第123話 賢者が目撃したもの
完成したシチューを盛り付けた器を差し出す。
「熱いから火傷に注意してくれよな」
「……すまないな。貴重な食糧だというのに、私の分まで用意してくれるとは」
「気にするな。こう見えても食糧の備蓄は結構あるんだ。いざとなったら補充できるし。たくさん作ってあるから、遠慮しないで食べてくれ」
「ありがとう」
ゼファルトは控え目に礼を述べると、スプーンで掬った人参を頬張った。
ゆっくりと噛んで飲み込んで、ほうっと息を吐く。
「……美味しい」
「そりゃ良かった」
オーソドックスな牛乳のシチューだが、皆にも好評のようだ。笑顔で食べている様子を見ると、作った甲斐があったなと実感する。
「……ところで、何であんたがこんな場所にいるんだ? 円卓の賢者はファルティノンから出られないって言ってたじゃないか」
「ああ」
かちゃりとスプーンを器に置いて。ゼファルトは静かに語り始めた。
「君たちがファルティノンを発った後……我々も魔帝討伐に助力できないものかと上に掛け合ったのだ。色々問題もあったが、何とか許可が下りたのでね」
「そうか……ということは、ミライも来てるのか? 此処に」
「いや、私一人だけだ。出立の許可が下りたのが私だけだったのでね。ミライは自分も力になりたかったと残念がっていたが……こればかりはどうしようもない」
円卓の賢者は、国政を担う重役としての役割も持っているらしい。言わば国の中枢を司る人間の集まりでもあるというわけだ。
それじゃあ、そう簡単に国外に出る許可なんて下りやしないよな。日本で言えば法務大臣とか外務大臣が長期に渡って国外に滞在して、その間は一切国政に関わらないようなものなのだから。
「エルフ領に向かった君たちを追っても良かったのだが、先に魚人領で現地の状況を確認しておいた方が君たちの助けになると判断して、先回りさせてもらった。……今後は、私も君たちと共に行動しようと思う。魔帝相手に私の力が何処まで通用するかは分からないが……君たちの足を引っ張らないように努める。どうか、宜しく頼む」
世界最高峰の魔法使いの集団、円卓の賢者。そのリーダーが今後の旅に同行してくれるというのは有難い。
単純な戦力として期待できるのはもちろん、彼は地理などにもそれなりに詳しい。判断に困った時は的確に状況分析してくれそうだし、色々と頼りになりそうだ。
こちらこそ宜しく頼むよと言って、俺は彼に握手を求めた。
彼は微笑しながら、俺が差し出した右手を握り返してくれた。
因みに魔法使いとしてどれほどの腕前を持っているのかと尋ねたら、精霊魔法と神聖魔法を一通りと、小さなものしか呼べないがある程度ならば召喚魔法も使えるという答えが返ってきた。流石円卓の賢者のリーダーというだけあって凄いな。ガチで魔法勝負したら俺の方が負けるかもしれん。
「君たちの方も……しばらく見ない間に、顔ぶれが変わったのだな。そこの召喚士のお嬢さんは以前も会ったことがあるが……彼は、いないのか? 金の髪の……」
「……ああ」
ちょっとしか顔を合わせなかったっていうのに、覚えてたんだな。リュウガのことも。
俺はリュウガは事情があって旅から離脱したのだとだけ説明した。
そのことを話していた時、アヴネラが僅かに申し訳なさそうな顔をして俯いていたが……安心しろ、エルフ族の印象を悪くするようなことは言うつもりないから。
アヴネラのことはエルフの弓術士、シキのことは俺と同じ故郷出身の剣術士だと紹介した。
シキは円卓の賢者のことを知らない様子だったが、アヴネラは名前くらいは聞いたことがあるようで、こんな若い人が賢者たちのリーダーだなんて信じられないと驚いていた。そうだよな、俺も最初は円卓の賢者って爺さんの集団なんだろうって思ってたし。二十代半ばでリーダーだなんて……魔法の才能と実績を買われて任命されたのだろうが、俺より年下なんだよなって思うと、やっぱり才能と実力を兼ね備えてる奴はエリート街道を進む宿命にあるんだなって実感させられる。
何処の世界でも、才能がある奴が出世するのは同じだってことだ。
……俺も才能に恵まれていたら、今頃はもう少し違う人生を送れていたのかもしれないんだよな。
異世界に来てようやく人から認められるようになって。それが嬉しくないとは言わないが、俺は日本人なんだから、日本で認められるような存在になりたかった。そう思う。
夕飯を食べ終えて、デザート代わりに出したワーグの実を皆で齧りながら、俺たちはゼファルトが魚人領に入ってからの話を聞いていた。
ゼファルトが魚人領に到着したのは五日前のこと。
到着初日は此処ら一帯は天候が荒れていたそうで、当然海も荒れ放題、魔法を利用しても沖合いの方にまでは調査の手を伸ばすことはできなかったという。
唯一天候に左右されないホークアイの魔法で可能な限り遠方を探索してみたものの、かつて諸島王国が築かれていた島やその残骸すら発見することはできなかったそうだ。
雨は二日間降り続け、その間はほぼ身動きを取ることができず。
本格的に探索を開始したのは魚人領に到着して三日目のことだった。
諸島王国が残っていない今、地上部にはもはや何も残っていないだろうと判断したゼファルトは、海中に一抹の望みを託して海底探索を決行した。
水中で行動可能な魔法を使い、この広い海底を泳いで魚人族に関する手掛かりを探した。
魚人族の家だったものと思わしき残骸や、家財道具など。明らかに人工物と分かるものが色々と海底には沈んでいたものの、肝心の魚人族の安否に繋がるような手掛かりは残されていなかったらしい。
これはもはや魚人族は絶滅してしまったかと諦めかけた、その時だった。
ある地点まで来た時、何かを探すように一定の場所を徘徊している鮫型の
それも、一匹ではない。群れを成して何匹も同じ場所に留まっていたそうだ。
こんなに広い海域で、唯一此処に集中して留まっているのは明らかに不自然だと彼は思ったそうだ。
ひょっとして、此処に魚人族の生き残りが住んでいるのではないか。そう仮説を立てた彼は、
案の定、
水中ではろくに動けない上に魔法を使うこともできないため、彼は必死に逃げ回りながら何とか陸地におびき寄せて一匹ずつ仕留め、諦めずに魚人族が身を隠せそうな場所がないか探索を続けた。
夕方に俺たちが見かけた燃えている漂着物の山。あれはゼファルトがおびき寄せた
そして……魚人領に入って五日目。つまり、今日の、朝。
遂に、魚人族の生き残りが隠れ住んでいるかもしれない場所を発見したのだという。
「水晶珊瑚が群生している場所があるのだが……一部だけ、明らかに珊瑚を移植して人為的に作ったと思わしき群生地があったのだ。そこを重点的に調べてみたら……珊瑚の陰に隠されるようにして、抜け穴があるのを発見した」
「抜け穴?」
「自然にできたものとは異なる、人の手で掘られた穴だ。その時は中までは調べなかったが、あれは間違いなく何処かへと続いていると思う」
「ふーん、怪しいねぇ。ってことは、その抜け穴を抜けた先に……」
「ああ」
シキの言葉に、ゼファルトは深く頷いた。
「おそらくそこに魚人族の生き残りが隠れ住んでいると、私は予想している。明日、その場所を調査してみたいのだが……協力してもらえないだろうか」
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