第108話 倫理を壊す秘術
『それじゃあ、まずはあたしからね』
うふふっと笑いながらシュナウスが言う。
どうでもいいことだが、この男神が何かを喋る度に濃い化粧をして青く残った髭の剃り跡がその上に浮き出ている無駄に体格の良いオネエの姿が頭に浮かんで離れてくれないのだが……まさか本当にそういう格好をしているわけじゃないよな、とつい訝ってしまう。
『さっきも言ったと思うけど、あたしは武神なの。だからあたしが持ってる神の能力って、直接体に作用するものばかりなのよね。最初はあたしらしく身体能力を神レベルにまで強化する能力をあげようかと思ったんだけど……流石にアダマン金属を一撃で粉砕するような腕力を持ってる人間がいたら下界が大騒ぎになっちゃうからやめてくれってみんなに止められて、それは諦めたわ』
アダマン金属を一撃で粉砕って……それ、下手な武器も魔法もいらないじゃないか。
流石にそんな力が備わった日には、俺は歩く凶器になってしまう。そんな災害になるのは御免である。
『色々悩んじゃったけど、下界でなるべく目立たない能力の方がいいってアルカディアちゃんも言ってたから、あたしが持っている能力の中で一番地味な能力を貴方にプレゼントすることにしたわ。それでも便利な能力だと思うわよ。……異世界人ちゃん、貴方にはマナ・サーヴァントを授けてあげるわね』
マナ・サーヴァント──サーヴァントって、何かのゲームだか小説で見たことあるのだが、魔法使いに召喚された異世界の戦士みたいな存在がそんな風に呼ばれていたはずだ。他にも自分に従順な使い魔を、そんな風に呼んでいた気がする。
異世界から何かを召喚する能力か? いや、それならこの世界には召喚魔法というものが既に存在しているしな……
俺が訝っていると、シュナウスが説明してくれた。
『マナ・サーヴァントは、簡単に言うと自分の魔力で使い魔を作る能力よ。犬でも猫でもイメージした生き物の姿にすることができるわ。作った使い魔は作った者と全く同じ知能レベルを持っているから、自分が理解できることは大抵理解してくれるし、命令には素直に従ってくれる。魔力の集合体ではあるんだけれど、物理的な干渉力も備わっているから、物を持たせて運ばせることもできるわ』
成程……要は、実体のある自分の分身を作るような能力なのか。
シュナウスの話によると、そこまで長時間は実体を保てないとのことだったが……ちょっと手が離せない時なんかに雑用を片付けさせるには役立ちそうな能力だな。
流石に喋ることはできないだろうから、人を相手にするような仕事は頼めないだろうが、料理の手伝いが欲しい時とかに重宝しそうな存在である。
『それじゃあ、能力を授けるわね。……うん、オッケーよ。ちゃんと付いたわ。貴方のこれからの暮らしに役立ててちょうだいね』
魔力を元にして使い魔を作る能力だから、能力の扱い方はマナ・アルケミーと大差はないだろう。此処で能力を使ったら周りにいるフォルテたちを驚かせてしまうので、後でこっそり何処か人目のつかない場所に行って確認することにしよう。
『では、次は妾の番じゃな』
シュナウスの前に割って入るように、スーウールが口を開く。
『妾は神界では魔法大帝と呼ばれておる。こと魔力の扱いに関しては大主神様に匹敵する力を持った女神なのじゃ。アルカディアから聞いたが、そちは武器よりも魔法を扱う方が得意らしいのう。ならば妾自慢の能力を持てば、下界でそちに並ぶ魔法の使い手は存在しなくなるじゃろうて』
魔法大帝……何か物凄い響きだな。ゲームに登場するラスボス臭満載の呼び名である。
『妾からはデュプリケートを授けてしんぜる。神界でも大主神様の他には妾しか使うことができぬ究極の秘術じゃ』
『ちょっ……おい、スーウール! それは流石にヤバイぞ!』
ソルレオンが発した素っ頓狂な言葉が、スーウールの言葉を遮った。
『そんな能力を人間に授けたら、下界に今ある倫理が壊れる! 召喚勇者ってのはただでさえこの世界にとっちゃ存在しちゃならない異物だってのに、もしもそんな能力を持ってるってことが人に知られてみろ、こいつは……!』
『そちは黙っておれ、ソルレオン。力が世に災いを引き起こすのは、その力を持った者が誤った使い方をしたからじゃ。能力を持っただけで世界が破滅するなどということはありえぬ。妾はやんごとなき雅な女神じゃ、妾の下した判断に間違いはないのじゃ』
もはや暴論にしか聞こえない言葉だが、ソルレオンは反論できないのか、黙りこくってしまった。
……ひょっとしたら、単にスーウールに反撃されるのが嫌だから口を閉ざしただけなのかもしれないが。
『……デュプリケートとは、ひとつの存在を複製して二つに増やす能力じゃ。命は増やせぬが、それ以外のものであれば、物質であろうが魔法であろうが何でも複製することができる。ただし、ひとつの存在に対して能力を施せるのは一度限りじゃ。また、複製したものに能力を施すことはできぬ。あくまでオリジナルのものに対して一度だけ使える能力であることを忘れないでたもれ』
