第8話 悪役令嬢様再び(後半)

 ひとまずカトレアさんの治療も無事完了し、残す問題はこの場をどう上手く解決させるだけなのだが……。


「あのー、何があったかは知りませんが、カトレアさん達も謝っておられるので、もうこの辺りでお許しになられてはいかがですか?」

 前回失敗してしまった反省を踏まえ、慎重に言葉を選びながらイリアさんに話しかける。

 言い争っていたリリアナさんもカトレアさんの傷が治った事と、本人からもう大丈夫と言われた関係で大分落ち着かれたのか、これ以上何かを言い出しそうな雰囲気ではないので、残る問題はイリアさんの方だけであろう。


「ま、まぁ私としても何時までも根に持つつもりはありませんわ。でもあなたは一体何者なんですの? 聖女の力と言えばどこの領主も喉から手が出るほど欲しがる存在。癒しの奇跡が使える者を一人抱えるだけで支持を得ることも出来るし、国に仕えさせれば莫大な褒賞が約束される。まさか知らないわけではないでしょう?」

 矢継ぎ早に何やらイリアさんが言って来るが、私がお世話になっているのが国王夫妻なので今更何処かの貴族様に仕えると言うのも変な話。


 実際のところ聖女の力が使える者を雇っているという領主もいるが、聖女の力は使用者の能力に比例してしまうので、領民の支持を得るまでには程遠いんだとか。

 因みに聖女の力が使えるからといって、誰でも国に仕えられるというわけでは決してなく、ある程度の身元の保障と、名のある貴族の紹介がないと国に仕える巫女にはなれない。

 もし紹介した者が何らかの不始末を起こしてしまった場合、その責任は紹介した者へと降りかかってしまう。そのため余程の信頼出来る者しか国への推薦はされないと言われている。


「もうしわけございませんが、そういった事には一切興味がありませんので」

 ここはハッキリと言っておいた方がいいだろう。

 私は巫女になりたい訳でも裕福な生活をしたい訳でもなく、お母さんのようなメイドになりたいのだ。既に裕福な生活の中にいるじゃんとツッコまれそうだが、いずれお世話になった分は働いて返そうと思っている。


「興味がないですって? ちょっと聖女の力が使えるといって調子に乗っているんじゃないわよ! 大体あなたは怪しすぎますわ、敵国のスパイなんかじゃないでしょうね」

「スパイ? 私がですか?」

 ん〜、仲裁に入ったつもりが標的が何故か私へと変わってしまっている。

 別に義両親からは国王夫妻に育てられているという事を隠せとは言われていないので、いざとなればイリアさんに説明してもいいのだが、出来れば知られないまま過ごしたいとは思ってはいる。

 さて、このあり得ない事実をどう説明したらいいんだろうか。


 しかし私の心配をよそに、一人の乱入によって全ての不安をかき消してくれた。

「もうその辺にされては如何でしょうかイリアさん」

 現れたのは先日イリアさんの平手打ちから庇ってくれたクラスメイト、名前が確かパフィオさん。

 長身でブロンドの髪を後ろで一本に束ね、女性にしておくには勿体ないほどの凛々しさ。剣なんか持たせれば多くの女性から告白される事間違いなしの超美人さんだ。


「ま、またあなたですの?」

 僅かに後ろに後退りながら、聞いたことにあるセリフを再び口にするイリアさん。

 彼女にしてみれば私は力のない弱い存在に見えるのかもしれないが、パフィオさんには以前振り下ろしかけた腕を途中で止められた事から、本気で体術か剣術でも習っていそうな雰囲気が伝わって来るので、私の時のようには強く出にくいのだろう。


「近くで見ておりましたが今回の件にアリスさんは関わっておられない様子。カトレアさんの傷を治した事に感謝の言葉はあれど、批判するような事は一切ないと思いますが?」

「あ、あなたには関係のない話でしょ? これは私とアリスの問題ですわ。そもそも癒しの奇跡など、普通の人間が扱えると思って?」

「ならば聞きましょう、あなたは聖女の力が使えるものは全て敵国のスパイだとおっしゃるので? 何故アリスさんが人前で隠さず癒しの奇跡を使ったとお思いで? もしアリスさんがスパイだと言うのなら、ワザワザリスクを抱えてまで他人の傷を治す必要があったのか。あなたはどう説明なさるのでしょうか?」

「そ、それは……」

 まさに圧巻と言うべきなのだろうか、パフィオさんの語った内容は正に筋が通っている。周りで見ていた生徒たちも、各々頷き合っているところを見ると今の説明で大半の人が納得してくれたようだ。


 イリアさんが黙り込んでしまった事で取り敢えず解決したといったところだろうか。誤解も解けた事だし後は騒がせてしまった理由として、イリアさんに謝罪すればこの場は丸く収まるだろう。

 そんな浅はかな考えを抱いていると、パフィオさんが地雷とおぼしきある一言を放ってしまう。

「ご納得されたのであれば結構です。あとはアリスさんに対して一連の失礼な言葉の謝罪を述べられるべきだと思いますが」

「わ、私が謝罪ですって!? ふざけないで! なんで男爵家の娘が平民ごときに謝罪の言葉を言わなければならないのよ。大体あなただって私に口を聞いていい存在じゃないのよ」

 あわわわ。パフィオさんのお気持ちは嬉しいが、イリアさんが平民である私に謝罪するなんて到底思えない。私としてはこのまま解決させて、ミリィが待つ馬車へと急ぎたいのだけれど。


