは家族の時間をできるだけ取るようにしてくれているので、私やミリィが学園の話をする事はそう珍しくもない。その中で初めてパフィオさんの名前を出した時、その人はインシグネ家ご令嬢よって教えてくれたんだ。


「えっ!?」

「な、なんであなたが知っているのよ!」

 やっぱり私が知っている事には気づいていなかったのだろう、今度はパフィオさんが驚きの声をあげ、状況が理解出来ないでいるイリアさんが問い詰めてくる。

「だって、お義母さ……お世話になっている方がパフィオさんはインシグネ家のご令嬢で、家名を名乗られていないのは何か考えがあっての事だろうからって……」


「ご存知だったんですか? アリス

「あ、うん。割と最初の方から……あ、でも、教えてもらったのはお友達になってからだよ」

 ここはちゃんと伝えておくべきだろう、伯爵家のご令嬢だと知ってて近づいたとなれば、変な誤解を生んじゃうからね。


「割と最初からって……あなた、この子が伯爵家の人間と知っていながら普通に接していたんですの!?」

 爵位を重んじるイリアさんにすれば、パフィオさんが伯爵家のご令嬢だと知っていた上で、普通に話したり遊んだりしていた事が信じられないのだろう。私として学園の規則では生徒同士は対等とされているので、イリアさんに対しても普通に接したいと思っているんだけれど。


「そんなにおかしい事でしょうか? パフィオさんはパフィオさんなんだから、伯爵家のご令嬢だからって何かが変わる訳じゃないでしょ?」

「そ、そんなデタラメな理由、通じる訳が……」

 尚も食い下がろうとするイリアさんだが、最後まで言い切る前にパフィオさんの笑い声がその場の空気ごとかき消してしまう。

「……ぷっ、ふはははは。ホントその通りですねアリス。私は私、アリスさんはアリスさん、そういうことですよね?」

「う、うん。パフィオさんはパフィオさんだよ」

 どこに笑いのツボがあったのか、パフィオさんは一通り笑い終えた後、とびっきりの笑顔を私に向けてくれる。


「な、なんなんですのあなた達は一体……」

 今のイリアさんの戸惑うような心情も分からないでもない。直系の男爵令嬢である自分に逆らえる者はいないと思っていたところに、見事に三人連続で断り続けられたのだ。しかもヴィクトリアではなくスチュワートでだ。


「そういう事なのでお引き取りください、イリアさん」

 パフィオさんが丁寧にイリアさんに断りの言葉を告げるも、当の本人はあり得ない状況のオンパレードで未だ頭の整理ができないのか、ただその場で立ち尽くすのみ。

 しかしパフィオさんが何やらイリアさんの耳元で話したかと思うと、なぜか顔色を真っ青にしながら慌てて教室から立ち去っていく。


 一体今パフィオさんはなんて言ったんだろう。イリアさんの表情が見る見る変わっていったところを見ると、よほど知られたくない事でも告げられたのか。

 パフィオさんの事だから誰にも話さないとは思うけれど、プライベートに関わる事なので部外者の私がこれ以上踏み入る訳にはいかないだろう。

 やがて午後の授業開始を知らせる鐘が鳴りびくも、結局その日はイリアさんが教室に戻る事はなかった。

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