第10話 ただ愛する娘の為に

 私の名前はパフィオ・インシグネ、インシグネ伯爵家の次女として生まれた。

 まぁ伯爵家の娘と言っても正妻の子ではなく、当時お屋敷でメイドをしていた母との間に出来てしまった、言わば事故のような存在。

 そんな母も元々体が弱かったのか私が幼い頃に病気で亡くなり、正妻である義母と、二人の義兄と一人の義姉の元で育てられた。


 ここまで聞けば辛うじて伯爵家の血を引いている関係で、仕方なく面倒を見てもらっていると勘違いする人もいるだろうが、実際のところ正妻である義母は私を実の娘のように接してくれるし、義兄や義姉たちからも年の離れた義妹として可愛がられて育ってきた。


 元々父が騎士団の所属だった事から二人の義兄は現在騎士として勤めており、幼い頃から何か恩返しをしたいと思っていた私は、自然と義兄達の中に加わるようになった。

 義母と義姉からは剣の修行なんてせずにもっと女の子らしい事をと、何度も口を酸っぱくして言われ続けたが、何時しか父や義兄達に混ざって剣の練習をするのが好きになっていた私は、必死に説得し騎士になる事を志すようになっていた。


 そんなある日の事だった、父が私の元へと来てこう言ったのだ。

「私が最も敬愛するお方から、ある頼みごとをされた」

 聞かされた内容はとある貴族のご令嬢、いやこの場合ご令嬢と言っていいのかはわからないが、面倒を見ている一人の女の子が、今年の春よりメイドを育成するスチュワート学園へと入学するんだそうだ。

 なぜヴィクトリアではなくスチュワートに通わせるかは知らないが、その少女の護衛として私にスチュワートへと入学してほしいとの話だった。


 同じ時期からヴィクトリア学園へと通う事が決まっている私に、たかが一人の娘の為にスチュワートへと通えなどとよく言えたものだ。

 最初こそ馬鹿げた話だと思っていたが、伯爵である父が敬愛する方というのだから恐らく爵位は公爵か侯爵のどちらかであろう。ここで私が断れば父の立場が危ういものとなる可能性も否定できず、育ててもらった恩からも選択肢がない事は明らかだ。


 これは私だけの考えだが、如何にスチュワートとはいえビクトリアと同じ敷地内にある関係で警備に穴があるとは思えない。

 なら考えられる可能性は生徒の方だろう。私も伯爵家の娘として育った関係で他家の子息子女達ともそれなりの付き合いも当然ある。

 私は生い立ちの事で家族や屋敷で働く人達からは何一つ言われた事はないが、お屋敷を一歩出てしまうと特殊な生い立ちは容赦なく刃のように降り注ぐ。私はそれほど弱くないから適当に聞き流してはいたが、大事に育てられたと言うのなら多少なりとは虐めの洗礼は受けてしまうだろう。


 スチュワート学園の生徒は大半が平民出身だとはいえ、中には没落した貴族達の子供もそれなりに通っていると聞くので、その辺りを危惧しての事ではないだろうか。

 すべての生徒がそんな人間ばかりだとは思わないが、少なくとも同年代だけで数名心当たりがある。気の弱い子ならそんな学生生活が耐えられず、最悪授業に出れなくなるかもしれない。


「数日後直接お前に頼みに来ると仰っているので、それまでに考えておいてくれ」

「……わかりました」

 父より爵位が高い時点で私に拒否権など存在していないのだが、直接頼みに来ると言うのなら余程大事に育てている娘なのだろう。

 私のような小娘にそこまで出来るのはある意味敬意に値する。しかし後日依頼人が我が家を訪ねた時、窓から見える姿は全身フードを被り父への挨拶もそこそこに、逃げ隠れるように屋敷の中と入っていった。


