第102話 家族同然の仲間
王宮の入口を出て少し進んだ場所。そこで、リュウガの後ろ姿を発見した。
彼の姿を見た通りの通行人たちが、無言のままそっと彼の傍から離れていく。視界に入ったことによって目を付けられることを嫌がっているのだろう。
昔、俺が通っていた学校にも、不良と呼ばれている奴がいた。奇抜な髪型をして制服を独特の形に着崩して廊下のど真ん中を占領するように歩いていたそいつは皆からは忌避されており、あいつが近くを通ると、誰もが目を付けられることを恐れて逃げていったものだった。
あの時に見ていた光景と、今のこの光景は、よく似ている気がする。
俺も、当時は喧嘩を吹っかけられることを恐れてあいつの傍には近付こうとはしなかった。
だが──今は、違う。
リュウガは俺たちの大事な仲間だ。避ける理由なんて、何処にもないじゃないか!
「待て!」
俺は全速力で駆けていき、リュウガの左腕を掴まえた。
リュウガが立ち止まり、ゆっくりと俺の方を向く。
触れたものを皆傷付けてしまいそうな、そんな鋭さを宿した眼差しが、腕を掴んだまま俯いてぜえぜえと荒い息を吐いている俺の姿を捉えていた。
ああくそ、体力なさすぎだろ俺!
何とか呼吸を整えて、それでも激しく上下している肩の動きはそのままに、俺はリュウガの瞳を見つめ返した。
「あんたらしくないぞ……普段の見下されたら見返してやる精神は何処に行ったんだよ。言われっ放しのまま終わりにするって、あんたはそれで納得してるのかよ!」
「オレらしくない? ……オレの、一体何を知ってるってんだよ、おっさんのくせに」
リュウガの表情が、僅かに歪む。
「甘っちょろい人生を歩んできたあんたなんかに、オレの何が分かる! 万年不良のレッテルを貼られて、したくもねぇ喧嘩ばっか吹っかけられてきたオレの気持ちが分かるわきゃねぇだろが!」
彼の左腕を掴んだ俺の手を掴んで、ぎりぎりと締め上げる。
馬鹿みたいな握力だった。普通の人間が出せる力を遥かに超えた力に握り潰されて、俺は思わず声を漏らして手を引っ込めてしまった。
「オレが幾ら笑いかけたって、周りの連中はみんな心の底からオレと仲良くしようなんざ思っちゃくれねぇ。表向きは普通に接してくれてるように見えても、目の奥に隠れた怯えの色は隠しきれちゃいねぇ……本当の意味での友達なんざ、オレにゃ一人もいなかった。いつもつるんでた不良仲間だって、本心じゃオレに潰されるのが怖ぇからオレの仲間のふりをしてただけにしかすぎねぇ。誰にとってもオレは悪者、存在しててほしくねぇ害悪なんだよ。……あんたらだって、本心じゃそういう目で見てたんじゃねぇのか? 手の早ぇ不良なんざ面倒なだけだってよ」
リュウガは周囲を見回した。
建物の物陰に身を隠しながら、こちらの様子をこっそり伺っているエルフたちの姿が見える……それを一瞥しながら、ふっと自嘲めいた笑いを零した。
「此処の連中は本当に正直さ。オレなんざいても邪魔なだけだ、悪だって真っ向から訴えてきてるからな。ああ、逆に清々するくらいだぜ」
「……本気で、そう言ってるのか」
「…………」
俺の問いかけに、彼は答えない。
沈黙したまま、俺にすっと背を向ける。
そのまま再び歩み始める彼に、俺は怒鳴った。
「言いたいことがあるなら今此処ではっきり言え、大和龍河! 自己完結して逃げるな、馬鹿野郎が!」
俺の脳裏に、ユーリルの顔がちらつく。
此処で彼をこのまま行かせたら、彼もユーリルと同じ闇の中へと堕ちてしまうのではないかと、そんな気がしてならなかった。
彼が考えた末に俺たちとこれ以上一緒に旅を続けることができないと決断を下したのなら、それは仕方がないことだと思う。その決断を突っぱねて無理矢理彼を旅の道連れにする権利など、俺にはないから。
でも、自分自身を卑下して何かを憎んだまま生きていくことだけは、してほしくなかった。
彼にも、幸福に生きていく権利はあるのだ。人と笑い合いながら、人と生きることを幸せに感じて、それを欲する当たり前のことが許されているのだ。
せめて、それだけは知っておいて欲しかった。他でもない、彼自身のために。
「俺は聞くぞ、お前が言いたいこと全部、残さずに受け止めて飲み込んでやる! 誰が何と言おうと、お前は俺の大事な仲間だからな!」
リュウガが俺たちのことをどんな風に見ていたのかは分からないが、少なくとも俺は、あいつのことを家族同然の仲間だと思っている。
一緒の釜の飯を食べて、一緒の寝床で寝て。顔を合わせたら挨拶をして、何気ない会話をして、笑って、そうして暮らしていくことができる間柄だと信じている。
あいつにも……無理にとは言わないが、俺たちのことをそういう存在として見てほしいと願っているのだ。
「……そんな漫画の熱血主人公みてぇな台詞、堂々と叫んでんじゃねぇよ。馬鹿か、おっさんのくせに」
再度、歩みを止めて。今度は振り向きもせずに、リュウガは呆れ声を漏らした。
上を向いて、はあっとわざとらしい溜め息をついて。
「あの勇者かぶれがいるから、前衛枠は十分だろ。オレなんかがいなくても、あんたらは立派にやってけるさ。……オレは、もう疲れた。元々気紛れで一緒にいただけだったからな、きっと潮時だったんだよ。──悪ィが、此処でさよならだ。おっさんよ」
右手をひらひらと振りながら、彼は歩き出す。
「……ありがとよ、オレのこと、大事な仲間だって言ってくれて。嘘だったとしても、嬉しかったぜ」
──そのまま、彼が立ち止まることは二度となかった。
彼が去っていった通りを、俺はその場に佇んだまましばらくの間見つめ続けていた。
重たい足取りで皆が待つ謁見の間に戻った俺は、皆にリュウガが旅から離脱して去っていったことを説明した。
俺の話を聞いたアヴネラは女王に怒りをぶつけていたが、女王は馬耳東風といった感じでアヴネラの訴えには全く耳を傾けていなかった。
彼女は俺たちのことも即刻国から追い出したいようだったが、それをやったら自分も王位を捨てて国から出て行くとアヴネラが言い出したので、俺たちは辛うじて追い出されずには済んだ。どうやら女王にとって、アヴネラに王位を捨てられるのは困る事情があるらしい。
俺たちは女王から、一通の手紙を渡された。光に透かすとうっすらと葉っぱの模様が見えるので、何かの植物の葉で作られた紙らしい。
女王が言うには、これは俺たちがこの国に滞在することを女王が認めた証明書のようなものらしく、これを国内で経営している宿や食事処で提示すれば、俺たちが人間であっても一応客としての待遇が受けられるようになるという。一応、の部分が微妙に引っ掛かるが、これがなければ俺たちは国内を歩くことすら憚られると言われたので、今の俺たちにとっては重要な品であることだけは理解した。
俺としては訊きたいことさえ訊ければ此処に長居するつもりはないのだが、現時点ではろくに情報が得られなさそうなので、この場は大人しく身を引いて、機会を伺うことにした。
女王が俺たちに対して持っている印象を変えることができれば、少しはこちらからの話も聞いてくれるようになると思うのだが……焦っても良いことは何もない。
俺たちはひとまずこの国での活動拠点を確保するために、国内で経営している宿を探すことにして、王宮を後にしたのだった。
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