第3話 ミリィの想い
「降ってきたわね」
窓の外を見つめながら独り言の様に呟く。
先ほどアリスが雨が降ると言い出しお茶会の場を私たちの自室へと移した。
「ドレスが濡れなくて良かったですわ、アリスのお陰ですわね」
「それにしても凄いね、本当に雨が降ってくるんだもん。ありがとうねアリスちゃん」
「別に大した事はしてないんだけど……」
リコとルテアがアリスに対して感謝の言葉を言っているが、当の本人は自覚がないんだろう。アリスはただ精霊が
この国に、いや、この大陸に生まれた人なら誰しもが知っているだろう、聖女という名を存在を。
伝承では約1000年前、この大陸で大きな戦争が起こり多くの人たちが血を流した。その結果大地が死に絶え、川は赤く染まり作物は育たなくなったという。
そこで現れたのが7人の聖女と呼ばれる女性達。その女性達は大陸に散らばり、精霊の力を借りて大地を浄化していった。
やがて浄化をし終えた聖女達はそれぞれの地で結婚し、6つの王国と1つの連合国が出来上がった。その一つが今私たちが暮らすレガリア王国。
これは国の中でも極秘事項なのだが、初代聖女達が大地を浄化をし終えたと言う伝承は間違いである。
1000年前に比べて幾らかはマシになっているんだろうが、大地は未だに蝕まれたまま。各国の聖女と呼ばれている女性達が今なお祈り続け、大地を活性化し続けているのが現状だ。
現在レガリアで聖女と呼ばれているのはティアラ姉様。レガリアはこの地を浄化したという聖女が起こした国と伝えられており、王族である私達兄妹にも聖女の血が流れている。
その関係で代々聖女は王家に生まれた女児か、もしくは王家の連なる公爵家から選ばれ、姉様はつい数ヶ月前に元公爵家のご令嬢だった母様からその役を引き継がれた。
だが、大地を一定のレベルまでに活性化させる為には聖女の力が大きく作用されてしまい、母様はおろか姉様の力では到底足りていない。本当なら聖女の力を増幅させると言われている『聖痕』と呼ばれる力があるのだが、生憎何代か前の聖女が『聖痕』を継承する前に亡くなってしまい、レガリアでは真の聖女は誕生しないと言われている。
今から20年ほど前なんだろうか、真の聖女が居ないまま時を過ごしていたレガリアにとうとう限界が来てしまったんだという。大地に作物が育たなくなり、食糧難が続いた。
当時聖女だった母様は、巫女達と共に連日必死に祈り続けたが、聖痕がない聖女の祈りは非情にも神には届かず、誰もが万策尽きて諦めかけていた。そんな時に現れたのが母様の専属メイドであったセリカさん。
騎士達や神官達が止めようとするのを振り払い、セリカさんはたった一人で神殿に乗り込み、見事に大地を活性化させてみせたのだ。
本来なら聖痕持ちの聖女と、巫女達が集まってようやく大地に実りをもたらす事が出来ると言われているのに。
この事はすぐに箝口令が引かれ外に漏れる事はなかったが、当時は相当大騒ぎになったらしい、それもそうだろう。セリカさんにレガリアの王家の血は流れておらず、尚且つ聖痕の紋章も刻まれていない。
どうやら母様や父様、それと一部の公爵様達はセリカさんの正体に薄々気づいてらしいが、そこまで強力な力を持っているとまでは知らなかったんだそうだ。
セリカさんは母様が公爵家に居た頃から仕えていたメイド、お城にその籍を変えられてからはセリカとしか名乗っておられなかったが、それ以前はセリカ・アンテーゼと名乗っていた。
この大陸で暮らす平民にはファミリーネームは存在しない。資産家や大きな商家などを経営している場合、お金を支払いファミリーネームを名乗る事も許されているが、普通に暮らす人々には縁遠い存在だ。
どうやらセリカさんはそんな常識を知らずに、アンテーゼという名をファミリーとして名乗っておられたらしい。
(はぁ、この辺りはアリスと性格が似ているのよね)
実はこのアンテーゼというファミリーネーム、後にとある国の公爵家にアンテーゼと付く家系がある事が分かっている。
直ぐに分からなかったのはアンテーゼという名がファミリーネームではなく、ミドルネームだった為。
普通貴族でもミドルネームを名乗る家系はほとんど存在していない。それこそ歴史の古い王家や他国の聖女の家系を除けば全くないと言っても過言ではないだろう。
私の名前だってレガリアと聞けば直ぐわかるだろうが、ミドルネームのレーネスと聞いても直ぐには反応出来ないはずだ。しかも場合によってはレーネスを省略して頭文字のRとしか名乗らない場合だってある。
現にセリカさんの正体に気づいたのは、母様の父親である前エンジウム公爵様ただ一人という話だ。
