第133話 黒石に輝く太陽と月

 杯の部屋を抜けた先は、再び細い通路が複雑に入り組んだ迷路となっていた。

 何処からともなく湧き出てくる妖異たち。通路を塞ぐくらいにでかい蟹だったり海老だったりウニだったり、海藻に擬態した奴だったりやけにド派手なウミウシみたいな見てくれのものだったり、海底のダンジョンというだけあって海産物を彷彿とさせる姿をしたものが多かった。中には二枚貝とイソギンチャクが合体してるようなユニークな奴もいて、自重と自分が殻にくっつけてるイソギンチャクの重さが枷になって殆ど身動きが取れずにその場でぐらぐら左右に揺れてるだけの有様を見た時は面白くて思わず噴き出してしまったよ。

 海産物以外の姿をしている奴では……バブルヘッドを除けば、水魔法の扱いに長けたスライム、視神経ごと引っこ抜いた巨大生物の目玉って感じの見てくれをした奴、尻尾が二本ある巨大蠍、青みがかった透明な色の体をしていて見た目だけは宝石みたいに綺麗な蜘蛛なんてものがいた。

 それらを全員で協力しながら確実に仕留めていき、先へと急いだ。

 特にヴァイスとゼファルトの魔法が活躍していた。彼らの魔法だけで、殆どの場合は片が付いていた。

 シキとアヴネラは、彼らのサポート役に徹していた。基本はゼファルトたちに先陣を任せ、討ち漏らした奴がこちらに近付いてきたらシキがそれを身を張って足止めし、その間にアヴネラが弓で仕留めるといった具合だ。流石前衛と中衛(ゼファルトが言うには、剣術士などの前衛職と比較すると屈強さは劣るが、魔法使いなどの後衛職よりかは頑丈でそれなりに体を張れる役職のことを、前衛補佐的な役割の意味合いを込めてそう呼ぶらしい)のタッグというだけあって上手いこと連携が取れている。

 フォルテは杖で最低限自分の身を守ることしかできないので妖異相手に戦うことはしなかったが、それでも戦況をよく観察して、死角から何か仕掛けようとしている妖異を発見したら即座に皆に教えるなどという形で戦闘に貢献していた。杖で殴るしかできない身で妖異だらけの場所に立っているのは怖いだろうに、恐れずにその場に立って皆の力になろうと懸命になっている姿は立派だと思う。

 俺は? 俺は、主に防御役として立ち回ることが多かった。俺だけが使えるアンチ・マジックによる魔法防御や対価なしで即座に魔法を放てる手の早さが重宝され、こちらが被害を蒙らないように妖異たちの繰り出す特殊攻撃を迎撃する役割を任されたのだ。ゼファルト曰く、攻めるだけなら自分たちでもできるが、防御するとなると手札を最も多く持っている俺がそれを受け持つのが最良だからということらしい。

 そんな感じで道の複雑さに多少迷いつつも進み続けること、三十分ほど。

 俺たちは、次の『謎』が待ち受ける部屋へと到達した。


 その部屋は、広さは先の杯の部屋と同程度だったが、何故か天井は高い位置にある変わった造りをしていた。

 正確な距離は分からないが、大雑把に見て床から天井まで三十メートル……といったところだろうか。四枚ある壁のうち二枚に人が通れるくらいの大きさの穴が向かい合わせの形に空いている。通風孔……にしては大きすぎる気がする。かといって穴は天井付近にあるので、人が通るための通路というわけでもなさそうだった。

 床には何も置かれていない。だが、床の一部が黒く光沢のある石のパネルのようになっているので、この部屋に何らかの仕掛けがあることは疑いようもなかった。

 パネルの大きさは、一辺が二メートル。全部で二枚あり、白く着色された模様が彫られている。

 一方が、太陽……もう一方が、三日月だ。

 試しにパネルの上に乗ってみたり模様に触れてみたりしたが、変化らしい変化は何もなし。

 杯の部屋にはあったナザラン文字のヒントも、此処にはない。

 自力で全部見抜けとか……此処に来て難易度が一気に上がったな。

「……何だろうな。これ」

「こういうのって、ゲームなんかじゃ結構見るよね。パズルっぽい仕掛け。上に乗って特定の行動をしろとか、何かを載せろとかさ」

 首を傾げる俺の横で、二枚のパネルを見比べながらシキが腰に手を当てている。

 RPGだと割と王道の仕掛けだ、と彼が自信ありげに言うので、問うてみた。

「これと似たような感じの仕掛けがあったのか? それだとどういう解き方をしてた?」

「一番多いパターンだと、パネルに描かれた模様と同じマークが付いてるアイテムを探してきて置くやつかなぁ。模様が示す技や魔法をパネルの上に乗って繰り出すってやつもあったね。例えばこれなら太陽と月だから、太陽のパネルに太陽の光を、月のパネルに月の光を当てれば仕掛けが解ける、ってパターンもあるかも。あ、でも此処って海底だもんね……流石に光ってのはないかなぁ」

 流石若者は身近なところにファンタジーなものがごろごろしてるだけあって発想も豊富だな。パネルに光を当てるっていう発想は俺にはなかった。

 ふむ、と顎に手を当ててゼファルトが唸る。

「同じ刻印を施された品を探す……か。この迷宮は広い、何処かにそういうものが隠された場所があるのかもしれないが、今から戻って全ての通路を探索するのは一筋縄ではいかないな。下手をしたらそれだけで六時間が過ぎてしまう」

