第147話 漆黒の隼が飛翔する時

「フローズンシール!」

 開幕一撃目を飾ったのは俺が放った束縛魔法だ。

 バルムンクは直接魔法を放つといった遠隔攻撃手段こそ持たないものの、俺の本気のアルテマすら余裕で斬り払うほどの力がある。奴自身の能力なのか、それとも奴が持つあの大剣が特別な力を秘めた業物なのかは分からないが、そんな力を持った相手に幾ら直接魔法をぶち当てようとしたって無駄だ。回避されるか迎撃されるかして終わってしまい、そして逆に魔法を放って俺に隙ができたところを攻め込まれることになる。

 俺は相手に懐に入られた時点で詰みなのだ。奴に接近を許すような真似は、絶対にできない。

 だから、俺が狙うのは……ひとつ。奴の機動力を削いで、何とか身動きが取れない状態にまで追い詰めること。これ以外にない。

 フローズンシールは、殺傷力こそないが捕らえられたら物理的な力で束縛から脱出することはほぼ不可能に近い。腕、足、何処か一箇所だけでいい、奴を魔法の効果範囲内に捕らえることができれば、そこで奴の動きを止めることができる。

 俺がこの魔法を放った時点で、向こうも俺が何を狙っているかに感付いたはず。自らが操れないとはいえ魔法に関する知識を持っている奴ならば、この魔法に対してどういう対処法を取るのが最善かはすぐに判断つくはずだ。

 俺が放った魔法は、奴の左側──俺から見て右側の前方に氷塊を生み出して、瞬く間に広がっていく。

 バルムンクが地を蹴り、そのまま広がりゆく氷塊の横を駆け抜けて俺との距離を一気に詰めようとしてくる。

 やはり、そう来たか。フローズンシールが生み出す氷塊自体に標的を追尾するような効果はないから、最初に狙われた場所から移動してしまえば魔法は当たらない。

 だが、その程度は俺の予想の範囲内。普通に撃っただけでは絶対に避けられると分かってる魔法を、ただ放って終わらせるわけがない!

「フローズンシール!」

 同じ魔法をもう一発。今度は走る奴の進行方向上を塞ぐように魔法を着弾させ、行く手を阻む。

 無論これもそのままでは普通にかわされるのは目に見えている。だから──

「デュプリケート!」

 効果が発生したばかりの束縛魔法を、倍化の能力で二倍に増やす。

 通常、魔法は例え同じ種類の魔法であったとしても、立て続けに放つことはできない。ものによって多少の差はあるが、一度何らかの魔法を放つと、次の魔法を放つまでにある程度の間隔を空ける必要があるのだ。これをディレイ現象と呼び、魔法使いにとってはこれが必然として生じる隙となる。何故この現象が起きるのかは解明されていないそうだが、魔法使いは絶対に生じてしまうこの『隙』の存在を考慮した上で、自らの立ち位置や仲間、相手の居場所を把握し、使う魔法を選択していかなければならないのだ。

 だが、デュプリケートは魔法ではないため、その制約は受けない。魔法を放った直後でも即座に発動させることができる。

 放った魔法を二倍に増やす、ということは、単純にその魔法を二連発したのと同じこと。

 効果の発生地点を少しずらしてやれば、隣接した二つの魔法は連結して通常ではありえないほどの範囲を飲み込む巨大な檻となる!

 ほぼ同時に生まれた二つの氷塊が、一気に成長してその間にいるバルムンクを包囲するように閉じ込めていく。

「!?」

 流石に前後から挟み込まれることは予想してなかったか、バルムンクが一瞬躊躇ったかのように動きを止めた。

 その黒い姿を、巨大な氷塊へと成長した魔法が閉じ込めて──

 頂が完全に閉じられるその直前にそこから垂直に飛び出してきたバルムンクが、宙を一回転しながら氷塊の頂の上に着地した。

「……我の知らぬ技だな。魔法ではない……それも、神の秘技とやらか」

「……あんたこそ非常識な脚力してるな。普通にジャンプしただけで三メートルとか跳べるかよ。俺の世界でそんな芸当ができる奴なんてそれこそオリンピック選手とか、本当に一握りの人間しかいないってのに」

「お前の世界の常識でこの世界を語らぬことだ。その気になれば……鍛錬次第ではあるだろうが、誰でもこの程度のことはできる。こんなものなど、子供の遊戯ですらない。この程度で驚かれてしまっては、逆に我の方が困る。我が本気を出す前に戦意喪失されてしまうのは不本意だ」

