第一章 スチュワート編(一年)

第4話 入学式と自己紹介

 ガタガタガタガタ

 馬車に揺られながらお義母様と二人っきりで学園へと向かう。

 今日は私が通う事になるスチュワート王立専門学園の入学式。国が経営している関係で、ミリィ達が通う事になるヴィクトリア王立学園とは同じ敷地内にあるが、一緒に乗っていないのは式の時間が異なる為。

 私が通うスチュワートは午前中に式があり、ミリィ達が通うヴィクトリアは午後からとなっている。

 何でも入学式が執り行われる会場が二校とも同じ場所な為に、毎回時間をずらして行われるそうだ。


 それにしても……


「あのーお義母様」

 私は意を決して問いかける。

「どうしたの?」

「本当にそのお姿で式に出られるので?」

 普段から実の母親同然のように接しているが、世間一般から見れば紛れもないこの国の王妃様。ついでに付け足すとつい数ヶ月前までこの国の象徴と言うべき聖女として国民に接して来られた超有名人。そんな人が平民出身が大半を占めるスチュワートの入学式に出て騒ぎにならない筈がない。

 今はメイド長であるノエルさんの助言通り、比較的地味な服装に身を包んでおられるが、それ以上に目立つと言ってもよい手入れの行き届いたブロンドの髪。肌はよわいうん十歳とは思えないほどの透き通り、仕草の一つ一つがそんじょそこらの貴婦人とは比べ物にならない美しさとはお義父様のお言葉。

 何とかバレないようにとお願いしたら、予想以上にお義姉様と二人で盛り上がってしまい、色付きメガネに羽根つき帽子で怪しい人に大変身。挙げ句の果ては銀色のウィッグで私と同じ髪色にすると言い出したので、それだけは止めてと泣きすがった。


 ミリィやお義母様達は全員ブロンドだけど、私の髪色ってこの国でも比較て珍しい銀髪なのよね。ただでさえこの銀髪は目立ってしまうのに、お義母様まで銀髪すれば目立ってしまう上一目で私の親だとバレてしまう。

 幸いと言うべきか、この国ではオシャレの一つとして髪色を染める風習があるので、黒髪が大半を占める平民の中でもブロンドに染めてる人も少なくはない。あとは生徒の席と保護者の席が離れているから、一緒に居るところを見られなければ誤魔化しようはいくらでもあるだろう。うん、私はやれば出来る子。


「当然でしょ、娘の入学式に行かない親が何処にいるというの?」

 そう言いながら片手で私の体を引き寄せ、ギュッと優しく抱きしめてくれる。

 こんな事をされちゃもう何も言えないじゃない。私だって正直な気持ちはお義母様が来てくれる事は嬉しいんだから。


 やがて馬車は学園の正門を越え、スチュワートの校舎前へと到着する。

「それじゃまた後でね」

「はい、お義母様」

 お義母様と御者をしてくださった騎士にお礼を言い私は校舎へ、お義母様を乗せた馬車は会場となるホールへと向かう。

 何故か同じ制服を着た生徒やご両親方から驚かれている気がするが、お義母様は変装後だし騎士様は御者の服装に身を包んでいる。ついでに言うと馬車に王家の家紋は入っていないんだから怪しい事は何一つない。まぁ私たち以外馬車に乗って校舎前まで来ている人はいないが、それは些細な問題だろう。うん、きっと気のせいだ。




 ザワザワザワ

 一旦決められた教室へと入り、その後全員でホールへと向かう。恐らくスチュワートの先輩方が用意してくださったのであろう、綺麗に並べられた椅子へと座り、有難くもない理事長の挨拶を延々と聞く。

 入場の際にお義母様の姿を探すと、一目で目立つお姿のため簡単に見つける事が出来たのだが、私の予想を裏切り違和感なく溶け込めている。

 いや、言葉がおかしいか。目立つには目立っているがお母様以上に目立つ方がおられ、全員そちらが気になって仕方がないご様子。お陰で誰もお義母様の方を見ておられない。


 それにしてもお義母様と同じ程のお歳で、どぎついピンクのドレスは如何なものかと問いただしたい。更にはカラフルなツバ広の女性用帽子ギャベリンを被り、同じくカラフルな扇子をもって優雅に扇いでいる。

 有難い演説中、一体誰のお母さんなんだろうと考えているといつの間にか理事長の話が終わり、急に当たりがざわつき始めた。


「素敵なお言葉ありがとうございました。続きましてアムルタート・レーネス・レガリア陛下からお言葉を頂きたいと思います」

 ブフーーーーッ!

