第6話 本家、私は普通の女の子

 私の名前はココリナ、王都レガリアに両親と妹の4人で暮らしている平々凡々の何処にでもいる普通の女の子。共働きの両親に替わって二つ下の妹の面倒を見ながら家事全般のお手伝いしている。


 そんな私の唯一娯楽といえる趣味、読書。この国には月々お金さえ払えば何冊でも借りられる図書館があり、国民の多くがこの施設を利用している。しかも平民でもお財布に優しい低価格。

 他の国の事情は知らないが、ここレガリアでは国が運営する学校なら初等部まではお金が掛からなかったり、優秀な成績を収めれば中等部への進学も国が費用の大半を負担してくれる制度も存在している。


 ある日の事、私はいつものように図書館へ行き本棚の後ろに隠れた古びた一冊の本を見つけた。恐らく片付ける際に偶然本棚の隙間に入ってしまったのだろう。私は自然とその本を取り出し、表紙に積もった埃を持っていたハンカチで綺麗に拭い去る。

 すると現れたのは可愛らしい少女の絵が描かれた物語の本。少々表紙が古びた感じになってしまっているが、中身は新品同然の綺麗な状態で、私はその本を手に取り気づけば貸し出しの手続きをしていた。


 物語の内容は何処にであるようなシンデレラストーリー。身寄りがなくなった一人の少女が住み込みで貴族のお屋敷で働き、主人の娘たちに虐められながらも懸命に行きて行く女の子の物語。

 ある日女の子が街に出掛けた際に見知らぬ男性達に絡まれるも、たまたまお忍びで通りかかった一人の男性に助けられる。やがて何度か街で出会いをくりかえしていく内に二人の間に愛が芽生えるが、その事を快く思わないご令嬢達に閉じ込められお屋敷から出られなくなる。そんな時に偶然お屋敷のパーティーに来ていた男性と再会し、ご令嬢達の嫌がらせを振り払いながら最後は周りに祝福されながら結ばれていくというお話。しかも男性の正体が王子様というのだから女の子なら誰しもキュンとなってしまうのではないだろうか。


 そんな物語のような出会いを求めて私は国が運営するメイドや執事、庭師に料理人等を育成するスチュワート学園へと進学する道を選んだ。

 もともと本を読むのが趣味だったのと、一通りの家事が出来た事で倍率の高かった試験を見事に合格。家から少し離れてはいるが、馬車バスを利用すれば通う分には問題ない。おまけに試験合格組は大半の学費が免除されるので、貧乏な我が家でも大した負担も掛からない。

 これで卒業後に何処か貴族のお屋敷で働く事が決まれば、両親にも仕送りが出来るというものだろう。上手くいけばお屋敷のご子息様と恋に落ちる事だって……いやいや、淡い期待はやめておこう。物語の少女のように私は美しくもなければ、鮮やかな髪色ではない。



 やがて月日は過ぎいよいよスチュワート学園への入学日当日。予め決められた教室に入るが、見渡せば当然の如く知っている顔はおらず、ただ一人希望だけが空回りするだけの時間が過ぎた。

 そんな私の隣の席にやってきたのが物語から飛び出してきたかのような一人の少女。制服こそ同じだが、髪は手入れの行き届いたサラサラの銀髪に透き通るような白い肌。彼女が入ってきた事でクラス中の男性のみならず女性達までもが視線を外せずにいる事は明らかだ。

 ここにいる生徒はあの難しい試験をクリアしてきた言わばエリート。貴族相手に迂闊な言葉を放つような愚か者はいないので、誰も彼女の話しかけようとする勇者は一人もいない。それがかえって彼女の神秘性を膨らませているのかもしれないが。


 噂では知っていたけれど、貴族の家系でも全部が全部裕福という訳ではなく、中にはスチュワートに入って家計を支えている家があるとは聞いていた。恐らく私と同じ事を考えているのは一人や二人ではないだろう。