「そうか。そいつは悪かった……な!」

 俺は手中に生み出した白く光る物体をバルムンクめがけて投げつけた。

 これは、俺が生み出した魔力の塊であって、魔法ではない。命中したところで爆発はしないし、鎧を着てる奴にとっては当たったところで痛くも痒くもないだろう。

 奴もこれが魔法でないことを瞬時に悟ったようで、普通に受け止めるのは得策ではないと判断したか、顔めがけて飛んできたそれを軽く首を傾けて避けた。

 その瞬間。それが弾けるように変形して、一瞬にして鷲の姿へと変化した!

 そう。今の魔力の塊は、俺がマナ・サーヴァントで生み出した使い魔なのだ。

 『どんな姿かたちにすることもできる』という能力の特性を利用して、最初は何の変哲もないボールのような形に生み出し、ただの一撃のように見せかけて放ったのである。

 これが神の能力であると判断したバルムンクならば、接触したら普通の魔法と違って何が起きるか分からないと予測を立てるだろう。そうなると、奴は回避する以外の行動を取らなくなる。武器で叩き落とすこともせずに、やり過ごそうとするはずだ。

 俺はそこを逆手に取り、使い魔が奴の背後を取れる状況になるように仕向けたのだ。わざと奴が避けやすいような投げ方をして、避けさせた。そして……

 鷲になった使い魔が、鉤爪でバルムンクを攻撃する! 兜に阻まれて直接のダメージには繋がらないだろうが、頭を狙われて攻撃されたら流石に鬱陶しいはず。

 バルムンクは舌打ちをしながら、大剣で使い魔を斬り払おうとする。

 俺から注意が逸れた、その瞬間。

「アルテマ!」

 俺が放った魔法が、奴の後頭部に直撃した!

 がんっ!

 頭を吹っ飛ばす、とまではいかなかったが、衝撃で奴の兜が脱げて宙高く舞った。

 それは遠くの地面へと落ち、そのまま転がって、崖下へと消えていく。

 頭に一撃を食らい、足場が悪かったこともあって体勢を崩したバルムンクは、足を滑らせて氷塊の頂から落ちた。

 それでも流石騎士、落下しながらも一瞬で体勢を立て直し、足から地面に着地する。

 片膝をつき、顔を伏せ、大剣をしっかり握り締めた格好で。

 沈黙したまま、奴はそのまま動かなかった。

「……おやおや」

 奴の様子を眺めていたユーリルが、くすくすと笑っている。

「兜に救われましたね。あれがなかったら、今頃貴方の頭は綺麗になくなっていたでしょうから。……でも、ひょっとして貴方としてはそちらの方が良かったのでしょうかね? 頭がなければ、少なくとも貴方の『顔』を見られることもなかったのですから。さて、どちらの方が良かったのでしょうかね……」

「…………」

 黄金色の短い髪。鮮やかで黄色味が強く、根元が黒い、ぱさついた髪。

 ゆっくりと伏せていた顔を上げて俺のことを見つめる、奴の目は。

 微妙に茶の混ざった、黒い瞳だった。

 それは、俺と同じ人種であることを物語る、ある人種特有の瞳の色──

「……嘘。どうして、何で、君が、……どうして!?」

 奴の顔を目にしたアヴネラが、震える声で叫ぶ。

 フォルテもゼファルトも、今自分が見ているものの存在を完全に受け入れきれずにいるようで、言葉を失ったまま目を丸く見開いているばかりだ。

 それは、そうだろう。

 この場にいる誰もが──奴の顔に、見覚えがあったのだから。


「……ああ、隠し事はいつか必ず、バレる……ってな。上手くいきゃこのまま隠し通せるんじゃねぇかって、期待してたけどよ。そう、世の中甘くはねぇってか……」


 はぁ、と観念したように溜め息をついて、奴は大剣を肩に担ぎながらその場に立ち上がった。

「ま、こうなっちまったもんはしゃーねぇよな。今更誤魔化す気も逃げる気もねぇよ。認めてやる。……オレが、魔道騎士バルムンクだ」

 自分の名を、改めて声にして名乗りながら。

 大和龍河と俺に名乗った元不良の若者は、その場に毅然と佇んでいた。

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