第139話 剣術士の役割

 時間は少し巻き戻る。

 俺とフォルテが台座の結界を解除して謎解きに挑み始めたのと、同時刻。

 ゼファルトたちは海溝王との距離を詰めるべく、各々の得物を片手に散開しながらその場を駆け出した。

 巨大な生き物を相手にする時は、相手から距離を取っているとかえって危険なのだ。相手にとっては攻撃の射程距離範囲内でも、自分たちからしてみれば遠くて手が届かず、一方的に嬲られる羽目になりかねない。逆に相手の懐に入ってしまった方が死角に入ることもできて相手からの攻撃も当たりづらくなるのである。

 海溝王に肉薄し、あくまで相手の注意を自分たちへと向けたまま隙を見て柔らかい目玉などを狙って仕掛けていく。海溝王の行動を制御しているのはあくまで眉間に寄生しているジークリンデだから、例え海溝王の両目を潰したところで行動を制限できるわけではないが、傷を負わせられれば少なくとも体力は落ちる。海溝王の動きを鈍らせて、本体であると言っても過言ではないジークリンデを攻めるための足掛かりにする。それがゼファルトたちの狙いなのだ。

「サンダーストーム!」

 ゼファルトが魔法を放つ。

 狙ったのは、海溝王ではなく、奴が本体の大部分を沈めている水路の水。水そのものに強烈な雷撃を這わせて体の方に少しでもショックを与えようという腹積もりなのだろう。

 ばりばりばりばりっ!!

 水路の上で紫に輝く雷撃が荒れ狂い、海溝王が鬱陶しそうに首をうねらせる。

 動きが止まった、その一瞬。その僅かな時間で、シキが海溝王の傍へと到達していた。

 右手で刀を構え、左腕には何故かヴァイスを抱えている。

「よしっ、全力でかましてやれワン公!」

 シキは叫んで、ヴァイスを頭上高く放り投げた!

 ヴァイスの小さな体が勢い良く飛んでいき、あっという間にジークリンデがいる海溝王の眉間へと到達する。

 ヴァイスは宙を舞いながらも器用に全身を捻って体勢を整えると、ジークリンデを睨み付けて吠え声を上げた!

「わうっ!」

 ごぱっ!

 人の大きさほどもある純白の光弾がジークリンデに命中する!

 室内全体が眩い光で満たされる。そして光が消えると──顔の前で両腕を交差させたジークリンデの姿が、先程とほぼ変わらない様子で現れた。

 整えられていた縦ロールの髪が、烈風を浴びた影響か微妙に形が崩れている。しかしそれ以外にダメージを受けている様子はない。

 おそらく、ヴァイスの魔法が命中する瞬間、自分の周囲に障壁を展開して身を護ったのだ。

「……その程度で私の不意を突けたと思ったのなら、甘いわよ? 私は言葉を必要とせずに魔法を自在に操れる魔道士……それが人が私を『沈黙の魔女』と呼ぶ理由。その気になれば貴方たちに悟られることなく、この場の全員を消し炭にすることだってできるのよ」

 顔を覆っていた腕を下ろし、目の前から落ちていくヴァイスを見下ろすジークリンデ。

 その視線を辿るように、一条の太い稲光が宙を貫いてヴァイスに迫った!

 あれは多分雷魔法の一種なのだろうが、ジークリンデの宣言通りに奴が魔法名を一切口にしていないので正確な効果が分からない。

 稲妻がヴァイスの体を絡め取り、荒れ狂う! ──その直前。

「ロスト・ユニヴァース!」

 シキが発動させた神の能力が、ヴァイスに迫っていた雷撃を跡形もなく消し去った。

 シキは唇を舐めながらにやりとして、刀を構えた。

「そっちこそ、俺を単なる侍だって甘く見ちゃ駄目だよ? おっさんほど器用じゃないけど、俺も似たような芸はできるんだよ。魔法だろうが吐き出した炎だろうが胃液だろうが、何だって消せる。……嘘だと思うなら試してみなよ、根こそぎ消してあげるからさ!」

「くすくす……何て蛮勇なのかしら。でも、殿方のそういう勇ましい姿を見るのは、嫌いじゃないわ。むしろ好きよ? いいでしょう、お望み通りに、相手にしてあげる」

 ゼファルトの雷魔法を振り払った海溝王が、シキを睨んで大きく口を開ける!

 喉の奥から激しい炎が噴き出し、火炎放射器のように眼下を焼き払う! それと同時に、ジークリンデが己の髪を対価に巨大な氷の槍を幾本も生み出して、放つ!

 それらをシキはまとめて能力で消し去る。能力を行使している代償として彼自身はその場から全く動くことはできないが、彼自身は自らが傷付くことを全く恐れていない。

 むしろ逆に海溝王やジークリンデを挑発するような言動を繰り返し、奴らから引き出した一撃が全て自分に来るように仕向けている。

 剣術士などのパーティの盾役を担う戦士は、仲間に危害が及ばないためにわざと相手を挑発して自分に攻撃が向くように仕向ける行動を取るという。リュウガも似たようなことをやっていたが、これは前衛職にとっては必須とも言われる能力なのだそうだ。そういう理由もあって、大人しくて穏やかな性格の人間は前衛職には向かないと言われているらしい。

 シキは普段は人当たりが良くてお調子者でとても人の悪口を言うようには見えないが、実は自分が思ったことはかなりはっきりと言う性格である。彼自身がその気になれば相手の神経を逆撫でするような汚い言葉も平気で言えるのだ。

 普通の妖異相手には、多少悪口を言ったところで気を引くことなどできやしないだろう。しかし現在の海溝王はジークリンデが操っている。ジークリンデの注意を引くことができれば、自然と海溝王の注意も自分へと向けることができるのだ。

 海溝王自身が直接咬みついてきたりといった物理的な行動に出ない限り、シキは能力であらゆる攻撃を無効化することができる。能力の制約で反撃ができなくても、それはある意味俺よりも優秀な防御能力だ。

 シキが連中を引き付けている間に、安全になったゼファルトたちが死角へと回る。

 そして──

「アルテマ!」

「響け、神の旋律よ! この者たちに貴女の加護を! 光に更なる輝きを与えたまえ!」

「わんっ!」

 アヴネラの魔歌によって効果を増幅されたゼファルトとヴァイスの魔法が、通常の何倍もの眩い輝きを発しながらジークリンデと海溝王の右目に突き刺さる!

 大爆発が起こり、海溝王が空間全体に響き渡る咆哮を上げる。

 俺たちがこの部屋が水没し始めたのを察知して本格的に謎解きに集中し始めたのは、丁度この時だった。

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