 流石にこれは失礼であろう、いくら父より爵位が高いとはいえ我が家は歴史あるインシグネの伯爵家である。愛人の子か隠し子かは知らないが、いくら大事にしている娘だとはいえ、同年代の娘の人生を左右させようと言うには、余りにも軽く見られてしまっているのではないか。

 私は苛立ちを必死に抑えながら父達がいる書斎へと向かっていた。

 



「夜分に失礼する。アムルタート・レーネス・レガリアだ」

「初めましてフローラ・レーネス・レガリアです」

「……」

 唖然とした。言葉を無くすとは正に今の状況を示す事なのだろう。

 私も貴族の端くれだ、この国の国王様と王妃様の顔ぐらいは覚えている。しかも目の前で本人達がそう名乗っているのだから間違ってはいないのだろう。 

 お忍びで我が家に訪ねてきた? いやいや一国の王が貴族の、しかも伯爵の家などに来れるわけがない。王家の血を引く公爵家や遠縁にあたる侯爵家ならまだしも、伯爵である我が家などに来た事が他の貴族にでもバレたら、国王がインシグネ家を贔屓しているなどと噂が立ち、パワーバランスの崩壊に繋がりかねない。

 むしろよくぞフードを被っていてくれたと感謝したいほどだ。


 頭の処理が追いついていなかったせいでどう挨拶をしたのかは覚えていないが、ハッキリと娘の護衛を依頼された事だけは憶えている。

 何でも8年前に二人の親友だった夫婦が亡くなり、身寄りのいなくなった娘を引き取りお城で育てているんだという。


 有りえない、王族でもない者を国王夫妻が育てている? それもたかが二人の親友だったからという理由だけでだ。これが何処かの貴族で何らかの高貴な血が流れているならまだしも、只のメイドと騎士の娘を育てていると聞かされ誰が信じられると言うのか。

 一瞬私をからかっているのかとも考えたが、わざわざ姿を隠してまで我が家に来るとも考えられないので、恐らく真実なのだろう。


「あの子の母親が息をひきとる際に約束したの、娘を……アリスを責任を持って育ててみせるって」

「こんな話を聞かされて君は疑問に思うかもしれない。だが私たちはあの子の両親に命を救われ、今もこうして生き続けている

 これは私的なお願いだ、受ける受けないは君の意思に任せる。もし私が国王だとか、君の父親の立場が心配だからと考えているなら今すぐ断ってほしい。一人の少女の人生を狂わしてまでは受けてほしいとは思っていない」


 正直国王夫妻にここまで言わせる少女の事が気になった。だけど一方疑問に思う事も幾つか存在する。

 例えば一国の王が死に際の約束だからといって平民の子を育てているなど、他の貴族が知れば大騒ぎになる事は間違いない。それなのにリスクを抱えてまで育てていると言うのだから、相当の覚悟と愛情がなければ行えないだろう。その点に関しては国王夫妻も一人の親として、どうしても引けない一線だったとして理解出も来る。

 だがそれほど大事に育てているのなら何故スチュワートに? この場合ヴィクトリアに通わす方がよほど合理的であろう。確か同じ歳に第二王女がおられたはずなので、警備の面でも私がヴィクトリアに入って二人の護衛を……

 あぁ、そういう事か。王女の方にはすでに優秀な護衛が決まっており、私は残りの娘の方と言うわけか。別々の通わすのだって国王夫妻が育てている事を、ヴィクトリアに通っている子息子女達に気づかれないための処置であろう。

 所詮は伯爵家の娘、剣が多少使えるとはいえ私は只の愛人の子にすぎない。私に選択肢があると言っておいて、どうせ断れない事は予め分かっての交渉だろう。


 私は苛立ちを抑えながらも嫌味っぽくこう尋ねてみた。「王女様の護衛はどなたがされるですか?」と。

 元よりこの一件を断るつもりはないが、このぐらいの反論は許されてもいいだろう。私よりも優秀と言うのなら、王女の護衛役もいずれ越えなければならない存在。今から知っていても損はないだろう。

