第2話 お友達は貴族様
「ごきげんよう、ミリィ、アリス」
「遅くなってごめんね、ルテアちゃん、リコちゃん」
王族のプライベートエリアに用意された小さな庭園、そこに設けられた
昔はここももっと広かったらしいのだけれど、8年前の事件以降庭園は大きく作り直され、庭全体を目隠し用の草木の壁で取り囲み、声が聞こえない離れた位置に侵入防止用の鉄の柵や警備用の通路などが設けられたと聞いている。
「二人ともお茶はまだだよね。エレノアさん、今日は私が淹れてもいい?」
「えぇ、どうぞ」
テーブルにカップがないのを確かめ、キャスターでお茶を用意していたエレノアさんに断り準備を始める。
まず、先日騎士団長様に頂いた小瓶から温められたポットへと茶葉を入れ、その後に持ってきたもう一つの小瓶、バラの花びらを乾燥させて作ったハーブの葉を入れ、ポットに熱湯を注ぎ約1分ほど蒸らしてからカップに淹れていく。
「うわぁ、いい香り」
「これは……ローズティーですか?」
ルテアちゃんとリコちゃんに淹れたてのカップを差し出すと、香りを楽しんでから一口飲みそれぞれの感想を言ってくれる。
「この間騎士団長様からディンブラを貰ったの。色々ブレンドを試していたらローズレッドと相性が良かったから、二人にもどうかなぁって」
簡単に紅茶の説明をしながら私達の分を用意し、ミリィの隣の椅子へと座る。
ディンブラは紅茶の一種で、濃厚なコクと甘みが美味しくストレートでもミルクティーでも合う万能な紅茶。ローズレッドはハーブの一種で赤い薔薇の花びらを乾燥させ、甘みと優しい酸味を感じさるハーブティー。
この二つをブレンドさせたらディンブラの濃くとうまみが紅茶本来の香りを引き立てて、ローズレッドの香りにも負けないくらい味に深みが出る。元々単体で飲んでも美味しいのだけれど、ブレンドする事によって新たな発見が出来て二度楽しいのよね。
「騎士団長と言いますとジーク様の?」
「ううん、アストリアのお父さんの方だよ」
「あぁ、ストリアータ公爵様はアリスのことを気にかけておられますものね」
騎士団長であるストリアータ公爵様は、亡くなったお父さんの上司にあたる方。
その関係で時折私の様子を見に来てくださったり、どこかへ遠征に行かれた際にはお土産と称して色んな物を貰うことがある。
今回もそんな中の一つとして私は紅茶を貰い、ミリィは珍しいお菓子を貰っていた。
今リコが間違えたのはもう一人の騎士団長でるハルジオン公爵様のこと。この国には大きく分けて二つの騎士団があり、それぞれ鎧の色から黒騎士団と白騎士団と呼ばれている。
またお二人にはそれぞれお子様がおられ、ハルジオン家のジークとストリアータ家のアストリアは私たちと同じ歳と言うこともあり、幼少の頃よりこの6人で良く遊んでいたのは記憶に新しい。
ここで少し補足したい。先ほどからルテア達の事をちゃん付けや呼び捨てで呼んでいるのは、私たちが昔に決めたルールだから。如何に国王夫妻に育てられているとはいえ、平民である私が上級貴族であるルテア達を呼び捨てにするのはどうかと思い、以前様付けで呼んだ事があるのだが、その頃はすっかり仲良くなっていたのと、王女であるミリィはミリィのままだった事から、全員にその場で速攻却下された。
お陰でとばっちりを受けたルテアちゃんとリコちゃんも、それ以降ミリアリア様からミリィちゃんとミリィにそれぞれ呼び方が変わったんだけどね。
「それにしても美味しいですわね、このハーブティー」
「アリスちゃんって紅茶好きだもんね」
リコちゃんとルテアちゃんがお茶を飲みながら褒めてくれる。
私の唯一の趣味と言っていい紅茶は、入れ方やブレンドにはそれなりに自信がある。始めは旅行に連れて行った貰った際に見つけた可愛い小瓶がキッカケだったが、今じゃ2種類以上のブレンドやミルク等の飲み方にもアレンジし、喫茶店さながらの知識があるんじゃないかと自負している。
まぁ、そのほとんどがお城で働くメイドさん達に教えて貰った事ばかりなんだけどね。
「えへへ、私の夢はお母さんみたいなメイドになる事だからね」
褒められた事に照れながら以前から言い続けている夢を語る。
これでも自分の置かれた立場って分かっているからね、いつかは自立して生活していかなければならないとは考えている。
理想は私とミリィが亡くなったお母さんとお義母様の様な関係になる事なんだけど……
「その、アリスは本当にスチュワートに通うので?」
「うん、そうだよ」
リコちゃんが躊躇うかのように訪ねてくるので、私は自信をもって肯定する。
私が明日から通う事になっているスチュワート王立専門学園は、主にメイドや執事を教育する二年制の学校。一方ミリィ達が通う事になるヴィクトリア王立学園は貴族のご令嬢やご子息達が通う四年制、言わば超VIPな学校となる。
元々私も其方に入学する事が決まっていたのだが学費や将来の夢の事もあり、何とか義両親達を説得しスチュワートへの入学が決まったってわけ。