つまりセリカさんの正体は他国の聖女を務めていた方の娘、それも次期聖女として有望視されていたという事が分かっている。
そんな方がなぜこの国でメイドなんかしているのかは、未だに両親からも教えてもらっていないが、聖女の力を増幅させる聖痕を持たずに真の聖女以上の力を持っているのだから、その重要性は言わずともわかるだろう。
その後セリカさんは時折頼まれては聖女のバイトをしていたが、その事を知るのはほんの僅かな人間のみ。当然娘であるアリスにもこの事は伝えていない。
だがそんなセリカさんはもういない。
あの日、セリカさんは姉様を庇い亡くなられた。いやそうじゃない、あの時私が姉様が白花で作ってくれた花かんむりを嫌がらなければ、赤い花で作ってと我が儘を言わなければ、姉様は一人離れて花を摘みに行く事なんてなかったんだ。
その結果、突如侵入してきた刺客に襲われセリカさんと、カリスさんは亡くなってしまった。
(そういえばあの時からだったけ、私がアリスを守ろうと思ったのは)
当時、私はアリスの事が嫌いだった。
同じ歳、母親が母様のメイドだからってだけで何時も私の側にいた。姉様も兄様も母様までもがアリスを可愛がった。もちろん私にも同じように接していたんだろうが、当時の私には目の前に移るアリスが許せなく、虐めてしまった。そんなアリスは私の虐めにもめげず、どんな時でも後ろをついてきた。友達だと言って。
ある日の事、私の鬱憤はお世話をしてくれるメイドへと移っていった。その姿を見たアリスは私にこう言ったのだ、「そんな事していたら嫌われるからやめよう」っと。
自分は私に虐められ辛い思いをしているだろうに、真っ先に私の事を心配してきた。
今思えばアリスはあの頃から心が強かったのだろう、決して辛い、寂しいという感情を口には出さなかった。涙を必死に我慢しているのは見ている私でも分かったというのに……。
そんなアリスが泣いたのだ。母親を、父親を目の前で殺され大声を出して泣いた、死なないでと。
あの時私に恨み言の一つでも言ってくれればどれだけ楽だっただろうか、私が我が儘を言わなければ、カリスさんが父様を守らなければ、セリカさんが姉様を庇わなければ死なずに済んだのだ。
葬儀の後、眠る本人を除いた私達家族と誰だかわからない大人達だけで、アリスをどう育てていくかが話し合われた。
今となってはハッキリと思い出せないが、誰かがアリスを修道院に入れればと言った気がする、それを聞いて一番に叫んだのが姉様だった。「修道院なんかに行かせない、私がアリスを育ててみせる」と、気が付けば私も思わず叫んでいた「アリスは私の友達だ、絶対に何処へも連れて行かせない」と。
後で聞いた話だが、セリカさんの唯一の娘であるアリスをどうやって育てていくかの話し合いだったらしい。将来レガリアの聖女として立ってもらう為に。
聖女の力って聖女の血を引いていれば誰でも使える訳ではないのよね。聖女の修行を行う過程で目覚める場合もあれば、ある程度成長すると自然と現れる場合もある。姉様の場合10歳の頃に自然と使えるようになり、私は聖女の修行をしても未だ片鱗すら現れていない。
当時6歳だったアリスはその年齢で精霊達の声を聞き、癒しの奇跡と呼ばれる傷を治す力を使ってみせたのだから、どれだけ周りが期待していたは説明せずとも分かって貰えるだろう。
結局幼いアリスに今から聖女の荷をおわす訳にはいかないと父様と母様が猛反発、時が来るまでセリカさんの秘密を隠し、さりげなく教育の中に聖女教育を混ぜて育てていく。将来聖女として立ってくれるかは本人の意思に任せるという事で収まったらしい。
まぁ、元々聖女の血を引く私と同じ教育を受けているのだから、自然と聖女の修行が組み込まれてしまうのは仕方がないのだろうが、力が現れなかった私としてはひたすらアリスの凄さに日々心を折られたもんだ。本人は聖女の血が流れている事ぐらいは知っているが、未だに自分の凄さを理解していない。
目の前に聖女である姉様と、元聖女である母様がいるのだからその認識は仕方がないのかもしれないが、アリス自身聖女に対しての認識が薄くただの便利な力程度にしか考えていない。
(お陰で私には聖女としての資質がない事を思い知らされ、今じゃすっかり剣の道に走ってしまったのだけれど)
「どうしたのミリィ? せっかりルテアちゃんが持ってきてくれたクッキーなのに」
「ん? あぁ、ちょっと昔の自分に反省していただけよ」
ボーッとしていた私を気にしてか、アリスが心配そうに声をかけてくる。全く、アリスはあの頃から何も変わっていないんだから。
「昔って何の話?」
「きっと昔のご自分の姿を思い出して苦悶されているだけですわ」
