第146話 最後の邂逅

 剣と魔法が存在する世界にある城、と言うと、大抵の人は優雅で窓の多い、いわゆるゴシック建築とかバロック建築様式を取り入れて建てられた豪華な建物を想像するだろう。パラス王国にあった城はまさにそういうタイプの建物だったので、俺が初めてそれを目にした時は「まさしく城だ」という感想を抱いたものだった。

 しかし厳密に言うと、『城』のカテゴリに区分される建物には幾つか種類が存在していて、その用途に応じて構造や呼び名が変わるらしい。

 外敵から戦略上重要となる地点を守り、攻撃から防ぐために建てられる『砦』。

 砦を更に発展させ、敷地面積を広く取り多くの施設を設けて城壁を厚く頑丈にさせた『城塞』。

 戦に対する防衛機能よりも居住性や壮大さ、豪華さを重視した『城館』。パラス王国の城がこのタイプだ。

 領地の中心部に建てられ、行政機関としての役割を大きく担う『宮殿』。

 今目の前に存在しているこの城は──外観的には、城塞と呼ぶのが最も相応しいと言えるだろう。

 背の高い建物はなく、この世界にある一般的な貴族の屋敷をもう少しだけ大きくしたような外観は、黒一色で統一されている。微妙に光沢があるようにも見える謎の石で継ぎ目もなく造られているその城は、千里眼の魔法で上空から見下ろすと、正五角形の形をしていることが分かった。かつて見たファルティノン王国の六芒星を思い出させる、綺麗に整えられた形だ。

 外壁はなく、城の周囲は崖で完全に分断されており、城だけが周囲から孤立したような形になっている。元々そういう地形で後からそこに城を建てたのか、それとも城を建てた後に魔帝が魔法か何かで地面を切り離したのかは分からないが……そういう地形なので、徒歩では城に近付くことすらできないようになっていた。

 崖の幅はかなりあり、跳んで渡ることすら到底不可能だ。周辺に橋になるものが隠されているような痕跡もない。魔帝は空を飛んでるから橋なんてなくても困らないのだろうが、飛べない奴はどうやって城に出入りしているんだろうかと首を捻りたくなる。

 まあ、外敵からの襲撃を防ぐという意味で言えば、この形は理想的なんだろうが……

「……お約束だよな。ラスボスの城にすんなり入れるわけがないってのは」

 崖を覗き込んでみるが、底は見えなかった。奈落、と呼べるほどではないにせよ、相当深いことは間違いなさそうだ。多分生身の人間が落ちたら間違いなく助からない。

 絶対に、何処かに向こう側に渡るための方法はあるはず。まずはそれを見つけ出さないと。

 とりあえず、崖の周辺を回って様子を詳しく調べてみるか……

 俺たちが移動しようとした、その時だった。


「お久しぶりですね、ハルさん」


 聞き覚えのある声が、俺のことを背後から呼び止めた。

 振り向くと──いつの間にそこにいたのか、白いローブを纏って片手に真紅の大鎌を携えたエルフの青年が、微笑を浮かべて俺のことを見つめていた。

 以前会った時と同様に赤い鬼の仮面を被っているため、口元の様子しか見えていない。しかしそれでも、仮面の裏で目元を細めている様子が、何となくだが発せられる雰囲気で感じ取れる。

「……あの御方のお膝元……私たちの家へと、遠路はるばる、ようこそ。ダンジョンの方では……随分と、御苦労をなされたようですね? でも、それにも屈せずに此処までいらして下さって、私は大変嬉しいです。それでこそ、此処でこうしてお待ちしていた甲斐があったというものです」

「ユーリル……」

 魔帝の忠実な下僕を公言する男。

 彼が此処に姿を現したということは、その目的は、ひとつしかない。

「……始末しに来たというわけか。俺たちのことを」

「無論、最終的にはそうなるでしょうけどね。それが私に与えられた使命なので。……ですが、今は違います」

 ユーリルは俺の言葉を否定して、あっさりと首を振った。

「今の私は、単なる見物人です。……約束、してしまいましたので。貴方と彼の決着が着くまで、私は一切手を出さないと。大切な家族の願い事は……聞いてあげなければ、あの御方に叱られてしまいますからね?」

 その言葉を待っていたかのように。

 ユーリルの方へと意識を向けていた俺たちの背後に、新たな気配が現れる。

 そちらに視線を向ければ。

 全身黒で身を固め、鳥の兜を目深に被って顔を隠し、巨大な剣を持った騎士が、無言でその場に佇んでいた。


 我はラルガで待つ。そこで決着を着けよう。


 奴が俺に言い残していった言葉が記憶に蘇る。

 ──そうか。此処が、その決着の場所として奴が選んだ舞台だということか……

「ハルさん。彼は、貴方との一騎打ちを望んでいます。貴方にその気がなくても、受けて頂きますよ。……他の方々は、邪魔です。しかし好き勝手にうろつき回られてもこちらとしては迷惑ですから、貴方たちには、私と共に二人の決闘の見届け人となって頂きましょう」

 ばきばきばきばきッ!