 そんな彼女が式から戻ってきた際、人目も気にせず大きく背伸びをしていた。平民である私でも人前で大きく背伸びなんてしたらお母さんから雷が落ちるだろうに。


 その時の私は何故か親近感がわき、クラス中が見守る中自然と笑いがこみ上げ、気づけば彼女に話しかけていた「まだ式しか終わってないよ」と。

 だってこの子、このまま放っておけば式だけで帰ってしまいそうな雰囲気だったんだもの。でもその気持ちは分かるよ、長い長い理事長の話が終わったと思ったら次は国王様が出てくるんだから。普段から貴族の方を目にする事さえ無いと言うのに、いきなりあれは心臓に悪いわ。


 翌日、銀髪の少女アリスちゃんと昼食をとる事となった。

 クラス中の生徒たちがアリスちゃんに話しかけるタイミングを見計らっているのは感じていたが、昨日の自己紹介でも彼女が普通の平民では無い事は恐らくだれもが想像している。

 いくら没落貴族だとはいえ貴族にある事には違いない。そんな彼女に勇気を振り絞り自ら話しかけるのは中々難しいのでは無いか。

 それでも諦めきれずに様子を伺っているのは、アリスちゃんが醸し出す愛らしい雰囲気に「もしかして」と考えてしまうのは仕方が無いだろう。かく言う私もそんな雰囲気についつい話しかけてしまうのは、隣の席だからというある種の特権だと考えている。ありがとう神様、いやこの国なら聖女様かな?


 そんな優越感に浸りながら楽しい昼食の会話に華を咲かす。

 アリスちゃんのお弁当は綺麗ながらもサンドウィッチとサラダという至ってシンプルなメニュー。何処かの貴族なら三段のお重弁当とかを想像していた私にとっては少々物足りないが、具材の内容は豪華だった。

 普通お弁当にお肉やお魚は入って無いわよ。


 話していく内に彼女がどの様な人物かが分かってきた。周りが私たちの会話を必死に盗み聞きしているのは分かっていたが、本人も別段隠すつもりもないのだろう。ある貴族っぽいお屋敷でお世話になっているというところまでは聞き出せた。

 本人は自分が平民だと言っているが、それが本当だとは信じているのはこのクラスには誰もいない。きっと辛い思いをしているのを必死にがんばっているんだね。

 気分はすでにお父さん。話を盗み聞きしていた女子の中にはうっすら涙を浮かべている子すらいる。



 そのアリスちゃんがやらかした。

 きっかけは些細なもの。休み時間が終わる寸前恐らく食堂から戻ってきたであろう自称男爵令嬢のイリアさんに声を掛けられ、これまたバカ正直に思っていた事を口にした。本人は善意で言った事なのだろうが、相手は仮にもクリスタータ男爵家の娘と名乗っているのだから、正真正銘本家のご令嬢なのだろう。そうでなければワザワザ『男爵家の娘』とは名乗れない。

 よく遠縁の人間が自慢げに貴族の名前を名乗っている事があるが、何代も前の系譜に未だすがっている姿はある種の滑稽こっけい。このレガリアでは貴族になれないまでも実力さえあればそれなりの役職に就く事が出来るので、本家筋の貴族以外はそれほど恐れ多くもない。

 だがイリアさんが言っている事が本当なら、彼女は間違いなく本家筋の人間。そんな人が何故スチュワートに通っているかは知らないが、平民の私たちがおいそれと関わっていい存在ではないのだ。


 これが天然少女アリスちゃんなら周りも暖かく見守っていたかもしれないが、彼女の態度は私たちが想像に描く意地悪なご令嬢そのもの。自己紹介のときアリスちゃんを睨みつけていたのだって、自分より可愛く目立っていたのが気に入らなかった事は、私じゃなくても気づいているだろう。それなのに……


「ねぇ、ココリナちゃん。私、初めて悪役令嬢様って見たよ。本当にこんな人がいるんだね」

「「「「……」」」」

 アリスちゃんが放った一言はクラス中を張り詰めた空気で満たしてしまった。


(ななな、何てこと言ってるのよーーー!!)

