第53話 全ての魔法を知る女
俺は、自慢ではないがアルテマに関しては他の魔法使いよりも詳しいという自負がある。
この世界に召喚されてからしばらくの間、アルテマ以外の魔法をろくに使ってこなかったからある意味当然だ。
アルテマの光は、基本的に青白い色をしている。何らかの拍子に化学反応とかを起こしたらその限りではないかもしれないが(そもそもこの世界に化学があるとは思えないが)、粛清の光と呼ぶに相応しい綺麗な色をしているのだ。
しかし、目の前にあるこの光の色は白。混じり気のない色をしている。
ここ最近になって魔道大全集を読んで魔法の知識を得たことによって、分かったことがひとつある。
それは、精霊魔法は属性の種類によって発現する光の色が異なるということだ。
例えば、火魔法は赤、風魔法は黄緑、雷魔法は紫、爆発魔法は茜といった具合に(アルテマは青白いが)分かれているのである。
白は、光魔法を象徴する色だ。だから、この魔法がアルテマでないことは一目瞭然なのだ。
少女が言っていたように、この魔法の正体がライティングショックであることはまず間違いないだろう。本来の魔法の名を唱えずに効果を発現させられたその仕組みについては分からないが、何にせよ、こんなものなど俺にとってはただの小技であることに変わりはない。
俺がこの場で本物のアルテマをぶつければ、この光を吹き散らすことは容易いだろう。だがおそらく、それだけでは終わらない。魔法を貫通したアルテマが髑髏男に直撃し、相手をばらばらにしてしまう可能性が高い。それは流石にやりすぎだと俺は思う。
同じライティングショックを放てば宙で狙撃することは可能だが、真っ向から激突して爆発した魔法の余波が周囲にどれほどの影響を出すかは分からない。これだけ周囲に人が集まった状態でそれをやったら、下手をしたら怪我人が出るかもしれない。それはそれで困る。
周囲に影響を一切出さずに、この魔法を何とかする──
これしか、ないよな。
俺は右の掌を、迫り来る光を受け止めるような形に翳し、その名を紡いだ。
「──アンチ・マジック」
俺の前に、虹色の光の壁が展開する。それはライティングショックの光を受け止めて、跡形もなくその光を消し去った。
ざわっ、とどよめくギャラリー。魔法を放った髑髏男も、まさかこんな魔法の防ぎ方をされるとは思っていなかったようで、目をまん丸に見開いている。
「……な、何だ今の……あんな魔法、あるのか? 魔法を消し去る魔法なんて、聞いたことないぞ」
「対価は? あいつ、対価使ってなかったよな。対価もなしに魔法を撃てるのか? あのおっさん」
やっぱり、魔法王国と呼ばれているだけある。アンチ・マジックが普通の技じゃないと気付く奴が此処にはいるようである。
フォルテとユーリルが今まで何も言ってこなかったのは、おそらく二人がアンチ・マジックの存在を「きっとそういう魔法があるのだろう」程度にしか考えていなかったからだろう。
已む無しとはいえ、こんな公衆の面前で使ったのは流石にまずかったかな。
まあ、やってしまったものは仕方がない。今は目の前にある問題を片付ける方が先だ。
俺はアンチ・マジックフィールドを右腕を振るって消して、髑髏男を見据えた。
「これが、アルテマだって? 随分としょぼいアルテマがあったもんだ。アルテマは世界最高峰の魔法なんだろ? 同じ魔法使いとして、流石にこいつは情けないと思うぞ」
「お、俺のアルテマを……何だてめぇ、一体今何をしやがった!?」
「そうほいほいと手の内を明かすわけないだろ。格好だけの見栄っ張りなんかには。今のはああいうもんなんだって適当に納得しといてくれよ」
「っな、見栄っ張り……!?」
「何だよ、本当のことじゃないか。本当のことを言って何が悪いんだよ。……それじゃあ、今度は俺の番だな。後学のために、特別に見せてやるよ」
両手を胸の前に持っていき、何かを持つような形に構える。
念を込めてやると、掌の間に、眩い青白い光の玉が出現した。
俺が今抱えている魔法の光の正体が何なのか。髑髏男はそれを一瞬で悟ったようである。それまで品のないごろつきのようだった顔が、瞬間的に蒼白化した。
「そっ、まさか、それは、本物……!?」
「俺のアルテマは
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!」
にたり、と笑みを浮かべると、髑髏男は悲鳴を上げながらこの場から逃げ出した。
周囲の群衆を押し退けるように集まりの外に飛び出していき、あっという間に姿を消した。何だよ、如何にもって格好してる割に気の小さい奴だな。ただアルテマを食らわせてやろうかって言っただけじゃないか。
……まあ、普通は嫌がるか……全身吹っ飛ぶなんて聞かされたら。
俺は肩の力を抜いて、手中のアルテマの光を消し去った。流石にこんな場所でこんな魔法をぶっ放したら騒ぎになるだけじゃ済まないからな。
騒動が終わったと知れると、周囲のギャラリーたちも興味を失ったようで自然とばらけていった。中には男らしかったとか格好良かったと声を掛けてくれる人もいたが、そんな人たちには軽く愛想笑いを返して見送った。
後に残ったのは、俺の身内と助けられた少女のみ。
少女は信じられないものを見るような目で、俺のことを見つめていた。
「い、今のは一体何なんですかぁ……魔法を消し去った、あの障壁。あれ、明らかに魔法じゃありませんよねぇ……?」
「……ああいう魔法なんだよ。魔法ってのは物凄い種類があるからな、あんたが知らない魔法があったって不思議でも何でもないだろ?」
「そんなはずはありません! わたしは、自慢じゃないですけどこの世に存在する全ての魔法を知っているんですぅ! そのわたしが知らない魔法が存在するなんて、あるわけないじゃないですかぁ!」
俺の誤魔化しは、あっさりと少女に看破されてしまった。
自慢じゃないって言うけど、全部の魔法を知ってるって、何気にとんでもないことをさらりと言ったなこの子は。
魔道大全集を読み込んだ俺ですら、全部の魔法を思い出すのは至難の業だというのに。
歳か。これが歳の差というやつなのか?
少女は早足で俺の目の前に駆けて来ると、俺の両手をがしっと掴んだ。
「是非とも、わたしの研究室に来て下さぁい! さっきの魔法を消した力についての話、もっと詳しく聞かせてほしいですぅ! ひょっとしたら貴方の持つ力が、魔帝に対抗するための武器を生み出すきっかけを与えてくれるかもしれないんですぅ!」
「ちょ、ちょっと待て。落ち着いてくれ。な」
両手をぶんぶんと振るう少女を宥める俺。
ちらっとユーリルの方に視線を向けて、言葉を続けた。
「俺たちは暇ってわけじゃないんだ。今、アインソフ魔道目録殿ってところの責任者に届け物をしに行く途中でな、それが終わってからなら、話くらいならしてもいいんだが」
「アインソフ魔道目録殿……?」
少女は一瞬呆けたような顔をして、目をぱちんと瞬かせて。
ぱっ、と笑顔になった。
「なぁんだ、そうだったんですかぁ。安心して下さい、それ、わたしのことですよぉ」
「……へ?」
今度は、俺が呆けた顔をする番だった。
少女は俺の手を離して、胸元に手を当てて深々とお辞儀をした。
そして、こう言ったのだった。
「わたしの名前はミライ・アベルクゥガといいますぅ。アインソフ魔道目録殿の管理責任者を任されている、一応これでも円卓の賢者の一人なんですよぉ」
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