「そうそう、昔のミリィちゃんてアリスちゃんの事……ムグッ」
「コラ、二人とも余計な事言わない」
とっさにルテアの口を押さえながら二人に苦情を言う。
リコはともかく、ルテアは少々アリスに似たところがあるから余計な事までサラッと言っちゃうのよね。
二人とも私の過去とアリスの秘密を知る数少ない友人、この関係もアリスがいなければここまで親しくなる事はなかっただろうとは三人の共通認識。本人は王族や貴族の中に入れて貰っているとでも思っているのだろうが、アリスの周りに私たちが集まってきたという方が正しいだろう。
それにしても本人に自覚がないって難儀よね。アリスの力は既に聖女である姉様を遥かに超え、その重要性も今や王族である私や次期国王である兄様以上の存在となっている。未だ聖女として神殿で祈りを捧げていないのはセリカさんが残した遺言の為。詳しくは知らないが、18歳の誕生日を迎えるまではちょっとしたバイト感覚であろうが、祈りを捧げる事を禁止されているんだそうだ。
「もう、何で私だけ教えてくれないの?」
「時にはそっと知らぬふりをしてあげるのも友情ですよ」
「そうそう、ミリィちゃんってアリスちゃんの事になると……ムグッ」
「もう、ルテアは余計な事を言わない。リコも何気に古傷をエグらないでよね」
全く、周りがこれだけ大事にしていると言うのに、本人は勝手に違う学園に入ると言い出すんだからたまったもんじゃないわよ。
幸いアリスが通うスチュワートはヴィクトリア学園の敷地内ある為、警備上の問題はクリアされており、送り迎えも私と馬車で通う事になっているので危険な目に会う可能性は限りなく少ない。
学園長と担任の教師にもアリスの重要性は伝えてあるという話なので、スチュワートを卒業するまでの二年間は我慢しなければならないだろう。その後はヴィクトリアの高等部へと編入する手筈が水面下で決まっているので、たった二年間の辛抱だ。
生まれた時から一時も離れず育ってきた私の大切な家族。国を左右させる存在とか関係なく、私はアリスを守りきってみせる。その為なら例えどんな相手だろうが……
「ミ、ミリィ、ルテアちゃんが苦しがってるよ!」
「えっ、あぁ、ごめんルテア。大丈夫?」
「ぷはぁー、もぉ、死ぬかと思ったよ」
口元に置いた手が無意識に力が入っていたようだ、ルテアには申し訳ない事をしちゃったかな。
「もう、ミリィは。そんなんだから王女様らしくないって言われるんだよ」
アリスが腰に手を当てて叱ってくるが、聖女の自覚がない本人に言われたくないと大いに反論したい。今はまだその時ではないので、少々腑に落ちない気分だがもう少しこんな関係が続いてもいいだろう。
「はいはい、どうせ私は王女らしくないわよ」
不貞腐れた態度で僅かばかりの反論をしてみるも、アリスはホッペを膨らませ怒ったフリをし、ルテアとリコは必死に笑いを堪えている。
全く、私の気持ちも知らないで。
誤魔化しついでに小皿に盛られたクッキーを一つ摘み……
「反省するまでミリィはクッキー禁止!」
小皿ごとアリスが私の前から奪い去る。
「アリスのケチ」
私たちのやり取りをみて、ルテア達や後ろで控えているエレノア達がクスクスと笑い声を立てている。
どうせ私はアリスには弱いですよーだ。
「反省した?」
「したした、反省しました」
こんな時は潔く諦める事が肝心。益々周りがクスクスと笑いを堪えている声が聞こえてくるが、全てを知られた間柄なので今更隠したところで大した効果も得られないだろう。
「ホント? じゃ口開けて」
「はい、あーん」
パク、もぐもぐ。
「おいしい?」
「おいしいわよ、ほらアリスも」
「うん」
パク、もぐもぐ。
「おいしいでしょ」
「うん、おひしい。もぐもぐ。ありがとミリィ」
「もう相変わらずお二人は仲が良すぎです」
「そういうの何て言うの知ってる? バカっプルって言うんだよ」
「えぇへへ」
リコとルテアに言われ、アリスが嬉しそうに微笑んでいるがちょっとそれは聞き捨てならないわね。
「誰がバカっプルですって!」
ぐりぐり
「い、痛い、痛いよミリィちゃん」
ルテアの背後に回りこめかみ辺りを両手でぐりぐり。
アリスが、リコが笑い。エレノアやメイド達が暖かな眼差しで私たちを見守っている。
ホントね、アリスの言う通り嫌われるより好かれる方がよっぽど気持ちがいい。
いずれ私たちも結婚し別れる時が来るんだろうが、その日を迎えるまで私たちは共に過ごしていくだろう。でもその時が来るまではもう少しだけ……
こうして私たちはそれぞれの学園へと入学していく。
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