第149話 狂いゆく魔道騎士
「さあ、お前の本気を我に見せるがいい、召喚勇者ハル! お前が力を見せるほど、その力が我を追い詰めるほど、我の騎士としての血も熱く燃えるのだ! 我を本気にさせてみろ、互いに悔いのない、良き死合にしようではないか!」
大剣を体の前で水平に構えたバルムンクが俺との距離を詰めながら叫ぶ。
刃に手をあてがい、それを引いて手をわざと傷付けて血を刀身に塗り付けて、能力を発動させる!
「魔法剣技、アルテマソード!」
アルテマの魔法を宿した漆黒の刀身が青白く輝く!
奴が持つあの大剣──ジャスティスブレイカーの剣がどれほどの威力を持っているのかは分からないが、以前俺がルノラッシュシティの地下牢で奴と会った時、奴はあの剣で牢の鉄格子をあっさりと斬り飛ばし、黒鋼製の枷を破壊してみせた。そのことからしても、少なくとも下手な金属製の武器よりかは強度も切れ味も勝っている業物であることは分かる。下手をすればアダマン金属……俺がマナ・アルケミーで生み出す武器と同等かそれ以上の強度を持っているかもしれない。
そんな武器に最強の破壊魔法の力が上乗せされたら、それはもはや『剣』とは呼べない。斬った傍から全てを粉微塵にしていく究極の『破壊者』なのだ。
ただの人間が、そんなものを叩きつけられたら。
脆弱な生き物の体など、原型を留めない。微塵の肉となって、終わりだ。
だが。
この世に、絶対無敵の存在なんてない。シキは言っていた。幾ら召喚勇者とて、神から授けられた能力とて、最強だとは言えないのだと。
一見絶対無敵に見えるものにも、必ず、何処かに穴がある。弱点がある。それは神にも覆すことはできない、絶対の理なのだ。
例えば──
魔法剣技。かつて俺にアインソフセイバーを貸し与えたアルカディアの言葉をそのまま引用するならば、魔法剣技とは原理としては剣技の形をしている魔法。どんなに強力な効果を有していても、何かに命中してしまえばそこで力は消滅し、力を纏っていた武器は元の物質へと戻る。
そして、もうひとつ。これはバルムンクが俺に対して言ったことだ。
魔法は、同じ威力の魔法をぶつければ相殺することができる。どんな魔法であっても、魔法である限りその原理は例外なく当てはまる。
つまり。
「アルテマ!」
俺は奴の大剣めがけて魔法を放つ!
俺の掌から生まれた青白い光が奴の大剣に接触するその寸前、俺は更に力を開放した!
「デュプリケート!」
倍化の能力を施され、アルテマの光が二つに分裂する。
ひとつはバルムンクの大剣に命中して刃が纏っていた魔法剣技の力を消滅させ。
そしてもうひとつは、魔法の力を失って弱体化した大剣に直撃して更なる衝撃を与え、バルムンクの上体のバランスを大きく崩させた!
「ちっ!」
奴が舌打ちをする。今は奴は兜を被っていないから、表情が暗く歪んだ様子がよく見える。
しかしそれでも奴は疾走をやめない。崩れた体勢を立て直しながら、遂に俺の眼前へと迫った。
「ばらけて果てるがいい!」
「冗談じゃない、そんなこと!」
バルムンクが大剣を薙ぎ払うように振るう!
刃が俺の体に届く寸前──その軌道上に割って入るように出現した俺の使い魔が、身を挺してその一撃を受け止めた。
ざぎゅっ、とピックか何かで氷を抉った時のような音を立てて、使い魔の体に大剣の刃が深く食い込む。
しかし、完全に切断するまでには至らない。
使い魔は魔力の集合体といえど、実体を持った存在。人の形を成したそれを斬るという行為は、すなわち本物の人間を斬る行為と同じなのだ。
完全に両断するためには、人の肉を断つのと同等の力を要することになる。幾らジャスティスブレイカーの能力で身体能力が強化されているといっても、人間を丸ごと何の手応えもなく斬り飛ばすなんて芸当は難しいはず。
そして、使い魔はあくまで魔力の集合体であるから、幾ら実体があるといっても生物ではない。急所などないし、例え体の一部分が削り取られたとしても体そのものが残っている限り行動をやめない。焼かれても熱がらないし、神経がないから雷も効かない。
形が存在している限り、主人である俺から下された命令を忠実に守り、遂行する。
例えそれが自らを完全に消滅させてしまうような行為であろうと、躊躇うことはない。
使い魔が己に食い込んだ大剣の刃を両腕で抱き締め、動かないように己に固定する。
大剣とバルムンクは、鎖によって完全に繋がっている状態だ。大剣の動きを封じ込められたら、腕が繋がっている以上、奴もそこから動くことはできない。
使い魔の腕力は普通の人間よりも上だ。人を相手にしているつもりで振り払おうとしたって、その程度の抵抗ではびくともしない。
もっとも、現在のバルムンクは身体能力が強化されている状態である。奴が本気で力比べを始めたら、先に尻をつくのは使い魔の方だろう。
だが、それでも動きは数秒の間止まる。
その数秒さえあれば──
「フローズンシール!」
俺は、使い魔ごと奴の体を束縛魔法で地面に繋ぎ止めることができるのだ!
