第7話 悪役令嬢様再び(前半)
入学してから数日、徐々に学園での生活に慣れ始めたある日の事。本日の授業が無事終わり、ココリナちゃんと一緒に学園の並木道を校門へと向かって歩いていく。
まぁ私の場合、途中にある脇道からヴィクトリア側にある馬車の繋ぎ場に行くので、一緒に帰れるのはほんの僅か。ココリナちゃんにはお世話になっているお屋敷のご令嬢様と一緒に通っている、と伝えてある。
ヴィクトリアはスチュワートと違い馬車での送り迎えが基本な為に、敷地内の数カ所に馬車を止めておく繋ぎ場が存在する。本来なら校舎前まで馬車が迎えに行くべきなのだろうが、生徒一人一人が乗り降りしていれば確実に渋滞してしまうので、予め決められた繋ぎ場に馬車を待機させるように定められている。
言っておくがスチュワートの生徒が馬車で通学している事は珍しくもなく、現役の使用人の中には何世代にも渡って一つのお屋敷に仕えている人達も多い関係、歳近い子供同士がいれば一緒に通わす家も少なくはない。もっとも国民と平和を愛するレガリアならではの事かもしれないが。
ザワザワザワ
校舎から続く並木道を校門へと向かっている途中、なにやら前方の方から生徒たちの騒ぐ声が聞こえて来る。
流石貴族の子息子女達が通う学園とあって、スチュワート側でも広大な敷地を有しており、通称スチュワートの正門通りと呼ばれているこの道も、校門を越えるのにそれなりの時間がかかってしまう。
本年度の生徒会長をしているエリクお義兄様の話では、警備の問題と生徒達を緑あふれる環境で学ばせたいとの思いでこの様な形になったんだとか。
「何の騒ぎだろう?」
「ん〜、誰か倒れているみたいだけれど……」
私の質問にココリナちゃんが目を細めて答えてくれる。
そう言われれば確かに二人の女の子が地面に膝をつき、一人が倒れた子を支えている風にも見える。それにしても……
「なんで誰も助けようとしないの?」
次の質問にココリナちゃんもただ首をかしげるだけ。徐々に二人との差は縮まってはきているが、生徒達の数が多くて様子がよくわからない。
ただ遠目から見た感じで言えば何かに怯えながら大きく避けて通ったり、声を掛けようにも何故かに怖がっている風にも見える。
やがて近づくにつれ罵倒する女性の声と、謝罪と思われる二人の女性の声が聞こえて来る。
あれ、この声って……
「ねぇ、アリスちゃん。私、今あそこで何が起こっているかが想像出来ちゃったんだけれど」
「奇遇だね、ちょうど私も同じ事を考えていたところだよ」
ようやくハッキリと見える距離まで来ると、そこには地面に膝をつく二人の女性に対し罵倒を浴びさせている一人の女性。三人とも見覚えはあるが、名前が分かるのは罵倒を浴びせている女性の一人だけ。残りの二人は同じクラスの生徒だが、名前までは思い出せない。
「私にぶつかっておいて何て言い草! これじゃ全部私が悪いみたいじゃない!」
「ですからぶつかった事に関しては謝っているではありませんか、それなのに無理にカトレアさんを突き飛ばさなくてもよかったのではと言っているんです」
仁王立ちで罵倒を浴びせている女性……イリアさんに対し、倒れた子を支えながら懸命に対抗している一人の女性。
話の内容からするに恐らくカトレアさんと言う介抱されている子が、何らかの不注意でイリアさんにぶつかったのだろう。二人はすぐに謝罪したが気に食わなかったイリアさんがカトレアさんを突き飛ばし、その行為をもう一人の子が介抱しながら抗議しているといったところではないか。
よく見ればカトレアさんと呼ばれている子の膝から血が滲み出ている。
「ごめんココリナちゃん。ちょっとカバン持っててくれる?」
「えっ、あ、うん。って、アリスちゃん!?」
持っていたカバンをココリナちゃんに預け、人垣の後ろから怪我をしているカトレアさんの元へと近づいていく。
あの時私を助けてくれた人から、人と関わろうとするならもっと周りの状況を確かめてから、慎重に発言と行動をするようにと注意を受けたばかりではあるが、怪我をしている子を見捨ててまでは約束を守りたくはない。
イリアさんとは数日前の一件以来、こちらから話しかけても『フン』とか『あなたには関係ないでしょ』と言われるだけで、全く仲良くなれていない。
私としては前回はこちらも悪いところがあったので、しっかり謝罪した上で友達になりたいとは思っているが、まともに話すら聞いてもらえないのが現状だ。
「また、あなたですの!?」
「ごめんね、ちょっと傷を見せてもらってもいかな?」
人垣から出た私を見てイリアさんが何やら言ってくるが、今はカトレアさんの様子の方が気になるので、問いかけには答えずまずは怪我の様子を確かめる。
突き飛ばされたという話だったがそこまで乱暴にされた訳ではないのか、怪我の容体はただ膝を軽く擦りむいただけ。立ち上がれないのは恐らくこの状況に怯えているだけであろう。
ただ、治療するにも傷口が汚れてしまっているのでまずは洗い流すのが先決。
「すみません、傷口を洗い流したいので誰か水が入った水筒をお持ちではありませんか?」
遠巻きに見守っている生徒に向かって傷口を洗う為の水がないかを尋ねてみる。
イリアさんの行動を止められないまでも、未だ傷ついた子を心配して見守っていたのだから、自分たちも何かしたいとは思っていたのだろう。
