第116話 消えた魚人族の行方
「よくぞ参られました。異邦の勇者たちよ」
女王は開口一番、そう切り出した。
「先日の件、此処にいるアヴネラやウルヴェイル守護兵長を初めとする者たちから聞きました。貴方方が率先して前に立ち、災禍の元凶を討ち果たして下さったこと……そのことについては民たちもとても感謝しておりました。まずはそれに対する御礼を申し上げます。私たちを救って下さったこと、感謝致します」
感謝している、と言っている割には、ありがとうの一言がない。
まあ、相手は女王だからな。彼女にも一族の長としての建前みたいなものがあるのだろう。一応感謝していると言っているわけだし……その辺りに関しては、あまり気にしないことにした。
「貴方方は魚人族の行方に関する手掛かりを求めて此処に訪れたとのこと。その情報を私から得ることが、貴方方が求める今回の働きに対する対価だそうですね」
「……そうだ。俺たちは魔帝を倒すために、どうしても奴がいる魔族領に渡る必要がある。その方法を知っているのが魚人族らしい……俺たちが旅の目的を果たすためには、どうしても魚人族の協力が必要なんだ」
「……そうですか」
俺の主張に、女王は何やら考え込むような様子を見せて、言葉を続けた。
「魚人領は、アルヴァンデュースの南東……そこに連なる山々を越えた先に存在する海域の中にあります。しかし、王国は数年前に魔帝の手によって跡形もなく滅ぼされてしまったと聞いています」
魚人たちの国は、幾つかの小さな島々で構成された諸島王国だったらしい。
魚人族は、海と共に生きる種族。他の種族同様に陸地に家を作って暮らしてはいるが、魚の特性を併せ持つ彼らは、陸上よりも海中で過ごすことの方が多いのだそうだ。
元々陸上を旅することがほぼ皆無に等しい種族である上に、種としての数がそれほど多くないこともあって、魚人族に関する情報は女王が持つ自然界の情報網を駆使しても分からないことの方が多いらしい。
現時点で女王が魚人族について知っているのは、魚人族は海を操る特別な能力を持っているらしいということ。彼らの国は魔帝に攻め滅ぼされており、その際に生き残っていた者たちは行方不明となってしまっていること。そしてここ数年、生きている魚人族の姿を見かけた者は誰一人としていない、ということだけだった。
一人くらいは生き残っている者の情報があるだろうと思っていたから……正直言って、この情報量の少なさは予想外である。
これでは、何も知らないのと大差がない。最初から直接魚人領に向かっていた方が良かったんじゃないかと思えるくらいだ。
まあ、俺たちがこの国に来なければ、今頃エルフ族は魚人族同様に滅びていたかもしれないわけだから……俺たちが此処に来た意味は全くなかったというわけでもないのだが。
「……どうすんの? おっさん。国が残ってない上に生き残りがいるかどうかも分かんないわけだけど。それでも行くわけ? 魚人の国」
「……行く」
シキの問いに、俺は渋い顔をしながらも頷く。
「どのみち、魔族領に渡るには魚人領に行くしかないんだ。魚人たちがいなくても、魔族領と繋がってるっていう抜け道はあるわけだからな。魚人たちが封印したダンジョンだって話だが……まずは実際にその場所まで行ってみて、封印がどういうものなのかを調べる。ひょっとしたら魚人たちがいなくても破れる封印かもしれないしな。此処で延々と立ち止まっているよりかは、行動した方がいい」
「そっか。まあ、俺は最初から何があっても最後までおっさんと一緒に行くって決めてるしね! おっさんがそうしたいって思ってるなら、そうすればいいじゃん。俺はそれに付き合う。俺は勇者だからな!」
「そうか」
「……私も」
おずおずと俺たちの会話に入ってきたのはフォルテ。
彼女はきゅっと腕の中のヴァイスを抱き締めながら、言った。
「私も、最後までハルと一緒に行きたい。確かに私は美味しいものしか召喚できないし、戦うための役には立たない足手まといだけど……それでも、ハルと一緒にいたいの! 自分の身くらいは自分で守るようにするから、だから……今更私を置いて行くなんてことはしないで。お願い」
「へー、『俺たちと』じゃなくて『おっさんと』なんだ。そっかそっか、フォルテちゃんはそういう……うん、まあいいんじゃない? フォルテちゃんの気持ちはフォルテちゃんのものだしね!」
「あっ……えっ……その、ち、違うの! 別にそういう意味で言ったわけじゃなくて……!」
「ははっ、照れなくていいって! 俺、そういう話好きだよ? 応援しちゃう、頑張って!」
「…………!」
シキに茶化されて顔を真っ赤にして慌て出すフォルテを、彼女の腕に抱かれたヴァイスが小首を傾げながら見上げている。
俺は後頭部をかしかしと掻いて、二人に向けていた視線を女王へと戻した。
「貴重な情報をくれたこと、感謝する。俺たちはこのまま魚人領に向かうことにするよ。あんたたちもこれから色々大変だろうと思うが、頑張って森を復活させてくれ。上手くいくように、祈ってるから」
俺たちの目的は、魚人族に関する情報を手に入れること。
そのために結果としてエルフたちを滅亡に追いやろうと目論んでいた魔帝の下僕と戦うことになったが、俺たちがこの地で奮闘したことは決して無駄ではなかったと思っている。
予想よりも遥かに少なかったがちゃんと目的のものは得られたし、小さいながらもエルフたちからの信頼を得ることもできた。
これ以上は、此処に留まっていても俺たちができることはない。森を復活させるとか残っている蜘蛛への対処とか、それらはこの森で暮らしている者たちが政の一環としてやるべきことであって、部外者である俺たちがこれ以上首を突っ込んでいいことではない。親切心を出してそんなことをしても、逆にエルフたちや精霊たちの安息を引っ掻き回すことに繋がりかねない。少なくとも俺はそう思っている。
俺たちは、ここでこの地から去るべきなのだ。旅立って、次の舞台へと行く。俺たちの旅の目的を果たすために。
「……それじゃあ、俺たちは行くよ。元気でな」
皆に行こうと声を掛けて、謁見の間から出ようと女王たちに背を向ける。
「……お待ち下さい」
それを、女王が静かに呼び止めた。
「明日、森の復活を願う祭をこの国で開きます。貴方方にも先を急がれる理由がありますから、無理に引き止めるつもりはありませんが……宜しければ、祭を御覧になられてから旅立たれては如何でしょうか」
「祭?」
「この森の守り神であるアルヴァンデュース様に穢れなき魔力を捧げ、森が元の姿に戻るように祈る儀式です。原初の魔石、神樹の魔剣、神樹の魔弓……儀式に必要な全ての品が揃った今ならば、我々の祈りは必ずアルヴァンデュース様へと届くことでしょう。この森と我々エルフ族をお救い下さった貴方方ならば、きっとアルヴァンデュース様も快く迎え入れて下さるはずです。これは民たちからの願いでもあります。如何でしょうか」
以前アヴネラが言っていた、森の再生を願う祭ってやつか。
そういうやつにこそ俺たちみたいなのが関わるべきじゃないとは思うのだが……
せっかく、こうして女王が直々に招待してくれているのだ。先を急いでいるという事実もあるが、一日くらいは、純粋な観光気分で異郷の地で過ごすのも悪くはないかもしれない。
俺たちは、女王の招待を受けてその祭に参加することを承諾したのだった。
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