びきびきと急成長を遂げた氷の戒めが、バルムンクの全身を絡め取って奴を身動きが取れないように拘束する。
奴は首から上だけを氷の中から生やした格好で、完全にその場に凍り付いていた。
「く……相変わらず、厄介だな。お前の、対価もなく魔法を連打できるその能力は……対価を掲げる動作がない分、いつ魔法を撃ってくるかの判断が付かん。発声を封じられぬ限り魔法を発動させられるという点でも、面倒だ」
「俺は運動が苦手だからな、その分のハンデってやつだよ。そうでもなけりゃ、とても今日まで生きてこれなかった。俺の今までの苦労……分かるだろ、あんたなら。あんたはずっと、俺の傍で、それを見てたんだから」
「……そうだな。我は、ずっとお前のことを見ていた。だから知っている。我の魔法の才能など、お前と比較したら足下にも及ばぬことをな。我はラルガの宮廷魔道士にして、騎士たる存在。戦士としての本質は、魔道士よりもむしろ騎士の方に近いのだ。その程度の魔法の才能では、お前とは力比べすることすら叶わぬというものよ」
バルムンクはぐっと身を捩る。
しかし、物理的な力ではまず破壊することなどできない氷の縛めである。多少力を入れたところで、そう簡単にそこから脱出することはできない。
普通の相手ならばこれで無力化したことになるが、相手はこの男である。これでは完全に敗北を認めさせたことにはならない。
相手の動きを封じている今のうちに。
俺は、奴へと迫る。
「……さあ、降参しろ。負けを認めて、これ以上の無駄な抵抗をするな。そうでないと……俺は、あんたを殺さなきゃならなくなる。俺は、そんなことは、したくない」
「……それは、情けか? 未だに我をお前と同郷の出の若者だと、思っているのか? ……呆れた甘さだな。溜め息が出る。我は言ったはずだぞ、我は魔帝ロクシュヴェルドの下僕にして、与えられた使命を果たすだけの駒であると。駒に幾ら情を向けようが、そのようなものは無意味だ。駒に感情などない。まだ理解できぬと言うのなら、証明してやろう。我の言うことこそが正しいということをな」
バルムンクの顔に浮かんでいた模様と瞳に宿った赤い光が、強い輝きを帯びる。
びきっ、と何かが砕ける音がした。
そして、
ばきぃん! と澄んだ音を立てて、奴を拘束していた氷の戒めが砕け散った。
絶対に砕かれないと思っていた拘束を破壊されたという事実を突きつけられて、俺は目を丸くし息を飲む。
バルムンクは体中からぼたぼたと夥しい量の血を流していた。黒い服がびっしょりと濡れて、布地が吸収しきれなかった血が雫となって足下に垂れ落ち、地面を汚している。
まるで、内側から飛び出した何かに全身を裂かれたかのような、有様だった。
「く、くく……我の能力は、蓄積した咎の量に応じて身体能力を増幅させる。そこに制限などない。その気になれば、一撃ごとに己の骨すら粉微塵にするほどの力を出すこともできるのだ。そのような力の塊を叩き込まれようものなら、人の体如き一瞬で潰れるぞ? まるで、掌で蚊を潰すようにな」
異様な笑みを浮かべて肩を揺らしながら、奴は大剣を真横に持ち上げ、構えた。
「身体能力を上げすぎると、精神の方も咎に汚染されて理性が保てなくなるのが難点だがな。……だが、お前にとってはむしろその方が好都合だろう。なまじ我に中途半端な人としての理性が残っているよりは、完全に壊れ果てた傀儡の方が、手を下しやすいだろうからな」
さあ、これで躊躇わねぇで殺れるだろ。やれよ、遠慮せずに。
半ば人として壊れかかった姿を見せているバルムンクの背後で、辛うじて形を残してそこに佇んでいたリュウガの影が、俺に対してそう告げたような気がした。
「……ハハハ、ハハハハハハ! さあ、普通に生きていたらまず味わうことすらないであろう究極の力を味わい、我に歯向かった己の愚かさに絶望するがいい! 四肢を手折られ、腹を抉られ、頭を潰され、中身をぶちまけて……そして死ね!」
「……ラピッドストリーム!」
狂笑しながら血のヴェールを纏ってこちらへと踏み込んできたバルムンクを、俺は強制移動の魔法を自らに施して避けた。
遠く距離が離れた場所に移動した俺の姿を、バルムンクがゆるりと顔を上げて赤く光る目で追いかける。
その顔には異様な笑みが張り付いたままで、何かの力で上から強制的に押さえつけられたかのように、表情を変えることはなかった──
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