第9話 ピンクとブルー

「ん〜、やっぱりお家が一番落ち着けるね。ふわぁ〜」

 お城をお家と呼んでいいのかは知らないが、私とミリィに充てがわれた自室で大きく一度背伸びをする。

 思わず欠伸が出てしまい、着替えを手伝ってくれていたエレノアさんから二重に叱られてしまったが、堅苦しい制服から解放されたのだからこのぐらいは多めに見て欲しい。


 今の私の姿は制服からフリルのいっぱいついたブルーのドレスへと着替え終えている。本当なら直接部屋着へと着替えベットにダイブしたい気分だが、この後義両親達との食事があったり、サロンで家族団らんのひと時を過ごしたりするので、いきなり楽な部屋着へとは着替えられない。


 コンコン

「はい、どうぞ」

 私とミリィが着替え終えたタイミングを見計らい、やってこられたのは一番年上であるティアお義姉様。私達と4歳年が離れている関係で、入れ違いで卒業されたお義姉様は現在聖女のお仕事をされており、ちょうど先ほど本日のお仕事が終わったんだとか。


「先日エスニアから珍しいお菓子をもらったんだけれど、この後時間があれば一緒にお茶はどうかしら?」

 私達の様子が気になってお茶のお誘いに来てくださったのだろう。入学して以来何かと気を使ってくださっているので、今日はそんな様子をゆっくりと聞きたいといったところではないか。

 今お義姉様の口から出てきたエスニア様とは、本名エスターニア・ライラックと言って、この国の四大公爵家の一つであるライラック家のご令嬢様。私達の三つ年上のお姉さんでティアお義姉様の一番の親友であり、エリクお義兄様の婚約者でもある。

 その関係で昔からよくお城に遊びに来られていたし、私とミリィを妹のように可愛がってくれている。何でも今年はヴィクトリアで副生徒会長としてお義兄様をサポートしてくれているんだとか。


「ミリィいいよね?」

「私はちょっと剣の稽古をしたいんだけど」

「えー、ミリィがいないと寂しいよ」

 ミリィは10歳の頃より剣の稽古をしており、今じゃ騎士様と対等に競え合えるまでに成長している。

 私も以前ミリィに見習い、見よう見まねで剣の稽古をしたことがあるんだけれど、その時はお義父様やお義母様はおろか、お義姉様やお義兄様からも散々と叱られてしまった。女の子が剣なんて持つんじゃありませんって。

 だったら何でお義姉様やミリィはいいのよ。


「ミリィ、私の部屋にくれば楽しいことがあるわよ」

「楽しいこと……ですか?」

「えぇ、来ないと逆に後悔しちゃうかもしれなわ」

 ん? ミリィが楽しいこと?


「……」タラタラタラ

 ひたいから冷たい汗流れ出る。

 お義姉様の部屋、ミリィが楽しいこと、私に何も教えてくれない。それってつまり……

 ガシッ!

 嫌な想像が頭をよぎり、思わず後ずさりしてこの場から逃げようかと考えていると、いつの間にか背後に回られていたお義姉様に両肩を捕まれてしまう。

「ふふふ、さぁアリス私の部屋に行こうね」

「あ、あのお義姉様? お茶をするだけですよね? それ以外は何もしませんよね?」

「ふふふ」

 ぎゃーーーー、罠だ、お菓子を餌にした罠だよこれーー。


 お義姉様の唯一の趣味、いろんな国から可愛い衣装を集めて私に着せて堪能する。一見無害に思えるようなイベントだが、着せ替えられている方としては気分はまさにリアル着せ替え人形。

 昔はミリィも着せ替えられる側だったのに、いつの間にか着せ替える側に変わっており、今じゃ二人がかりでひたすらいろんな服を取っ替え引っ換え。

 私だって女の子だから可愛い服を着れるのはうれしいけど、これが何十着ともなろうものなら、体力と精神力がごっそりと持って行かれるというもんだ。


 結局逃亡を防がれた私はミリィとお義姉様に連れられ部屋の移動。そこには予想通り色とりどりの衣装がずらりと並び、ミリィ大はしゃぎで早速最初に着せる服をあれこれ物色し始める。

「これ、姉様これがいい」

「えぇいいわよ。どうせ全部着せるつもりだから。うふふ」

 ミリィが最初に示したのが真っ白なフワモコの上下に、肉球もどきが付いた手足。お尻のところに長い尻尾が付いており、ご丁寧に獣の耳と思しきカチューシャまで用意されている。

 って、それもう服じゃないよね! てかこのにある服全部着せるって何サラッと言ってるんですか! 見えるだけでも10や20じゃ足りないよね!