つまり、簡単に言うと目の前にある一個の饅頭を二個に増やすことができる能力ってわけだ。
生き物以外ならば何でも増やせる……ということは、それは資産を倍に増やすことも容易いということに他ならない。俺が金貨を百枚用意して能力を施したら、それは二百枚に増えるというわけで……確かに、こんな能力を持ってるって世間に知られたら、大金持ちになろうと目論んだ欲望まみれの人間が俺のところに殺到してくることになるだろう。
それだけではない。この能力は軍事的な使い方だってできる。魔法にも能力が掛けられるってことは、例えば一人の魔法使いが唱えた魔法が二連撃になるってことだ。能力で兵力自体は増やせなくても、魔法の弾数を倍にするだけで、それは兵力が二倍に増えたことと同じになる。金も時間もかけずに手軽に戦力増強ができると知った国の要人が、その手段をみすみす逃すはずがない。どんな手段を使ってでもその能力を──俺を手に入れようとしてくるだろう。
能力の効果自体は地味だが、これはソルレオンが危惧する通り人間が持つには手に余りすぎる力だと俺も思う。俺が人前でこの能力を絶対に見せなければ済む話なのかもしれないが、何らかの拍子に発覚してしまう可能性は十分にありうる。
一緒に生活をしているフォルテたちは、俺がそんな能力を持っていると知ってもむやみに世間に喋ることはしないだろうが……人の目なんてものは、何処にあるか分かったものじゃない。
この能力は、受け取るわけにはいかない。俺の脳内で、冷静な俺が、そのように警鐘を鳴らした。
『では、おっさんよ。能力を授けるぞ。感謝して受け取るが良い』
『ちょっと待ってくれ。なあ、その能力、俺みたいな普通の人間には勿体無さ過ぎると思うんだ。他のものに変えてもらうことってできないか……?』
普通に嫌だと拒否したら、この高慢な女神は怒り出す可能性がある。なるべく相手のプライドを傷付けないように、言葉を慎重に選んで交渉を持ちかける。
ふむ、とスーウールが唸った。沈黙したということは、少しは俺の願いを考えてくれているのだろうか……
ややあって、彼女は再び口を開く。
『……いや、他の能力を授けるなぞやんごとなき雅な妾の名に傷が付く。やはりそちに授ける能力はデュプリケート以外に考えられぬ。そち、
『ま、待て! 俺はこの世界で平穏に暮らせればそれで十分なんだよ! 最強の称号とかに興味なんてないから! おい!』
『ほれ、受け取るが良い。選ばれし者しか持つことを許されぬ能力じゃ、感謝するのじゃぞ』
……あああ、強引に能力付けてくれやがった!
何てことをしてくれたんだよ、この女神!
思わず現実で頭を抱える俺。そんな俺の様子を、アヴネラが遠くから静かに見つめている。
『さて、役目も終えたことじゃし、妾は帰ろうかの。アイスとかいう異世界の甘味をデュプリケートで増やして、じっくりと味わうのじゃ。ふふふ』
『あっ……ずるいわよスーウール! 貴女だけ貰ったものを倍に増やせるなんて、反則よ! 私のビールも増やしてちょうだいよっ!』
『何故妾がそちの命令なぞ聞かねばならぬのじゃ。妾の能力は妾だけのもの故、いつどのように使うかは妾にしか決められぬのじゃ。妾はやんごとなき雅な女神、そう簡単に他人に頭を下げるなどあってはならぬからの』
ビールを増やせと騒ぐアルカディアの声を無視して、スーウールは笑いながら俺に言った。
『ではの、おっさんよ。再び会える五日後を楽しみにしておるぞ』
『ウルちゃん、気を付けて帰るのよー』
のんびりとしたシュナウスの声に紛れて、ぺたぺたと小さな足音が遠ざかっていき、消える。多分自分の住まいがある場所に帰っていったのだろう。
『……それじゃあ、あたしも帰ろうかしら。……ああ、そうそう。異世界人ちゃん、これから貴方のことは何て呼べばいいのかしら?』
ソルレオンが以前にちらっと言っていたが、神には観察した人間のことが分かる能力があるらしい。その能力を使えば、俺の名前くらいはすぐに分かると思うのだが……
疑問には思ったが、それほど気にするようなことでもない。俺は素直に名乗った。
『俺の名前は春だ。六道春』
『そう、ハルちゃんね。それじゃあハルちゃん、また会いましょうね』
どすどすと重たい足音が去っていく。武神と言ってたからいい体格してるんだろうなとは思っていたが、随分と体が大きい男神だったみたいだな。
『……はあ、結果的に迷惑をかけたみたいだな、異世界人。スーウールには悪気はないんだろうが、あいつの感覚は他の神とは少しずれてるところがあってな……』
『……あんたが謝ることじゃないだろ』
すっかり疲れ切った様子で俺に謝罪するソルレオンを、俺は気にするなと言って労わった。
