第106話 おっさん流加熱不要絶品レシピ

 今回用意した食材は、以下の通りだ。

 サーモン。アボカド。ケッパー。ディル。レモン。オリーブオイル。塩。胡椒。

 ケッパーは手元になければ無理して使う必要はない。ディルは香草ハーブの一種で別名イノンドと呼ばれているもので、日本の食卓ではあまり馴染みがない食材かもしれないが、これもなければ使う必要はないし、パセリで代用してもいい。使う場合は乾燥したものではなく、生のものを準備してほしい。

 野菜と一緒に使う生魚は今回はサーモンを用意したが、マグロを使っても美味いぞ。スーパーなんかで普通に売っている刺身用のさくになってるやつで十分だ。この世界ではサーモンもマグロも少し名前が違うだけで似たような魚が存在しているから、その辺は手に入れた魚の種類に応じて臨機応変にやってほしいと思う。

 それじゃあ、作っていくぞ。

 まず、材料を細かく切っていく。サーモンとアボカドを五ミリくらいの角切りにして、オリーブオイル、ケッパー、塩、胡椒、細かく刻んだディル、搾ったレモンを加えて混ぜ合わせる。この時レモンは果実を搾るのが面倒だったら他の食材同様に皮ごと細かく切ったものを入れてもいいし、市販のレモン汁を使ってもいい。調味料の分量は好みで適当にやってくれて構わないが、レモンは汁を使う場合、あまり多く入れすぎると酸っぱくなってしまうので、心持ち控え目にした方がいいかもしれない。まあ、レモンの酸っぱさが好きなんだって人も中にはいるだろうから、絶対駄目だとも言わないが。

 材料と調味料を混ぜ合わせたら、器に盛り付ける。セルクルがあるならそれを使うと小洒落た見た目になって上品に仕上がるが、パーティーとかで出すつもりでもないなら、無理して形を整える必要はないと思う。サラダを盛る感覚で器に盛るだけで十分だ。

 器に盛ったら出来上がりだが、できたものをすぐに食べるよりは、少し冷やした方が美味い。冷蔵庫で冷やすなら三十分程度で十分だろう。この世界には氷魔法という便利なものがあるので、此処ではそれで一気に冷やしてしまう。

 これで、完成。サーモンとアボカドのタルタル風だ。

 全く火を使うことなく材料を切って混ぜ合わせるだけでできるし、見た目は色鮮やかだから変に飾らなくても十分に店で出す料理として通用すると思う。

 この国でも一応塩や胡椒は手に入るみたいだし、基本的にこの世界に存在する食材しか使っていないから、後はどうにかして食材を揃えて頑張って再現してほしい。

 さあ、ルイーゼに試食してもらって感想を聞こうじゃないか。

 俺は完成した料理を、ルイーゼが座っている客席へと持って行った。


 料理を目の前にしたルイーゼは、木のフォークで中身をつつきながら物珍しそうに料理に使われている材料の分析をしていた。

「これは……アヴォカとカープルかい。魚は……此処らじゃ見ない魚だね。森の湖で獲れる魚じゃなさそうだけど、何を使ってるんだい」

 この国では、アボカドのことをアヴォカ、ケッパーのことをカープルと呼んでいるらしい。人間領では普通にアボカド、ケッパーの名前で呼ばれているそうなので(フォルテ談)、多分エルフ族の間でしか使われていない言葉なのだろう。会話に使っている言語は人間と同じものなので、日本で言う地方の方言のようなものなんだろうな。

「それは、サーモンという種類の魚だ。使う魚の種類に決まりはないが、淡白な魚よりは多少なりとも脂が乗ってるやつを使った方が美味いと思う。まあ、無理のない範囲で手に入る魚を使って色々試してみてくれ」

「成程ね」

 俺の言葉に彼女は頷き、フォークでサーモンとアボカドを一緒に掬って、口へと運んだ。

 ゆっくりと味わって飲み込んで、ふーっと長く息を吐き、呟く。

「うん……シトロンの酸味がさっぱりとしてて、魚の脂をくどく感じない。仄かにぴりっとするポワヴルの味もいいじゃないか。こいつは、トマートなんかを入れても美味しそうだね」

 もはやどれが何の食材を指している言葉なのかが分からなくなってきたが、前後の言葉の内容から察するに、シトロンはレモンで、ポワヴルというのが胡椒のことだろう。トマートは多分トマトのことを言ってるんだろうな。発音が何か似てるし……ルイーゼが言う通り、こいつにはトマトを入れても美味い。ただ普通の大きいタイプだと実を切った時に種が付いてるゼリー状の部分がぐちゃっとなってしまうので、プチトマトを使った方が見た目は良く仕上がる。

 フォルテたちも、各々の席に座って俺が作った料理を笑顔で頬張っていた。自分たちも食べたいと物凄い勢いで迫ってきたので、ルイーゼの分とは別の器に盛って出してやったのだ。

「うん、やっぱりハルのお料理って最高! お魚って焼いて食べるものだって思ってたけど、こうして生で食べても美味しいものなのね!」

「火を使わない料理なんて野菜サラダくらいしかないんじゃん? って思ってたけど、こんな料理があるんだなぁ……おっさん、やるじゃん。店出せるんじゃないの?」

 美味いと言いながら口一杯に料理を頬張るシキたち人間組の横で、アヴネラが控え目にサーモンを口へと運んでいる。彼女は無言のままだったが、その表情から察するに、料理の味は気に入ってくれたようだ。

 ヴァイスも、生野菜に抵抗感を示すことなく専用の器に盛った料理をばくばくと食べている。アボカドって人間以外が食べると毒になるって何かで聞いたことがあるからひょっとしたらまずかったかなと心配したのだが、召喚獣相手に俺が知ってる常識は通用しないようで、特に苦しみ出す様子もなくけろっとしているので多分問題はないのだろうと思うことにした。

 かちゃ、とテーブルの上にフォークを置くルイーゼ。彼女に出した料理は、いつの間にかすっかり器が空になっていた。

「これは、あたしの期待以上の料理だよ。まさか人間に、ここまでの料理が作れるなんてね。あんたを甘く見ていたよ」

「サービス相応の価値はあったか?」

 俺の問いかけに、彼女はふっと口の端を上げて。

「逆にお釣りが出るくらいさね。このレシピ、有難く頂戴させてもらうよ。この店の看板料理として売らせてもらおうじゃないか」

 ……まだまだ全面的な信頼を勝ち取ったとは言えないが、どうやら少しは、俺たちに対する警戒心を解いてくれたようである。

 やはり、日本の料理は最強だな。種族が違えど胃袋をがっちりと鷲掴みにして心を通わせることができるんだから。

 日本にいた頃は一人で自炊生活を送るのなんて淋しいもんだって思ってたけど、その経験がこんな風に生きる時が来るなんてな。三十にもなって未だに独身でいるのも悪いことばかりじゃないんだな、とほんの少しだけ思った。

 何だか気分がいい。

 よし、せっかくだから色々と見せてやろうじゃないか。十年かけて培ってきた俺の料理技術で、国中のエルフたちを魅了してやろう!

 そう決意して、フォルテに追加で食材を召喚してもらおうと呼びかけようとした、その時。


『──あー、おっさん君。私よ。貴方に大事な話があるから、即刻返事しなさい』


 ……今の今まですっかり存在すら忘れていた奴からの声に、高揚していた俺の気分は一気にして現実へと引き戻されたのだった。

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