これでも身の回りの生活費は亡くなった両親が残してくれた貯金で賄っているので、無駄遣いは出来ないのよね。今はお義母様が管理してくださっているけど、それもいつ底をつくかは分からない。
「その話はこちらで何度もしたわよ。安心させるためについた嘘が、こんなところで返ってきたって、母様がずっと嘆いておられたわ」
私たちの遣り取りを見たミリィがため息まじりに説明してくる。
少々気がかりな言葉が聞こえた気もするが、ミリィの言う通りつい先日まで家族会議で言い争っていた。
だってそうでしょ? 私がメイドになりたいと言い出したのは今に始まった事ではなく、何年も前から義両親達は理解してくれていた。だから立派なメイドになる為だって言われ、ダンスや礼儀作法などの淑女教育を学んできたんだ。これで立派なメイドにならなきゃ育てて貰った恩も返せないだろう。
「ですが、その……本当に大丈夫なので?」
「仕方がないわよ、もう決まっちゃった事なんだから」
「まぁ、そうなんですが……」
尚も食い下がろうとするリコちゃんにミリィが諭すように告げる。
「アリスちゃん一人で大丈夫? 私も今からスチュワートに行った方がよくない?」
いやいやいや、気持ちは嬉しいが公爵家のご令嬢であるルテアちゃんがメイドを目指しちゃダメでしょ。
「大丈夫だよ、もう二人とも心配しすぎ。友達だってきっと沢山作ってみせるよ」
私が通うスチュワートは平民の人ばかりだと聞いているので、引っ込み思案でもない私なら友達の一人や二人なら出来る筈。
(ねぇ、アリスちゃんがお城から出た事って……)
(あるわけないでしょ。お城どころか、一人でプライベートエリアからも出た事ないわよ)
(それ、本当に大丈夫ですの? どう考えてもやって行ける気がしないのですが)
(私もそう思うわよ。だからと言って今更言えないでしょ)
(ですわよね。王妃様もすでに観念されたと言うのなら)
(今は見守るしかないよね)
(((……はぁぁぁ)))
私が気合を入れている隣で何故か不安そうに見守る三人がいたのでした。
「……それでそのお店のお菓子が人気になってしまって、今じゃ予約で一杯になっているんです」
「それ私も聞いた事があります、確かローズマリーってお店ですよね」
明日から通う事になる学園の話に一区切りがつき、話題が最近王都で流行っているお菓子屋さんの話に変わり、何時ものように女子トークに華を咲かす。
全員貴族のご令嬢(私を除く)とは言え、全国共通で女性は甘い話と恋話が嫌いな人はいないだろう。リコちゃんとルテアちゃんもこの手の話には情報が早く、今度学校の帰りに立ち寄ってみようと言う流れに変わり、只今作戦会議中。
「そのお店って警備は問題ないの?」
「大丈夫ですわ。お母様達もお忍びで行ってますし、貴族用の個室も用意されているんです」
リコちゃんのお母さんと言うと社交界の華とまで言われている有名なご婦人。そんな方がわざわざお忍びで行かれるお菓子屋さんって、相当美味しいスィーツなのだろう。
ものすごく気になるところではあるが、私たちだけで行っても大丈夫なんだろうか?
『……、…………』
「?」
『…………』
「どうしたの? アリス」
会話の途中、私だけ違う方を向き黙り込んでしまった事が気になったのか、ミリィが不思議そうな顔で訪ねてくる。
「なんか、雨が降るって」
「雨ですか?」
話を聞いたリコちゃんが
うん、蒼天だね。
「雨が降るの?」
「そうらしいんだけど……」
空を見上げたルテアちゃんが確認するかの様に訪ねてくるが、綺麗に晴れわたった青空を見て、自分で言った言葉に自信をなくす。
「まぁ、アリスが言うのなら本当に降るんでしょ。その雨はキツくなりそうなの?」
「ん〜、ちょっと待ってね」
ミリィに尋ねられ、心の中で問いかける様に耳を傾ける。
私たちが今いるのは屋根が付いた
私達は部屋に帰れば着替える事は容易だが、ルテアちゃん達にはそうはいかない。もちろん私たちのドレスを貸す事も出来るのだが、リコちゃんに限っては背が高いのでティアお義姉様に借りなければならないし、ルテアちゃんの胸では私たち二人のドレスは少々キツイだろう。
「……結構強くなるって」
「分かったわ。エレノア、ここを片付けて私達の部屋へ移して貰えるかしら」
「畏まりました」
私の話を聞いたミリィがエレノアさん達に指示をし、広げたカップなどの片付けを始めていく。
「そういう事だから場所を変えましょ。部屋から雨を見ながらお茶をするのもたまにはいいでしょ」
「そうですね、ドレスが汚れて中止にするより、雨音を聞きながらのお茶会をする方がいいですわね」
「ミリィちゃん達の部屋って久しぶりだね」
ミリィに続きリコちゃんとルテアちゃんもこれ以上何も言わずに移動を始める。
そして私たちが部屋に到着し、お茶会を再開し始めた頃に青空だったのが急に暗くなって行き、やがてポツリポツリと雨が降り出した。
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