第71話 夢と娯楽の街ルノラッシュシティ
男の歳は多分三十くらいってところだろう。若くは見えるが子供って感じもしない、俺と似たような『におい』を感じる奴だった。
昔何かに斬られたのか獣にでも襲われたのか、右の頬に斜めに入った大きな傷痕がある。顎には髪と同じ色の髭が生えているが、御世辞にも似合っているとは言い難かった。
持っているのは、小さな肌色の肩掛け鞄がひとつだけ。武器の類はない。こんな
しかし……何で此処に落ちてきたのだろう、この男は?
俺が小首を傾げていると、男が静かに目を開けた。どうやら意識を取り戻したようだ。
「……おのれ……
男はぎりっと歯を噛み締めて、呻くように言葉を漏らした。
こいつ、
空を飛んで人間を投げ落とすことができるような奴までいるとは、
と、感心してる場合じゃなかった。こいつが怪我をしているようだったら治してやらないと。
「あんた……結構高いところから落ちてきたみたいだが、大丈夫なのか? もしも何処か痛いところがあったら治療してやるが」
「……おれは大丈夫だ……こう見えてもそれなりに鍛えているから体の頑丈さには自信がある。だが、乗っていた馬が……」
男は多少ふらつきながらも上体を起こして、悔しそうに言った。
「
………………
それって、ひょっとしなくても……アヴネラがさっき起こしてた竜巻のことか?
こいつは、通りすがりに運悪くアヴネラの魔法に巻き込まれた被害者?
何てこった。何やらかしてくれてるんだよあの姫様。
でも、こいつはさっきの竜巻を
俺はアヴネラの過失を
「それは……何と言うか、災難だったな。うん」
「……そうだ、荷物は……荷物は無事か?」
男は急にはっとして、自分が肩から下げている鞄の中身をごそごそと漁り出した。
ややあって、ほうっと安堵の息を吐く。
「良かった……壊れてなかった。これで先方との約束を破らずに済む」
「仕事か何かの途中だったのか?」
「ああ……ルノラッシュシティのある場所に届け物をしに行く途中でな」
「ルノラッシュシティか……俺たちも、丁度そこに行こうとしてた最中だったんだよ。闘技場でやるっていう大会に参加するために」
「大会……ひょっとしてスレイヤーズ・コロシアムのことか?」
アヴネラは大会の名前は言っていなかったが、闘技場で開かれる大会なんてそう何種類もあるわけないだろうし、きっとそうなのだろう。
俺が頷くと、男は鞄の口を閉じて笑った。
「そうか。それなら……おれが口利きしてやるよ。お前たちがコロシアムに参加できるように取り計らってやろう」
何でも、その大会に参加するためには、参加者としての登録費用と称した金が必要になるらしい。
その金額は、一人につき十万ルノ。これは大人だろうが子供だろうが関係なく一律で同じ金額である。
文字通り己の命を賭ける大会なのにこれだけの金額を要求されるのは、それだけの金を稼げるほどの実力がある戦士であることを証明するためでもあるらしい。十万ルノは冒険者ギルドのお使いレベルの
現在、俺の手元には現金で五十万ルノほどの資産がある。これはファルティノン王国で円卓の賢者たちから魔帝討伐のための支援と称して貰った金だ。大会の参加費用くらい、払うのは容易だが……十万は決して安い金じゃない。節約できる方法があるのなら活用したいところだ。
しかし、参加費用を支払わずに大会に参加できる方法ってのは、一体……
尋ねると、男は頭を掻きながら受け流すように答えた。
「ああ、何てことはない理由さ。コロシアムの運営責任者とおれは顔馴染みでな、互いに仕事で色々口利いたり世話したりし合ってる仲なんだよ。コロシアムに冒険者を飛び入り参加させるくらい何てことはないだろ、目玉が増えるとなっちゃ主催としても嫌な顔はしないはずさ」
「俺たちからしたら金がかからないってのは有難い話だが……どうして、初対面の俺たちにそんな親切にしてくれるんだ?」
男は、ちらりと脇の方に目を向けた。
黒と赤の石で化粧された世界、その中で最後の
「
「……そ、そうか」
……あの竜巻を起こした張本人がアヴネラだと知ったら、怒るだろうな……こいつ。
