第142話 海溝迷宮からの脱出、そして……

 扉を抜けた先は、ひたすら登り階段が続いていた。

 緩やかな傾斜を描いた石の階段は、曲がることも枝分かれすることもなく、ただまっすぐに、真正面へと伸びている。

 それを登りながら、俺はシキが聞きたがっていた先の謎解きに関する話を語っていた。

 台座に描かれた魔法陣のような模様と、用意された六種類の宝石。

 あれは、精霊魔法の属性の相性を表したものだったのである。

 俺の記憶の中でユーリルが俺に語っていた、詩のような文言の一節──


 火は氷を溶かし、氷は風を凍らせ、風は土を砕く。土は雷を受け流し、雷は水を貫き、水は火を消す。光は闇を照らし、闇は光を飲む。


 それこそが、あの宝石の並び順を示していたのだ。

 六種類の宝石。あの宝石には色にこそ意味があった。

 宝石の色は、精霊魔法を発動させた時に具現化する光の色を示していたのである。

 光の色を元に宝石を魔法の属性に当てはめてみると、次の通りになる。

 ルビーは火。サファイアは氷。ペリドットは風。アクアマリンは水。アメジストは雷。アンバーは土。

 以上を踏まえた上で、例の言葉通りの並びになるように宝石を置いていくと、こうなる。

 ルビー、サファイア、ペリドット、アンバー、アメジスト、アクアマリン、の順番だ。

 宝石が六種類しかなかったのは、魔法の相性の円を描くのに、光と闇の存在は必要ないからだ。

 八大属性、と言われてはいるが、光と闇に関しては他の六属性の輪の中には入らない。光は闇に強くありながら同時に弱くもあり、逆もまた然り。既にそれだけで相性の関係性としては完結しているのである。だから対応する宝石がなかった。単にそれだけのことだったのだ。

 全く、俺は魔法使いだっていうのに、こんなことすらすぐに見抜けなかったなんてな……今回のことだって、あの時ユーリルから話を教わっていなくて、それを思い出すことがなかったら、今頃はあの部屋でどうなっていたか分からないわけだし……俺は、魔法の力だけはあるかもしれないが、根本的な部分が足りてないんだということを嫌ってくらいに実感させられた。


 そんな感じで俺の話が終わる頃に、丁度階段の道も終わった。

 階段を最後まで上り切って、果てにあった扉をくぐると──

 一面群青色に染まった空と、波が打ち寄せる岩礁の景色が、俺たちを出迎えた。

 ごつごつした岩の足場が砂浜に向かって続いており、砂浜の向こうは一見剥き出しの岩壁に遮られているように思えるが、よく見ると岩壁は幾つもの岩が連なってひとつの壁に見えているだけで、実際は岩の間に細い道のようなものが通っているのが確認できる。

 背後は岩の比率が高い岩礁になっており、海から生えた巨大な岩のひとつに扉が付いているものがある。俺たちはそこから出てきたのだ。


 俺たちは遂に到着したのである。

 魔帝が待つ、最後の地──魔族領に。


「ようやく、此処まで来たな……此処が魔族領レビュウスだ。魔帝が己の国と呼んでいるラルガという地も、此処にある」

「……何か、異様な感じがする。何もないのに……何というか、空気に奇妙なものが混ざっていて……アルヴァンデュースの森の中と似てはいるんだけど、あまり良いものじゃない雰囲気がしてるっていうか」

 辺りを見回して眉間に皺を寄せるアヴネラに、ゼファルトは答えた。

「おそらく、魔帝が持つ力の影響が土地にまで出ているのだろうな。それだけ、魔帝が秘めている力の底は計り知れないということだ。……此処から先は今まで以上に注意して進まねばな。安全な時間が確保できる時に確実に体を休めて、体調を万全にしておきたい」

「……それじゃあ、時間的にも夜になるし、今日は此処で野営するか。みんなダンジョンの中でろくに休憩も取らないで動き回ってたから疲れただろ。美味い晩飯作ってやるから」

 俺が今日は此処にキャンプを作ることを提案すると、皆はほっとした表情を見せた。

 やっぱり、文句を言うことはしないけど全員疲労困憊だったんだよ。俺だって疲れてるのに、俺よりも体が細いフォルテやアヴネラが疲れていないわけがない。

 特に、シキ。彼は身を張って妖異たちと戦い続けていたから、疲れっぷりも半端じゃないだろうな。普段は使うことのない神の能力をあれだけ連発していたわけだし。

 夕飯はシキの好きなものでも作ってやるかと、俺は一同の最後尾にいた彼の方へと振り返った。

「シキ、夕飯は好きなもの作ってやるぞ。何が食べたい?」

 シキは返事をしなかった。

 俯いたまま、その場に案山子のようにぼんやりと突っ立っている。

 ……何だ、そんなに疲れてたのか? 反応すらしないなんて……ひょっとして立ったまま居眠りでもしてるんじゃないかと、俺は微苦笑しながら彼の傍へと歩いていった。

「おい、大丈夫か。疲れたのか?」

 ぽん、と優しく彼の肩に手を置く。

 すると、ぐらりと大きくその体が傾いで──


 岩場に額を盛大に打ち付けてその場に倒れたシキは、そのままぴくりともしなかった。

 俺は慌ててシキの体を抱き起こす。

 信じられないことに殆ど重さを感じない体からは、何故か体温が殆ど伝わってこなかった。

 そして。


 彼は、呼吸を殆どしていなかった。

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