 だけど返って来た答えは私を更なる混乱の中へと突き落とす。なんと王女側に護衛は存在しないという。


 意味がわからない。私の考えが正しければ子息子女達の意地悪から娘達を守るため。だったら王女の方を優先的に守るべきであろう。それなのに何故他人の娘の方だけに護衛をつける? 王女に手を出す輩が居ないと思っているなら大間違いだ。どこの世界にも虐める者は虐めるし、苛められる者もまた然りだ。

 ああ言う輩はバレないよう嫌がらせをするぐらい造作もない事だろう。そんな事ぐらいちょっと考えれば分かるだろうに、何故引き取った娘の方だけに?


「あなたは今不思議に思っているのじゃないかしら? 私たちが何故実の娘であるミリィではなく血のつながりのないアリスを、一人の少女の運命を変えてまで守ろうとしているのかと」

 正しくその通りだ。いくら約束だからといってそこまでする理由には少々、いやかなり腑に落ちない。

 これじゃまるで王女よりそのアリスという娘の方が重要だと言っているようではないか。


「ごめんなさい、今はまだ詳しは教えられないの。ただあの子はいずれこの国の運命を左右させるほどの存在なると、私たちは考えているの」

 この国の運命? それよりまだ受けるとも言っていない現状で、そんな重要な事を只の小娘に話してもいいのか?

 徐々に今私が置かれた状況が分かるにつれ、先ほどまでとは打って変わり額から冷たい汗が流れ落ちる。


「……もしこの話を断れば私はどうなりますか?」

 慎重に言葉を選びながら国王夫妻に確認を取る。

 恐らくヴィクトリアはおろかスチュワート学園にも通えなくなるぐらいは当然であろう。命までは取られないまでも、どこか地方の送られるぐらいは覚悟しておいた方がいいかもしれない。

 だが帰って来た答えは意外なものだった。


「断ってもらったとしてもそれは仕方がない、国王だからとはいえ14歳の少女に酷な頼みをしている事は十分にわかっている」

「それでも私たちはあの子を……アリスをとても大事にしているの、例え私たちが恨まれたとしても」

 あぁ、そうか。私は深く考えすぎていたのかもしれない。

 この人たちは純粋にアリスという少女が大好きなんだ。恐らく私がこの家で置かれた状況のように、ただ愛おしくて仕方がないだけなんだと。


「分かりました。この依頼お受けさせていただきます」

 私はその場で立ち上がり、騎士の礼をとったのだった。






 やがて月日が過ぎ、私たちはスチュワート学園へ入学する事となる。

 自己紹介の際、私はインシグネの名を隠しただのパフィオとだけ名乗った。

 もともと伯爵家の娘だと自慢するつもりもないし、隠れて護衛をするには有効だと考えたからである。


 それにしてもまさかここまで常識がない娘だったとは……。

 事前に教えられていた内容は銀髪の少し背が低い女の子。髪は背中まで伸びており肌は透き通りまるで妖精のよう……ってこれじゃただの娘自慢じゃない。

 外見は銀髪だけで十分見分けがつくだろう。問題は生まれてこの方ほとんどお城から出た事がないという事だ。

 これだけでもどれだけ大事にされて来たかが想像できるが、護衛する立場としては只の嫌がらせとしか思えない。


 入学式の翌日、私の護衛対象と言うべきアリスは、男爵家のご令嬢と名乗っているイリアさんに想像通りといえる言葉を返してしまった

「私、初めて悪役令嬢様って見たよ。本当にこんな人がいるんだね」

「……」

 わかっていたつもりだったが思わず絶句した。

 いや恐らく同じ感情を抱いたのは私だけではないだろう。


 しばらく様子を見守っていたが、イリアさんが護衛対象に手をあげるような振る舞いを取ったので、急ぎ仲裁に入りその場は何とか収めることができた。

 あの時はつい苛立ち「人と関わろうとするならもっと周りの状況を確かめてから、慎重に発言と行動をするするべきです」と、柄にもないことを口走ってしまったが、元を正せばイリアさんの方に非があるのだから、ある意味アリスさんは被害者といえよう。