絶対に言わないぞ。無用な争いを起こさないために。
俺は思わず動きがぎこちなくなりそうな顔の筋肉を懸命に動かして笑顔を作って、宜しく頼むと男に対して右手を差し出したのだった。
それから四時間ほど街道に沿って歩き続け、俺たちは夢と娯楽の街と呼ばれているルノラッシュシティに到着した。
背の高い煉瓦の塀を越えた先に広がっているのは、賑やかな色彩の看板を掛けた、色も形もばらばらの屋根をした建物が連なっている光景だった。某巨大テーマパークの中に造られた色々な国の風景をごちゃ混ぜにしたような街並みって感じである。これで音楽が流れていたらまさにそれっぽい雰囲気全開だ。
看板が掛かってるってことは、何かの店ってことなんだよな。この建物全部。
この街の規模がどの程度のものなのかは分からないが、一区画が丸ごと賭博場になってるってソルレオンも言ってたし、色々な意味で退屈とは無縁そうな場所がしばらくの間は続きそうである。
「すげぇな、これ全部が賭け事のできる店なんだろ? こういうのってゲームの中だけの世界ってイメージがあったけど、現実にあるもんなんだな……」
「ファルティノンとはまた違った活気があるわね。噂には聞いてたけれど、こんなにお祭みたいな雰囲気の街だとは知らなかったわ」
「……ボク、嫌いだな。この雰囲気。空気が悪いし、音もうるさい。よくこんな環境の中で平気で住んでいられるよね、人間って」
皆は俺の後方を歩きながら街並みに対する感想を口にしている。
ソルレオンから教わったこの街についての情報は皆には話してあるから、一人で勝手に行動したりはしないだろうが……人に接触するのが常に俺たちからだとは限らない。近付いてくる人間には注意しないとな。
ガクと名乗った男は、俺の一歩前を黙々と目的地に向かって歩いていた。
これまでに何度もこの街で商売をしてきたという彼は、此処での身の振り方をきちんと心得ているのだろう。極力余計な人間と目を合わせないようにしているかのように、周囲には一瞥もくれずにまっすぐに前だけを見据えている。
この街について色々と知っているなら話を聞いてみたかったのだが、この雰囲気ではおいそれと話しかける気にはなれなかった。
そんな感じで街に入って三十分ほど大通りを進んでいった俺たちは、遂に目的地である闘技場へと到着した。
外観は、石造りではあるが野球のドームに何となく形は似ている。円盤状の建物の壁には色とりどりの垂れ幕や旗が掛けられて、篝火を焚いたポールのようなものが建物をぐるっと取り囲むように等間隔に設置されていた。俺たちが立っている建物の入口は、建物の大きさと比較すると微妙に小さく作られており、受付用の窓口が設けられているところは映画館の入口を彷彿とさせる造りだった。
窓口には、若いお姉さんが立っていた。付け耳や尻尾はないが、バニーガールの衣裳によく似た露出の高い黒い服を着ている。従業員の制服としてはこれはどうなのかとも思ったが、この闘技場も娯楽施設のひとつなのだと考えると、まあそういうこともあるんだろうと最終的には納得できた。
ガクは俺たちを残して一人で受付に行き、お姉さんと話をし始めた。
そのまま一分ほど話し込んだ後、彼はこちらへと戻って来て、受付を親指で指し示しながら言った。
「それじゃあ、おれはこのまま仕事をしに行くよ。話は通したから、お前たちはそこの受付でコロシアムの参加手続きをするといい」
「分かった。色々ありがとな、助かった」
「入賞できるといいな。頑張れよ」
ガクは手を振りながら闘技場の中へと入っていった。
「それでは、手続きを行いますのでこちらにいらっしゃって下さーい」
受付のお姉さんが俺たちを呼んでいる。
何事も、始まりが肝心だ。アヴネラの目的である原初の魔石の入手は元より、俺たちがエルフの国で魚人族の情報を手に入れられるかどうかも懸かっているのだから、真剣に事に挑まねば。
俺は気持ちを引き締めて、大会の参加手続きを済ませるためにお姉さんが待つ受付へと向かった。
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