 先ほどまで暖かく私たちの会話を盗み聞きしていた生徒たちが、巻き込まれない様に遠ざかっていく。

 天然、天然だとは思っていたが、ここまで天然だとは思ってもいなかった。本人の言う事を信じるならばアリスちゃんは平民。実際のところはさておき、今は本人が言う通り平民と言う事にしておこう。どの道本家筋の人間ではないだろうから、立場は本家筋であるイリアさんの方が上だ。

 そんな人に悪役令嬢様ってハッキリ言っちゃったよーーー!!


「あ、あ、あなたね!!」

 イリアさんが怒るのも当然である。怒るイコール本人も多少なりと自覚があるのだろうが、そんな事は口が裂けても言えるわけがない。

 そもそも私たちが教わっているのは貴族のお屋敷にお仕えするための勉強。主人に逆らったり怒らせたりするのは、プロのメイドとは言えないだろう。


「ア、アリスちゃん。何てことを言ってるの! 早くイリアさんに謝った方が……」

「えっ、あ、こう言うことは口に出しちゃいけないんだっけ? ごめんなさいイリアさん」

 いやいやいや、確かに頭を下げて丁寧に謝ってはいるが、その前に心の声が漏れてるから!

 見ればイリアさんの顔が赤く染まり今にも爆発寸前。ちょっ、誰か助けて!


「バ、バ、バカにしてーー!」

 イリアさんの怒りが頂点に達したのだろう、右手を大きく手を振りかぶりそのままアリスちゃんの顔をめがけて振りおろ……されなかった。


「そこまでにしておかれては如何ですか、男爵令嬢」

 アリスちゃんに振り下ろされる寸前で一人の男性……じゃなかった、一人の女性がイリアさんの腕を掴み防いでいた。

「放しなさい、この無礼者!」

 掴まれた腕を強引に振りほどき、邪魔をした女性に向かって敵意を示す。


 確か彼女は私たちと同じクラスにいた子。昨日の今日なのでまだ名前までは覚えていないが、平民の中では珍しいブロンドの髪色をしていたので印象に残っている。

「見れば彼女も悪気があった訳ではない様子、こうして頭を下げて謝罪しているのだからワザワザ手を上げずともよいのでは? それにこの学園ではヴィクトリアとスチュワートの差はあれど、同じ学園内では基本平等の筈ですよ。

 彼女の言い方も悪かったのでしょうが、それ以前に彼女に対しての接し方に些か問題があったかのように見受けられますが?」

 彼女が語った内容は正に正論、アリスちゃんの天然を抜きにしても先に失礼な態度を取ってきたのはイリアさんだ。生徒同士を平等とするならアリスちゃんが文句を言っても罰する理由にはならない。

 まぁ、本人はそんなつもりはないのだろうが。


 因みにスチュワートの生徒とヴクトリアの生徒は立場が異なるため、二校間の間では上下関係がハッキリと分かれている。それでも生徒会が上手くコントロールしているそうなので、問題になるような事は起こっていないという。


 イリアさんも自分が悪いであろう事は、クラス中の雰囲気を見れば一目瞭然。いつの時代も可愛い子が正義と言うのは変わらないのだろう。どさくさに紛れてアリスちゃんを守るよう抱きしめている私に冷たい視線が突き刺さっているが、ここは一番最初に友達になった特権として見逃して欲しい。

 アリスちゃんって小ちゃくて抱き心地がいいのよね。


 結局授業が始まる鐘の音で一旦この場は治まったのだけど、イリアさんはその後も不機嫌そうにしており、アリスちゃんは何事もなかったかのように自然に振舞っていた。

 それにしてもさっきアリスちゃんを助けた子って……。今も同じクラスの中で授業を受けてるが、名前を聞く前に鐘が鳴ったせいで未だに聞けずじまい。まさに颯爽と現れ颯爽と去っていく白馬の王子様といったところだろう。女の子だけど。


 その後しばらく平穏な日々が過ぎていくが、再び悪役令嬢ことイリアさんと対峙する事になるとは……誰もが想像する通りだった。



 うぅ、私はただ平穏な学園生活が送りたいだけなのに。

 どうやら私の物語は変な方向へと進んでいくようです。

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