 まぁどちらにせよ、これでイリアさんには近づかないだろうと思っていたが、彼女は翌日からも自ら話しかけてはあしらわれ、何かを手伝おうとしては邪険にされ続けた。


 一体何を考えている? 誰の目から見てもイリアさんのような人物には近寄らない方が賢明だと、ちょっと考えれば分かるはずなのに、彼女は懲りずに構い続けている。

 そんなある日の出来事だった。


 取り敢えず私の役目は彼女が王家の馬車に乗り込むまで。誰かに頼まれたわけではないが、ここまでが私が護衛する役目だと考えており、この日も予定通り気づかれないよう後ろから見守り続けた。

 そこで現れたのが要注意人物のイリアさん。

 念のため男爵家の娘であるイリアさんが、何故スチュワートに通っているかは護衛の都合すでに調べはついているが、家庭の事情と言うことなら私がどうこうできる問題ではないので仕方がない。


 そんなイリアさんが何やら別の生徒と騒ぎを起こし、そこに通りかかったアリスさんが一人飛び込んでしまったのだ。

 予想通りとはいえ思わず頭を抱えたくなってしまった。何でこの子はこうもトラブルに顔を突っ込みたくなるのだろう。大した力も持たないくせに。


 だが私の考えは次の瞬間崩壊した。

 癒しの奇跡、この国の貴族ならこれがどれだけ貴重な人材なのかは言うまでもあるまい。しかもたった一言口にするだけで傷跡を一切残さず一瞬で直してしまったのだ。

 私は以前癒しの奇跡一度だけ目にする機会があった。その時は只のかすり傷だと言うのに10分以上祈り続け、ようやく傷口を塞ぐというものであった。


 何なんだこの子は、将来聖女様を支える巫女にでもするつもり? だったら隠さず堂々とヴィクトリアへ入学させてもどこからも文句は出ないだろう。

 それでも敢えて存在を隠そうとするのは何故? この国のトップである国王なら、その気になれば何処かの貴族に育てさせる事だって難しくはないはずだ。




『あなたは今不思議に思っているのじゃないかしら? 私たちが何故実の娘であるミリィではなく血のつながりのないアリスを、一人の少女の運命を変えてまで守ろうとしているのかと……

 あの子はいずれこの国の運命を左右させるほどの存在なると、私たちは考えているの』




「!」

 なんて事だ、ここに来て私はまた大きな間違いを犯していた。

 王女より重要な人物など数えるほどしか存在しない。そしてこの国の最重要人物は国王ではなく聖女。

 そういえば8年前から国中の大地が徐々に廃り、我がインシグネ領の作物も年々収穫が減ってきていると、父や兄達が話しているのを聞いた事がある。

 そしてアリスさんの両親が亡くなったのもまた8年前……。


 これ以上私程度の人間が、国の大重要機密に触れていいわけがない。

 国王様が私を信用していない? そんなはずがない、信用されたから任されたのだ。

 私がこの依頼を自分の意志で受けた? 違う、あの時私は国王様に試されたのだ。この私が信頼に値する人物なのかを。


 今更ながら自分に与えられた責任の重さに震えが来た。

 守らなければ、何がなんでも私がこの子を守らなければ。




「あのパフィオさん、午後からの実習なんですが私たちと一緒の班に入りませんか?」

 考え事をしていたので未来の聖女……いや、アリスさんが目の前に現れた事に一瞬驚いたが、彼女の提案の通り護衛をするには近くにいた方が何かと都合がいい。


 そう言えば王妃様は帰り際にこう言われていたっけ。

『できれば護衛としての関係ではなく、アリスの友達になってあげて』と。


 私は純粋な気持ちで自然とこう口にしていた。

「ありがとうございます。私でよければよろこんで」

 

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