 本能が逃げろと告げているが、私の行動を知り尽くしているお義姉様にガッチリ捕まれ、そのまま着たばかりのドレスを手品のように脱がされ取り上げられてしまう。

 って、私の服を返してーー。


 『大魔王からはにげられない』そんな言葉が頭に浮かびながら、私の意識は麻痺していった。






「ふにゃぁ〜」

「アリスちゃん今日は随分おつかれだね。もしかして昨日の疲れが残っているの?」

 午前中の授業が終わり、ココリナちゃんと食事を取るために机を合わせる。

 昨日の疲れには違いないが、ココリナちゃんが言っているのは恐らくイリアさんとの一件の事だろう。一般の知識としては、聖女の力は非常によく体力を使うとされているので、翌日である今日まで疲れが溜まっていても不思議ではない。

 実際のところ私の疲れの原因は帰宅後のリアル着せ替え人形のせいなのだが。


「あの、よければお昼をご一緒にさせて貰ってもよろしいですか?」

 やってこられたのは昨日の帰りに知り合ったクラスメイト、リリアナさんとカトレアさん。今日も朝からご丁寧にお礼を言ってこられるので、私としては逆に気を使ってしまった。


「どうぞ、食事は人数が多い方が楽しいものね」

 ココリナちゃんに視線で確認するも、笑顔でうなずいてくれるのでいいよとの意味であろう。

 近くの食堂組の子から椅子を2脚お借りし、二つのテーブルを4人で囲む。

 入学から一週間以上も経てば、クラス中のあちらこちらに小さなグループが出来上がり、みんな固まって仲良く食事を取っている。


「そう言えばアリスちゃんのお母さんって巫女のお仕事をされてたんだね。昨日カトレアさんの傷を治した時はびっくりしたよ」

 食事を始めてまもなく昨日の出来事とを思い出したのか、ココリナちゃんが私に向かってそんな事をたずねてくる。

 そう言えばあの場を切り抜けるためにそんな嘘を言っちゃったんだっけ。


「あぁ、あれ嘘だから。もぐもぐ」

「「ブフッ」」

 突然吹き出したの訪ねた本人であるココリナちゃんとカトレアさん。リリアナさんは笑顔を崩さずすました顔で食事を続けている。


「ちょっ、アリスちゃん。それ本当なの!?」

「何かいけなかった?」

 まぁ、嘘を付いた事自体いけない事であるが、そこまで驚くことでもないだろう。しかし続くカトレアさんの言葉に何故二人が慌てているかが判明する。

「アリスさん知らないんですか! 聖女様や巫女様はこの国では神聖な存在なんですよ、それをお母さんが巫女様のお仕事をされていたなんて嘘を付いたとあれば、先生に呼び出されるだけではすみませんよ」

 そういえば以前お義母様が言ってたっけ、少し傷が直せる程度の子が怪しい宗教団体に担がれ、ちょっとした騒ぎになった事があったんだとか。それ以来聖女様や巫女様の名を騙ったり、何かに利用しようとするとキツイお咎めを受ける事になると。


「多分大丈夫ではないでしょうか、アリスさんが昨日おっしゃったのはお母様が『巫女のお手伝いをされていたらしい』との事でしたので、一言もお仕事をされていたとはおっしゃっていませんでしたよ」

 そう言えばそんな感じで言ってたっけ。特に意識して喋っていた訳ではないのでハッキリとは思い出せないが、話を聞いていたリリアナさんがそう言うのならきっとそうなのだろう。


「でももしイリアさんが生徒会に言いに行ったらどうなっちゃうの? 生徒会長って王子様なんだよね」

 私の心配をしてか、尚もリリアナさんに食い下がるココリナちゃん。

 普通に考えればそうなるよね。私としてはイリアさんが何を言ったところで、相手はお義兄様なので罰を受けるという事はまずあり得ないだろう。実際私には二人の母がおり、育てて頂いているお義母様の方は巫女ならぬ聖女をされていたので、ある意味間違った事は言っていない。

 

「それこそ大丈夫ですわ、アリス様がお持ちなのは正真正銘本物の聖女の力。国がアリス様の存在を認知している事は嘘ではないのでしょ?」

「うん。もぐもぐ」

「でしたら注意ぐらいは受けるかもしれませんが、何の問題もございません。第一今回焦点となるのがアリスさんがスパイかどうかとの話でしたので、生徒会に持ち込めば間違いなく問題となるのはイリアさんの方です」