 ちょっ、お義父様!? そんな事一言も聞いてないよ。

 

 焦る私の心を知らずに笑顔で手を振りながらステージ横から現れるお義父様。

 流石に国王であるお義父様の登場は、生徒のみならず保護者の席からもザワつき出す。あっ、お義母様笑顔で手を振ってるや。

 もうね、嬉しいとかじゃなくて赤面して前が見れないよ。

 お義父様が何を話していたかなんて全く耳に入らず、ただ一人俯きながら時間が過ぎるのをひたすら我慢した。




「ん〜、終わったぁー」

 私にとって長く苦しい思いをした式も無事に終了し、再び教室へと戻って来た私たち。名前の関係で一番前の一番端っこに割り当てられた席へと座り、大きく背伸びを一度する。

 いつもなら私たちのメイド兼教育係でもあるエレノアさんの叱責が飛ぶところではあるが、生憎ここまでは目が届かないだろう。

「くすくす、まだ式しか終わってないよ」

 声を掛けて来たのは隣の席の女の子。制服こそは同じだが、一般的な平民の髪色といわれている黒髪を首の後ろで一本に束ねている。


「あ、いきなり話しかけてごめんね。何だかこのまま帰って行きそうな雰囲気だったからつい話しかけちゃった」

 確かに学校というところに来るのは初めてだが、本日のスケジュールは事前に聞いている。これで終わりだなんて思ってはいないが、色んな意味で耐え抜いたのだからそう見えても仕方がないのかもしれない。

「うんうん、私の方こそはしたない姿を見せちゃって」

 いくらまだ子供だからとはいえ、女性が人前で背伸びや欠伸をするのは恥ずかしい行為だと言われているので、この場合私に非があるのは当然だ。


「私ココリナ、前の学校からの友達がいなくて不安だったの。良かったらこれからも仲良くしてね」

「あ、うん。私はアリス、学校に通うのって初めてだから友達がいなかったの。良かったら友達になってね」

 お互い簡単に名前を名乗り、どちらともなく友達作りを開始する。

 ココリナちゃんの話では初等部を別の学校で通ってからこの学園へと入学してきたのだろう。スチュワートとヴィクトリアは共に中等部からの学校なので、顔見知りの友達がいない事は珍しくもない。


「えっ、学校に通うのが初めて? それって……」

「はーい、皆んな席について」

 ココリナちゃんが何かを言い掛けたところで、先ほど私たちを教室から式が行われたホールへと案内してくれた先生が来られ話が中断する。

「先ほども簡単に挨拶しましたが、本日よりこのクラスを担任をさせていただきます、マリーミントです。マリーと呼んで頂ければいいので、皆さん一年間よろしくお願いしますね」

 全員が席についたタイミングを見計らい、担任であるマリー先生が自分の紹介を踏まえた挨拶が始まる。

 お義姉様の話ではこの後いよいよ生徒たちの自己紹介へと移るはず。席の位置からも分かるように自己紹介は私から始まり後ろの席へと回っていき、先ほど友達になったココリナちゃんは遅れる事6人目といったところだろう。

 予めお義姉様から自己紹介の特訓を受けてるので、緊張さえしなければ何とかいけるはず。頑張れ私。


「それでは皆さんに自己紹介をしていただきます。お名前と目標のようなものがあれば言ってください。それではアリスさんからお願いしますね」

「はい」

 一つ気づかれないよう小さく深呼吸してから立ち上がる。

「アリス・アンテーゼと言います。お母さんのようなメイドになる事が目標で、日々ダンスやウォーキングレッスン、礼儀作法などを練習しております。学校に通う事は初めてですが、どうぞ宜しくお願いします」ペコリ

 よし、練習通り!


 ザワザワ

(ファミリーネーム? もしかして何処かの貴族の子?)

(ダンスやウォーキングレッスンって、何でメイドになるのに必要なの?)

(いや、それより銀髪って珍しくない?)


 あれ? 何だか皆んなの様子がおかしいぞ?

 私の自己紹介にどこも可笑しなところはなかったはず。練習通り一語一句間違えはなかったし、内容に関してはお義姉様のお墨付き。それなのに生徒たち何やら不思議そうにお互い小声で話し合っている。


「えっと、それでは次……イリアさん、お願いするわ」

 教室内がザワつき始めたので、困ったようにマリー先生が場を切り替え、私の後ろの席イリアさんへと強引に進める。


「フン」

 名前を促され何故か私を一睨みして席から立ち上がる後ろの席の女の子。

「私はイリア・クリスタータ。クリスタータ男爵家の娘ですわ」

 ザワザワザワ

 イリアさんの自己紹介は私の時以上に衝撃だったのか、教室内がより一層ザワめき立つ。

 男爵と言えば貴族階級の中では一番下に位置するが、国内に領地を持つ立派な貴族の一員だ。たまに貴族の遠縁の方が家庭の事情でスチュワートへと通う事があるとは聞いているが、男爵家の娘という事は紛れも無い本家血筋の方と言う意味だろう、そんな方が何故この学園に?


 イリアさんは周りの反応を一蹴いっしゅうさせると、最後にもう一度私を睨めつけ席へと座る。

 あれ? 何で私嫌われてるの?

 イリアさんとは面識もなければ話した事すら一度も無い。

 私は未だ社交界にデビューすらしていないし、クリスタータ男爵と出会ったことも無い。もしかして国王夫妻に育ててもらっているという噂ぐらいは聞いておられるのかもしれないが、それが私だという確証は何処にもないだろう。

 訳が分からないうちにクラス全員の自己紹介が終わり、その日の授業は終了した。

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