「あなたは先ほどから貴族だ男爵家だとおっしゃっておりますが、ここはスチュワート学園の学園内です。校則では生徒は全員が平等だとされております。つまりあなたが何を言おうと、ここでは貴族でもなければ男爵家の娘でもない、只の一生徒にすぎないのですよ。それでも納得されないのであればこちらとしても生徒会へと報告しなければなりません」

 パフィオさんの言っている事は正に正論、生徒同士のいざこざはヴィクトリア側にある生徒会へと持ち込まれ仕組みとなっている。そして今年の生徒会長は私の義兄であるエリクお義兄様。

 って、それめっちゃマズイじゃん。お義兄様に心配をかけさせてしまう事もそうだが、ティアお義姉様の耳に入ろうものなら、クリスタータ家に乗り込んでイリアさんを連れ出してしまうかもしれない。

 お義姉様って温厚そうに見えるけれど、怒らせると物凄く怖いのよ。以前旅行先で私に近づいてきた中年男性をボコボコにしたのはまだ記憶に新しい。

 ああ見えて槍を持たすとエリクお兄様とミリィが二人がかり挑んでも涼しい顔で返り討ちにしちゃうんだ。あれ以来二人ともお義姉様には逆らわないようにしているから、どれだけ強いかは多少なりとは分かってもらえるだろう。


「生徒会ですって!? そんなものに私が怯えるとでも思って?」

「いえ、私が怯えるので出来れば別の方法で」

 何も知らない人たちからすれば、責められているはずのイリアさんが強気で、助けてもらっているはずの私が怯えるという妙な現象が起こっているが、ここは私の気持ちを察してほしい。


「なんであなたが怯えるんですの?」

「だって、今年の生徒会長ってこの国の王子様なんですよ? 怖くないんですか?」

「えっ? 生徒会長がエリクシール様?」

 あれ? もしかしてイリアさんはご存知なかった?

 スチュワートの入学式には出ておられなかったけれど、掲示板に本年度の生徒会役員の一覧が出ていたはずなんだけれど。


「一応言っておきますが、お母さんはメイドをしながら巫女のお手伝いをされていた、私が聖女の力を使える事は国は知ってますよ? もちろんエリクおに……コホン、エリクシール様もご存知の筈です」

「えっ、母親が巫女ですって!? あなたデタラメを言っている訳ではないでしょうね」

 多少話を誇張してしまったが、国王であるお義父様が知っているのだからある意味間違えではないだろう。実際のところお母さんが巫女の仕事をされていたという話は聞いた事がないが、神殿に乗り込んで何やらやらかしたという噂は、お城のメイドさん達の間ではかなり有名。

 それ以外にもお義母様とお義父様が喧嘩をしたとき、当時まだ王子だったお義父様を力一杯引っ叩いたとか、隣国と戦争になりかけた時には季節外れの大雪を降らして山中に足止めしたなど、数々のあり得ない噂がセリカ伝説として今でも語り継がれている。

 まぁ、大半が話を面白おかしくするための嘘だとは思うけど。


「嘘かどうかはご自分が生徒会に行かれて確認されては如何で? もっとも巫女の娘であるアリスさんが国へと告発すれば、あなたがいる男爵家も少々大変な事になるかもしれませんが」

 聖女様に使える巫女は国からかなり優遇されているからね。実際お城には巫女様専用の宿舎があったり、城外に出かける際には騎士の護衛があったりと、発言権と権力を除けば伯爵以上の地位と位置づけされている。

 そんな巫女が爵位の一番したである男爵家のご令嬢にスパイ扱いされたと言えば、イリアさんの父親であるクリスタータ男爵が呼び出され、注意ぐらいは受けるのではないだろうか。


「ま、まぁいいわ。そんな脅しを信じるつもりはないけれど、今日のところは見逃してあげる。でも次に私を怒らせたら只では済ませないわよ。フン」

 結局パフィオさんの最後の一言で完全に怯えきってしまったイリアさんは、捨て台詞とも取れる言葉の残しこの場から立ち去っていった。



「あの、ありがとうございましたパフィオさん」

「いえ、私の方こそ出過ぎた真似を。結局イリアさんから謝罪の言葉を引き出せなかったですし」

「いえいえ、別に謝って欲しいとかは全然思っていませんから」

 元凶とも言えるイリアさんが居なくなった事で、様子を見ていた生徒達が徐々に帰路へとついていく。

 私としては妙な誤解さえ解ければ別に気にしていないので、これ以上イリアさんに何かを求めるつもりは一切ない。

 それより思いのほか時間を取られてしまったので、馬車で待たしているミリィの方が気になって仕方がない。今頃私が来ないので心配しているのではないだろうか。


「ココリナちゃん、カバン持っててくれてありがとうね」

 近くで見てくれていたココリナちゃんカバンを持ってきてくれたので、お礼を言って受け取る。

「ううん、私の方こそ見ているだけで何も出来なくてごめんね」

 ココリナちゃんにすればこちらの都合で付き合わせてしまったのだから、謝るなら寧ろ私の方にあるだろう。


「二人とも他に怪我とかしてないよね?」

「はい、ご心配ありがとうございます、アリス、パフィオさん。助けて頂いてありがとうございました」

「ありがとうございました」

 念のためリリアナさんとカトレアさんの容態を確認するが、言葉の通り問題はなさそうだ。

「ううん、それじゃ申し訳ないんだけれど、私ちょっと急いでるからこれで失礼するね」

「はい、ごきげんよう」

「アリスちゃん気を付けてねー、走っちゃダメだよー」

 ココリナちゃん達に挨拶をし、一人足早に帰路へと付いた。



追伸:ミリィに遅くなった理由を説明したらめっちゃ叱られました。ぐすん。

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