 ユーリルの言葉が終わると同時に、フォルテたちの足下から赤い鉱物の結晶が幾つも生えてきた。

 それらは結合しながら巨大な壁へと成長していき、その場にいた俺以外の全員を取り込んで、拘束してしまった!

「なっ!?」

「な……何、これっ!? 体が、取り込まれて……!」

「嫌っ、動けな、……きゃああああっ!」

「……完全に魔血の中に閉じ込めてしまうこともできたんですけどね。しかしそれでは貴方たちも退屈でしょうから、二人の決闘を見学できるように頭だけは自由に動かせるようにしておきましょう。ただし、余計なことはできないように頭以外の箇所は拘束させてもらいます。発言は許しますから、そこで大人しくなさっていて下さい」

 真紅に輝くルビーのような岩の中から頭だけを生やすような格好にされた皆を見上げながら、ユーリルもまたその岩の一角に飛び乗り、そこに腰を下ろした。

「……さあ、こちらの準備は整いましたよ、バルムンク。存分に戦り合って下さい。お約束通り、決着が着いてどちらか一方が死ぬまで、私は一切手を出しませんから……せいぜい楽しませて頂くとしましょうか。……ああ、そうそう」

 何やらわざとらしく何かを思い出したような素振りを見せながら、彼は言う。

「せっかくですから、貴方もハルさんにサービスしてあげたら如何です? 例えば……そうですね。あの御方以外誰も目にしたことのない、貴方の素顔を見せて差し上げるとか」

「……無意味なことはしない。我の顔など、晒したところで何になる。この男とて、これから殺し合いをする相手の顔など興味はないはずだ」

 バルムンクはユーリルの言葉をあっさりと切って捨てた。

 人前では常に兜を被って隠した奴の顔。全く気にならないといえば、それは嘘になるが……

 やれやれ、とユーリルは苦笑して肩を竦めた。

「そうですか、それは残念ですね。最後なんですから、見せて下さっても良いと思うのですが。……まあ、無理強いは致しません。ですが、私も前々から気になってはいましたので……もしも、貴方が敗れて死んだ場合。その時は、私が貴方の兜を脱がせて皆さんに素顔を晒してしまっても、構いませんよね? ハルさんだって、勝者となった褒美くらいは、欲しいでしょうから」

「………… 死人に口はない。その時は好きにするがいい」

 一瞬だけバルムンクが返答を躊躇ったように見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。

 ひょっとして……ユーリルは、からかったのか? バルムンクがこういう反応をすることを分かってて、わざとこんなことを言って。

 バルムンクは大剣を右手一本で無造作に真横に構え、俺に告げた。

「召喚勇者ハル。神に愛され神から力を授かった選ばれし勇者ものよ。長らく続いてきたお前と我との関係も、これで終いだ。我が主の前に立ちたくば、囚われた仲間を救いたくば、我と戦い……討ってみせよ。しかし我とて我が主に選ばれし力を授けられた騎士、そう簡単に倒されはせん。……最高の、殺し合いをしようではないか」

 奴の全身から殺気が滲み出て、周囲へと広がっていく。

 その時じゃないからと戦うことを拒否し、囚われた俺をわざと助けるような真似をして、己の仲間まで容赦なく手にかけた魔道騎士。

 奴が得体の知れない存在であることは相変わらずだ。今だってあの兜の下で何を考えているのか皆目見当もつかないし、できることならば関わりたくはない。

 だが……此処で奴と戦い、倒さない限り、囚われた皆を助けることはできない。

 ……やってやる。この勝負、絶対に勝ってみせる!

 俺たちの目的は、魔帝を討つこと。そのために犠牲を払ってまで此処まで来たのだ。こいつは行く手を阻むだけの単なる障害であって、ただの通過点にしか過ぎないのだから!

 俺は深く息を吸い、構えを取った。

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