第96話 長き争いの結末
アヴネラが放った光の矢は、咄嗟にその場を飛び退いた俺がそれまで立っていた位置を寸分狂わずに射抜き、床に突き刺さった。
あの光の矢が何でできているのかに興味はあるが、それを悠長に検証している暇はない。
矢の正体は後で落ち着いたらアヴネラにゆっくり訊くとして、今は彼女に掛けられているソウル・ストリンガーを解く方が先だ。
ジークオウルは、あの技を『魔帝から授かった魔法』と言っていた。
魔法であるならば、どんな効果を持っていようがアンチ・マジックで解除することができる。
そして、おそらく、同じ方法を使えば──
アヴネラが再度矢を放とうと俺へと狙いを定める。
動きが停止した、その一瞬。そこを狙って、俺は能力を発動させた!
「アンチ・マジック!」
虹色の光がアヴネラの全身を包み込む。
彼女の首筋に浮かび上がっていた赤い模様が、消滅する。それと同時に彼女は表情を取り戻して目を何度も瞬かせ、弓の構えを解いて呟いた。
「あれ……ボク、今、何を……」
「……嘘っ、アタシのソウル・ストリンガーが……!?」
驚愕するジークオウル。それを視界の端に捉えたまま、俺はリュウガと切り結んでいるシキに右手の人差し指を突きつけた。
「アンチ・マジック!」
アンチ・マジックフィールドに覆われたシキの右頬に浮かんでいた模様が消える。
シキはぽかんとした表情を浮かべて、辺りを見回して──リュウガから繰り出された剣での一撃を、驚きの声を上げながら受け止めた。
「おわっと……何、何!? ちょっとタンマ! 待って、暴力反対!」
「何だ、今更怖気ついたのかよ! 仕掛けてきたのはそっちだろうが!」
「待てリュウガ! シキは操られてただけだ! 戦うのをやめろ!」
二人の元に駆け寄り、慌ててリュウガをシキから引き剥がす。リュウガの力は俺とは比較にもならないほどに強いため、少しだけ勢いに引き摺られた。
何とか動くのを止めてくれたリュウガが、若干不満そうな顔をしながら俺の方を向く。
「ちっ……せっかく面白ぇとこだったのによ。そこに水を差してくれるなんざいい度胸してるじゃねぇか、おっさんよ。この落とし前はつけてくれるんだろうなぁ?」
「分かった分かった、次の野宿飯はチンジャオロースにしてやるから。だから機嫌直せ、な」
「……肉多めにしてたけのこも入れろ。んで卵たっぷりの中華スープも付けろ。それで手を打ってやる」
「ああ、分かった。そうしてやるから」
何とかチンジャオロースで釣ってリュウガを宥めて大人しくさせ、俺はシキへと視線をずらした。
シキは相変わらず状況が飲み込めていない様子で、不思議そうに俺のことを見つめている。
「あれ……みんな、お揃いで? 何で此処にいるわけ? ってかおっさん素っ裸だけど、何で? 服何処にやったの?」
「服は盗られた。そいつにな」
目線でジークオウルを指し示す。
ジークオウルは自慢の魔法をあっさりと破られたショックで混乱しているようだった。明らかに動揺した様子で、傍目から見ても逃げ腰になっているのが手に取るように分かった。
「……信じられなァい、魔帝様から授かった魔法が、こんなあっさり……人間なんかには絶対破れない魔法だって、言ってたのに……!」
「俺に魔法は通用しない。大人しく負けを認めるんだな、ジークオウル。後俺の服返せ」
ぶつぶつと呟くジークオウルに迫る。
彼女は悲鳴を上げて後退りし、べたっと張り付いた蛙のようなポーズで背後の本棚に背中をくっつけた。
「ちょっとォ! 懲りもせずにそんな貧相なモノ見せるんじゃないわよ! この変態! 女の敵! アタシの好みはそんなのよりもずっと太くて長いヤツなんだから……って何言わせてるのよっ! ほんっとおっさんってデリカシーがないわ、最低!」
今のは俺が言わせたわけじゃない。勝手にあんたが喋っただけだろうが。
胸中で突っ込む。と、それまで沈黙していたフォルテが、何を思ったのか唐突に反論し始めた。
「ハルのは貧相なんかじゃないわよ! 何も知らないくせに、知ったようなことを言わないで!」
……フォルテさんや、あんたも一体何を言ってるんだ。自分が今何を言ってるか分かってないだろ、絶対。
貧相じゃないって言ってくれるのは……嬉しくないとは言わんが。うん。
「んー、普通の時の大きさなんて参考にならないしなぁ。一見子供並みに小さいやつがいざって時はビックリサイズに化ける奴もたまにいるし?」
シキ、いちいち解説しなくていいから。後俺に同意を求めるな。俺は他の男のサイズなんぞ知らん。
このままでは最低レベルの痴話喧嘩に発展しそうな予感がしたので、俺は早々に話の流れをぶった切ることにした。
杖を片手にジークオウルに迫りながら、言う。
「もう一度言うぞ。俺から盗った服を返せ。さもないと……」
「……さもないと?」
恐る恐る訊き返すジークオウル。声が微妙に震えている。
それに対して、きっぱりと言ってやる。
「俺の杖の威力を後悔するまで味わわせてやる」
ぐっ、と左手の杖を握る手に力を込める。
「いゃああああああ!」
ジークオウルは叫びながら転がるようにその場から駆け出して、何かを俺めがけて投げつけてきた。
ぱさ、と俺の顔に当たって落ちる紺色の星模様の布。脱衣所で盗まれた、俺のパンツだった。
「おっさんの餌食になるなんて絶対に御免よォ! もう、こんな場所になんていられないわ! こんな街、欲しかったら返してあげるから好きにしなさいよォ!」
半分泣き声と化した捨て台詞を叫んで、彼女は傍にある窓めがけて突っ込んでいく。
がしゃぁん!
窓が大破して、飛び散るガラスの破片の中に紛れるようにしてカラフルな道化師の姿がその中に消える。
窓の前に、何かが落ちている。拾ってみると、それは俺が着ていたローブだった。
盗ったものを落としていくとは、よほど此処から離れることに意識を取られていて必死になっていたのか……ともあれ、あいつが此処に戻ってくることはもう二度とないだろう。
これで、ようやく、人間とエルフとの間に繰り広げられていた争いは終わりを告げたのだ。
俺はゆっくりと安堵の息を吐いて、皆の方へと振り返った。
俺と視線がぶつかったアヴネラは、苦虫を噛んだような顔をして俺からふいっと目をそらした。
「……君、最低」
ぽつりと、そんな呟きが聞こえてきた。
最低? 俺が?
俺、何か変なことしたか?
頭に疑問符を浮かべながらフォルテの方を見ると、彼女は何やらもじもじとしながら顔を赤くしている。
「おっさん……さっきの台詞は女相手に聞かせるにゃ流石にどうかってオレは思うぜ」
苦笑いしながら肩を竦めるリュウガ。
さっきの台詞?
首を傾げる俺に、シキからとどめの一言が放たれた。
「そうだなぁ……裸の男にナニを見せられながら俺の杖の威力をなんて言い方されたら、お前を犯すぞって言われてる風にしか聞こえないよな! 俺、男だけどそう聞こえたし! 大勢の前で堂々とそんなことが言えるなんて凄い度胸だなって感心しちゃったね!」
「……あぁあああああ!?」
俺の素っ頓狂な叫びが、屋敷全体に響き渡った。
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