おそらく四人の神の中で一番常識人なのはソルレオンだ。彼は普段から他の神に振り回されて色々と苦労しているんだろうな。
何だかちょっと可哀想に思えてきた。次回からの献上品は、俺からの労りってことで少し良い酒を送ってやることにするか。
『お前がスーウールから授かった能力は、オレたち神の間じゃ色々と問題視されててな。それでも使い手が大主神様とスーウールしかいないから、騒ぐ奴もいなかったんだが……もしもお前がデュプリケートを使えるってオレたち以外の神に知られたら、間違いなく大主神様の耳にその話は入る。そうなったら、多分お前と関わってるオレたちもただじゃすまないだろうな。能力を使うなとは言わないが、絶対に人に能力を使ってるところを見られるな。分かったな』
何なんだよその脅し。しかも言った当人すら微妙に怯えてる感じだし。
やっぱり、俺の睨んだ通りだったよ。この能力、ろくなもんじゃなかった。
魔帝に対抗するための武器として使う分には文句のない能力なのだが、人間の身で使うには社会的なリスクが高すぎる。
これは、いざって時以外には出すわけにはいかないな。
そう俺が決心を固めていると、気味悪いくらいに猫なで声になっているアルカディアのおねだりが聞こえてきた。
『ねえっ、おっさん君、スーウールから能力を貰ったんでしょ~? 私のビールを今からそっちに送るから、能力で倍に増やしてくれないかしら?』
『馬鹿、異世界人にデュプリケートを使わせたら色々とまずいことになるんだよ、それくらい分かれ! この酒バカ!』
酒バカって……ソルレオン、何気に酷いな。
『ったく……じゃあ、オレたちも帰るわ。お前も色々大変だろうが、頑張れよ』
『ああん、ちょっとソルレオン……ケチ臭いこと言わなくたっていいじゃないっ。ちょっとビールを増やしてもらおうとしただけじゃないのよぉ』
『だから、それは駄目なんだって言っただろうが! 大主神様にバレて神界追放処分になってもいいのかよ! とにかく、帰るったら帰るぞ! 言うこと聞かないんならそのビール取り上げるぞ!』
『嫌よ、冗談じゃないわよそんなの! 分かったわよ、帰るってば! 帰るから私のビール返しなさいよっ! ちょっとっ!』
最後までうるさいアルカディアを連れて、ソルレオンも帰っていった。
そのまま何も聞こえなくなり、神界との繋がりは途絶えたのだった。
「…………」
はあ、と溜め息をつく俺。
その顔を、見覚えのある少女の顔が覗き込んできた。
「……大丈夫?」
「……テーゼ?」
俺たちを店に招待してくれたエルフの少女は、両手に野菜をたくさん抱えてそこに立っていた。
さっきまでは店にいなかったと思ったのだが……俺が神たちの相手に気を取られている間に帰ってきたのか。
「何か、良くないことでも、あった? 嫌なことがあったみたいな、顔してる」
嫌なこと……と言えば、嫌なことに分類されるのだろうか? あれは。
でも、それを話したところでテーゼには理解できないだろうし……何より俺が神と繋がりを持ってるって知られるのは、宜しくないからな。
同じ日本から召喚されたシキはその辺にも理解があるから、彼ならば知られても問題はないだろうが、元々この世界の住人であるフォルテたちには知られると面倒なことになる可能性がある。
特に、アヴネラやテーゼ、ルイーゼといったこの国に住むエルフたちは、どんな反応をしてくるかが分からない。
女王は、俺やシキ、リュウガを見て『異質な何かが宿っているのを感じる』と言っていた。それがもしも神から授けられた能力のことを指しているのだとしたら……?
エルフたちが普通とは違うものを嫌っているのだとしたら、俺たちが異世界から来た人間で神の能力を持っていることを知ったら、それ自体が俺たちを忌避する要因になるのである。そんなことで彼女たちと和解できなくなることだけは、避けたい。
俺はなるべく普通のふりをして、答えた。
「そうか? ……まあ、ちょっと疲れてるのかもな。今日は色々あったから」
「そう」
どうやら、今の返答で納得してくれたようだ。テーゼは俺から一歩身を引くと、言った。
「……今日は、来てくれて、ありがとう……今からわたしの自慢のお料理作るから、是非、食べていって」
「おう。楽しみにしてるよ」
俺が笑いかけると、テーゼは控え目に笑い返して厨房へと入っていった。
とりあえず……済んだことを気にしていても俺が神から授かった能力が消えるわけじゃないし。一旦能力や神たちのことは忘れて、今は普通にこの店で料理を楽しむことにしよう。
人間、気を張ってばかりいては疲れてしまう。気を抜ける時は遠慮なく気を抜いて、心身ともにゆっくりとリラックスする。それが賢い社会人の生き方である。
もう社会人じゃなくて、魔法使いだけどな、俺。
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