 おー、パチパチパチ。

 思わず私を含む3人がリリアナさんに向かって賞賛の拍手を送ってしまう。

 リリアナさん、見た目はおっとりしてるけど頭の回転がはやく頼れるお姉さんって感じだ。


 ふと昔出会った事がある女の子とリリアナさんとが重なるが、あの女の子はもっと活発でよく泣く子だったので、目の前のリリアナさんとは似ても似つかない。そもそもあの時たった一度出会っただけだし、今となっては名前すらも思い出せないのに、今更何故あの女の子の事を思い出してしまったのだろう。



「私からも質問していいですか?」

 ココリナちゃんとの話がひと段落つき、次はカトレアさんが私に対してたずねて。

「アリスさんが聖女の力を使える事は国もご存知の上でなんですよね?」

「うん、一応認定聖女だよ」

「でしたら何故スチュワートの方へ来られているんです? 聖女の力を持つものは国からあらゆる面で援助されると聞いたことがあるんですが」

 もしかしてカトレアさんは将来私が巫女になるとでも思っているのだろうか?

 国の制度として、聖女の力を持つものはある程度の生活保障が約束されている。一つは先日言った通り何処かの貴族に仕え、そこから国へと推薦される場合。もう一つは自発的に名乗りを上げ、簡単な試験を受けて国からの聖女認定を受ける事である。

 いくら貴族に召し抱えられたとしても裕福な生活が保障されているわけでないので、今のまま過ごしたいという人たちの希望で決められた言わば救済処置。これは聖女の力を持つものが他国に流れない為の保険として、国が定めた保障らしい。

 国としては一人でも優秀な巫女を育てる為、希望する者にはヴィクトリア学園の入学と学生寮への入寮が、無償で受けられる制度も存在している。


「最初はヴィクトリアへの入学が決まってたんだよ、でもヴィクトリアに通ってたらメイドになれないじゃない。だから断ったよ」

「こ、こ、断ったぁーー!?」

「ア、アリスちゃん、ヴィクトリアへ入学が決まってたの!?」

 私の話を聞いたカトレアさんとココリナちゃんがクラス中に聞こえるかの声で叫んでしまう。

 先ほどは周りの目を気にしてか大声まではださなかったが、今回は聞かれても問題のない内容のせいか、二人の声を聞いた生徒たちが何事かと一斉にこちらを振り向いている。


「そんなに驚くこと?」

「ヴィクトリアに通っていれば巫女になれないまでも、貴族のご子息様を射止める事だってあるんですよ。そうすればワザワザメイドなんて仕事をしなくても、幸せに暮らす事だって出来るんです!」

「そうだよ、アリスちゃんは天然丸出しだけど黙っていれば可愛いんだから、可能性はゼロじゃないよ」

 カトレアさんとココリナちゃんの勢いに飲まれ思わず後ろへと引いてしまうが、どさくさに紛れ何だか酷い事を言われた気がする。


「まぁいいんじゃないですか、アリス様の夢は亡くなったお母様と同じメイドになる事。本人がこれでいいとおっしゃっているのなら、これ以上私たちが口を挟むべきではありませんわ」

 リリアナさんがそうフォローしてくれるが、私のお母さんが亡くなっているって二人に言ったけ?


「それより午後の授業ですが、私たち四人でご一緒しませんか?」

「午後の授業? あぁ、お茶会の班分けだね」

 マリー先生の話では午後からメイド役とご令嬢役とに分かれ、お茶会を実践形式で行うんだとか。

 その為の班分けは生徒たちに一任されており、決まらなかった場合は余った生徒だけで固められるという話だ。

 なんでも生徒同士が仲良く出来る為のレクリエーションの一環という事らしい。


「私はもちろんいいけど、アリスちゃんもそれでいいよね?」

「うん、あ、でも、もう一人誘いたい人がいるんだけれど」

「もう一人? まさかイリアさんじゃないよね?」

 ココリナちゃんは余程イリアさんの事が苦手なのだろう、私としてはどちらでも構わないが、カトレアさんの事を考えれば昨日の今日でイリアさんを誘うは正直戸惑ってしまう。

「パフィオさんの事ですよね?」

「うん」

 二度も私を助けてくれたクラスメイト。あくまで見た感じだが、周りの方と普通にお喋りはされているみたいだけど、何処か一線置かれているのか食事も一人でとられているし、仲良くされている友達もいない様子。

 なんて言うんだろう、イリアさんとは違うが何か近づきがたい雰囲気がパフィオさんにはあるんだ。例えるならハムスターの中に一匹ハリネズミがいるような……あ、なんか可愛い。


「いいんじゃないですか?」

「うん、私も別にいいよ」

「私も特に断る理由はありませんから」

「ありがとう、それじゃちょっと声をかけてくるね」

 そうして私は一人パフィオさんの元へと向かうのだった。

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