 確かに彼の言う通りだ。これまでに目にしてきた全ての横道をくまなく調べるのは、例え全員が個別に行動したとしても厳しいだろう。

 そもそも、この迷宮内は何処も妖異の巣窟となっている。そんな場所を単独で歩くのは危険すぎる。

 しかし……現状では他にできることがないというのも事実だ。

「……此処で突っ立って悩んでても状況は変わらない。近辺を探すだけ探してみよう。全員ばらけるのは流石に危険だが、二手に分かれるくらいだったら多分問題ないだろ。二組で別々に、一時間くらいを目安に何か此処の仕掛けに関係ありそうなものがないかを探そう」

「異論はないが……どのように、人を分ける?」

「そうだな……まず、使える魔法が多いって点から俺とゼファルトは別だな。それから……」

 ──戦力の平均化を念頭に割り振った結果。

 俺とフォルテ、ヴァイス。ゼファルトとシキ、アヴネラという組み合わせに決まった。

 一見偏ってるようにも見えるこの組み合わせだが、シキの持つ神の能力が俺の持つアンチ・マジックみたいに魔法を防御する手段としても使えることや、ゼファルトが幾ら魔法使いとしての能力が優れているといっても、魔法の行使に対価を必要とする『人間の魔法使い』である以上は隙ができることなどを考慮して、俺とは別々にしたのだ。アヴネラは彼らの補佐役だ。

 ヴァイスは頭が良いし人懐っこいから、俺の仲間と認識している相手ならば比較的誰の言うことにも耳を傾けるが、ヴァイスに対する絶対的な命令権を持っているのは召喚主である俺である。召喚主と召喚獣は基本的に共に行動するべきだというのが俺の認識なので、ヴァイスを連れるのは俺の役目だということにした。

 フォルテが俺と一緒なのは、単純にそうすれば人数が同じになるからである。決して俺がフォルテを手離したくないからとか、離れたくないからとか、そういう邪な気持ちで決めたわけではない。

 いざとなれば、俺には使い魔を呼び出せる能力がある。妖異の大群に囲まれた時は、俺も無論フォルテのことを守るが、屈強な使い魔を出して彼女の盾代わりにすればいい。

 だから、この組み合わせが現状では最良なのだ。

「……こんなところだな」

「おっさん、幾らワン公が一緒っていっても大丈夫なのー? ちゃんとフォルテちゃん守れんの?」

「馬鹿にするんじゃない。俺だってやる時はやる。この辺の妖異くらい何てことはない」

「おっさん、結構抜けてるとこあるからなぁ。殺されてフォルテちゃん泣かせるようなことだけはしないでよ?」

「しない!」

 リュウガと同じようなこと言ってくれやがって。あいつら若者はおっさんだからって俺のことを舐めすぎだと思う。

 死ぬ危険は誰にでも平等にあるものだ。そのことを忘れてるんじゃなかろうか、あいつは。

 俺は溜め息混じりに頭を掻いた。


 それとほぼ同時だった。

 ごりごりごり……と石を削るような物音が聞こえてきたのは。


 音の出所は天井付近。位置からして、丁度、何のためにあるのか皆目不明だった謎の通路がある辺りからだ。

 全員が小首を傾げて音のする方へと顔を向ける。

 と、例の通路から何かが姿を現したかと思うと、そのまま床へと落ちてきて、どずんと激しく床を揺らしたのだった。

 二つある通路からひとつずつ、計二つの、全く同じもの。

 それは、人間の顔を模った巨大な石像だった。

 人間の顔みたいな石像……と聞いて真っ先に連想するのはイースター島のモアイ像だろうが、そこまで立体的な造りはしていない。円柱に人の顔っぽい彫刻を施しただけの、どちらかと言うとトーテムポールを顔ごとに分解したかのような、そういう代物である。

 大きさは、横幅が一メートル半、高さが二メートルくらい。人間よりも若干大きい程度だが、全身石なので重量は相当ありそうだ。

 どういう仕組みで動いているのかは分からなかったが、それらはごりごりと自らの底面を床に擦り付けながら、俺たちの方へと迫ってきた。

「……妖異か? これも」

「……確証はないが、おそらくはブラントフェイスというゴーレム種の仲間だ」

 ブラントフェイスとは動く石像ゴーレムの一種で、顔だけしかないのが特徴らしい。

 ゴーレムには外見に様々なバリエーションがあり、同じ名前で呼ばれている存在でも、その形状には幾つも種類があるのだそうだ。例えば表情が違っていたり、模様が違っていたり。明らかに別物じゃないかと思えるような個体でも、運動性能や秘めている能力が同一のものだった場合は、同じ種として分類されるのだという。色々なポーズを取っている埴輪や土偶を一律で埴輪や土偶と呼んでいるのと似たような理屈だな。

 妖異ではあるが、純粋な生物ではないため、体内の何処かに隠された核を潰さない限り全身がどんなに壊されようが動くことをやめない。要は虚無ホロウとほぼ同じようなものだ。

 神経が存在しないので雷魔法が通用しないのも共通である。

 この大きさでは……多分アルテマ一発で仕留めるというのは無理だ。核がどれほどの大きさをしているもので、この寸胴鍋みたいなボディの何処に隠されているのかは分からないが、あの体を構成している石は結構固そうなので丸ごと抉り取るというわけにはいかないだろう。

 幸い、動きは鈍いから、近付かれる前に連続で魔法を叩き込めば接触される前に沈黙させられるとは思うが……

「俺たちがこの部屋に入ったから、侵入者撲滅用の番人が出てきたってところなのかねぇ」

 ブラントフェイスと真っ向から対峙しながらシキは鞘から刀を抜いた。

「とりあえず宝探しの前に、こいつらを何とかしなきゃね。相手は二体、俺たちも丁度チーム二つ。チームひとつにつきノルマ一体ってことで、どう?」

 彼の提案に、全員異論はないと頷く。

 俺はフォルテに傍から離れろと呼びかけて、撃つための魔法の構成を頭の中で練り上げ始めた。

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