ココリナちゃんの話では学園の敷地内にいる限り、スチュワートの生徒同士は平等と校則では定められているが、平民で育った自分たちは、幼い頃から貴族に逆らってはいけないと親から教育されているらしく、いくら校則が平等だと言っても、自称男爵令嬢のイリアさんは恐怖の対象でしかないらしい。
それでも私の問いかけに勇気を振り絞って何人かが、水が入っているであろう水筒を渡してくれたり傷口を洗う為に手を貸してくれる。
「少し染みるけど我慢してね」
そう言って制服が濡れないよう集まってくれた生徒達の手を借りながら、カトレアさんの傷口に水を掛けていく。
「イタッ」
「ごめんね、もう少しだから」
傷口を水で奇麗に洗い流し、持っていたハンカチで濡れた膝を軽くふき取る。
これで治療に移っても大丈夫だろう。私の力で傷口の治療と消毒を行う事は出来るが、汚れたままの状態では傷を塞ぐ工程で砂などが体内に残ってしまう場合がある。重症の時はそんな事を言っていられないので、より多くの精霊達に頼んで溜まった血液で洗い流したりするが、かすり傷程度では汚れを洗い流すほどの血液が確保できない。
「もう少しだけ我慢してね」
両手を胸の前で重ねお祈りをするようなポーズをとる。
「精霊さん、癒しの光をこの手に」
組んでいた両手を擦りむいた傷口にかざし、再び精霊達にお願いする。すると精霊達は呼び声に応え、私の体を通り手のひらから暖かな光が溢れ出す。
私はミリィやお義理姉様のよう王家の血は引いていないが、亡くなったお母さんと同様少しだけ聖女様の血が流れており、力の使い方を聖女であるお義理姉様から直々に教わっている。
初代聖女様の時代から約1000年、今じゃ平民の中でも聖女様の血を引く者もおり、私やお母さんのように聖女の力を使える人も珍しくはないと聞く。
「癒しの奇跡だ……」
みるみる傷跡が治っていく様子を見た生徒の一人が、独り言のようにそう呟く。
中等部であるスチュワートの生徒なら多少の知識はあるだろう。聖女の血を引く者が使えるという傷を癒す力、癒しの奇跡。
実際のところ名前に奇跡とついてはいるが、自分自身の傷は治せなかったり、病にかかっている人に使ってしまうと病を進行させてしまうとか、いろいろ奇跡と呼ぶには程遠い存在だが、聖女の力の仕組みを知らない者からすれば正に奇跡と呼ぶに相応しいのかもしれない。
「えっ、それじゃあの子は聖女の血を?」
「でも、髪色がブロンドじゃなく白銀って……」
誰が言ったかは知らないが、聖女の血を引いている者の大半がこの国の初代聖女様と同じブロンドの髪色をしていると言われており、聖女様の血を引いている王家や、王族の血を引き、レガリアの四大公爵家と呼ばれている家系のほとんどが同じブロンドの髪色。時折平民の中であわられる人たちも全員がブロンドだという話なので、私や亡くなったお母さんのように銀髪の人間で、聖女の力が使えるのはかなり珍しいんだとか。
「あ、あなた一体何者なの?」
様子を見ていたイリアさんが後退りながら私に向かって訪ねてくる。
イリアさんも男爵家のご令嬢というなら、幼少の頃から聖女の大切さを叩き込まれているのだろう。あいにく平民である私にはそれ程の価値がある訳ではないが、聖女の力を目の当たりにした後ならば多少怯えるのも仕方がないのかもしれない。
「えっと、通りすがりの普通の女の子?」
「ふ、ふざけないで! 普通の人間が聖女の力を使えたり、ファミリーネームを名乗ったりなんかしないわよ」
ん〜、聖女様の血が流れてはいるが私が普通の子であることには違いない。
ファミリーネームだって元を正せばお母さんのだし、力の使い方は聖女であるお義姉様直々に教わっているのだから、使えて当然だろう。
「すみません、今はカトレアさんの具合が気になるので後にしてもらえませんか?」
尚も言いたそうにしていたイリアさんをサラッとながし、カトレアさんに傷の治り具合を問いかける。
癒しの奇跡のおかげで少しは気持ちが落ち着いたのかその場で立ち上がり、治り具合を確かめてくれる。
癒しの奇跡はひとえに傷を治すだけって思っている人が多いが、実際のところ毒の治療や体力の回復、気持ちを落ち着かせたり消毒や痛みのみを和らげる事も出来る。もっとも、これら全てを同時にこなそうとするとかなりの集中力と精神力を要するので、今は傷口の治療と消毒、それと震えておられたので気持ちを落ち着かせることのみにとどめた。
「大丈夫です。あの、ありがとうございます」
「ううん、大したことはしていないから」
「リリアナさんもありがとう、もう大丈夫だから」
カトレアさんが私に向かってお礼をいい、その後ずっと付き添っていた女性……リリアナさんと手を貸してくれた生徒達にもお礼をする。
これで問題解決といきたいところではあるが、結局のところこの三人が揉めていた理由に関しては何一つ解決していない。随分時間を取ってしまったので、馬車で待たしているミリィも心配している頃だろう。
出来ればこのまま立ち去りたい気分だが、ここまで関わってしまった以上『それじゃ後はよろしく』と言って逃げ出すのは流石に気が引ける。
さてこの後どう解決に持っていけばいいのだろうか。
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