第52話 おっさん、テンプレに物申す
ファルティノン王国。
まるで素焼きの陶器のような白い石で建てられた建物が並ぶ風景は、今までに立ち寄った街とは異なる不思議な雰囲気があった。
今まで目にしてきた建物は、色こそバリエーションに富んでいたがどれも基本的に煉瓦造りだったため、この世界では家を建てるには煉瓦を使うのが一般的だと思っていたのだ。
しかし此処の建物には、煉瓦を組み上げた時に必然的にできる石の継ぎ目というものがない。食器や壺を作るように粘土を建物の形に作ってそのまま焼き上げたのではなかろうかと思いたくなるほどに、綺麗な面をしていた。日本には漆喰とか綺麗な継ぎ目のない壁を作る技術は当たり前のように存在しているが、この世界にもそれに匹敵するほどの建築技術があったことには驚きである。
道も道路を彷彿とさせるような継ぎ目のない石でできており、等間隔に設置されているオブジェは街灯だろうか、雫型の巨大な水晶のようなものを吊り下げた樹木のような形をした置き物がずらりと道に沿って並んでいる。
道行く人々は、明らかに魔法使いと分かる格好をした者ばかりだった。魔法王国と言うだけあって、此処には世界各地から多くの魔法使いたちが集まっているようである。
彼らの服装を見ていると、つい自分の着ている服に視線を落としてしまう。
今の俺の格好、魔法使いって言うよりその辺にいる町人その一って感じだよな。これは旅人が普通に着ているオーソドックスな服だって言うけど、一目で魔法使いだと分かるような格好じゃないし。
俺も、フォルテやユーリルみたいにもっと魔法使いらしい服を着るべきなんだろうか。
などと考えながら通りを進んでいると。
「後生ですぅ! 誰か、助けて下さぁいっ!」
何処かおっとりとした雰囲気を持つ若い女の叫び声が、通りの向こうから聞こえてきた。
このシチュエーションは、何だかロクワ山道でユーリルが野盗に襲われていた時によく似ている気がする。
でも、此処は街の中だ。入国審査まで行っているこの場所に、野盗なんてものがいるとは思えないのだが……
「まあ、野盗に限らず馬鹿は何処にでもいるもんだからな」
溜め息をつきながら、がりがりと髪を掻くリュウガ。
「大方、酔っ払いが暴れてでもいやがるんだろ」
面倒臭ぇな、とぼやいて、声のした方へと早足で歩いていく。
俺たちも慌ててその後を追いかけた。
明らかに民家と思わしき建物が並ぶばかりの通りの一角に、人だかりができている。
集まっている人を掻き分けて輪の中に入ると、輪の中心に魔法使いと思わしき格好をした大柄な男が腕を組んで佇んでいるのと、その前で小柄な少女がぺたんと座り込んでいるのが見えた。
少女の方は、水色の前垂れが付いた真っ白なローブを身に着け、顔の大きさに不釣合いな大きい眼鏡を掛けている。髪は微妙に赤味掛かった金色のボブカットで、よく手入れされているのかふわふわだ。魔法使い……と言うよりは、家に引き篭もって黙々と研究に勤しんでいるタイプの学者って感じの娘である。
一方の男は、袖のない黒のローブを身に着けて、首や腰にじゃらじゃらと何かの頭蓋骨のような飾りを大量に下げている、何と言うか子供の頃に読んだ童話に出てくる悪い魔法使いをそのまま形にしたような出で立ちだった。髪は頭頂部だけを伸ばして三つ編みにしており、残りの部分は見事に剃り上げている。何かの漫画にこういう顔の悪役が出てたよなとちょっとだけ思った。何なんだよあの髑髏は。
この状況下で、少女と男、どちらが悪役か。疑う余地もなかった。まあ少女の悲鳴が聞こえてきてたし見るまでもなく確定的なんだが。
俺は隣でこの状況を傍観している魔法使いっぽい男に小声で話しかけた。
「おい、あんた魔法使いだろ。助けてやれよ、あの女の子困ってるじゃないか」
俺の言葉に、魔法使いはぎょっとした顔をして慌てて首を左右に振った。
「ばっ、馬鹿言うな! あいつ、アルテマ使いなんだぞ! 敵うわけないだろ! アルテマを撃たれておしまいだ!」
あいつ、というのはどうやら髑髏男の方を指しているようだが……
アルテマは、髪一本程度の対価ではとても操ることができない大魔法だと聞いている。もしもあの髑髏男が本当にアルテマを使えるのなら、魔法使いとして一流の腕を持っていることになる。
でも……何と言うか、それほどの魔法の使い手には見えないんだよな、俺からしたら。
人間見た目じゃない、とは俺がよく言っている台詞ではあるが、それとは別次元の問題で、こう……匂いが違う気がするのである。
「もういっぺん訊くぜ、お嬢ちゃん。俺の何処が賢者に相応しくねぇってんだ? 俺がアルテマ使いだってのはさっき見せてやっただろうが」
「だ、だから……あれはアルテマじゃないってわたしは言ったはずですぅ……」
威圧の目を少女に向けて、髑髏男が言う。随分とダミ声だ。あんな聞き取りづらい声でちゃんと魔法を唱えられるのだろうか。
少女は怯えきった眼差しで髑髏男を見上げながら、か細い声で答えた。
「あれは、アルテマじゃなくてライティングショックっていう光魔法を、光量を調整してそれっぽく見せているだけの偽物ですぅ。魔法の威力を調整できるのは凄いと思いますけどぉ、それをアルテマだって嘘をつくのは良くないですよぉ……」
ライティングショックというのは、物理的破壊力のある光を球状にして撃ち出す光魔法の一種だ。それほど扱いの難しい魔法ではないので、魔法使いならば殆どの者が使うことができるだろう。
確かにあれは、アルテマと見た目がよく似ている。アルテマを話でしか聞いたことがない人が見たら、勘違いすることもひょっとしたらあるかもしれない。
少女の言葉を聞いた髑髏男の表情がみるみる険悪になっていく。
奴は少女に掴みかからん勢いで、怒鳴った。
「ああ!? だったらてめぇが直接食らってみるか、俺のアルテマをよぉ! 物分りの悪い奴には直接体に言って聞かせろって言うしなぁ!」
「きゃーっ! 誰か、助けて下さいぃ!」
この場にいる群衆は皆青い顔をしているが、髑髏男に向かっていく度胸はないのか、この様子を黙って見ているばかりだ。
おそらく、髑髏男がもしも本当にアルテマを撃ってきたら……と思っているのだろう。
俺は斜め後ろで面倒臭そうに事の成り行きを見つめているリュウガに耳打ちした。
「……放っておくのもあれだから、止めるぞ。一緒に来い」
「ハッタリだとは思ってるけどよ、マジでそんな物騒な魔法使われたらオレじゃどうにもならねぇんだけど」
リュウガは介入するのにあまり乗り気ではない様子だ。
俺は小さく溜め息をついた。
「……分かったよ、俺があの男を何とかするから、女の子の方を頼む」
「とか言って、あっさり吹っ飛ばされたりすんなよ? おっさん、結構とろいからな」
「いつも一言多いんだよ、あんたは」
リュウガの脇腹を肘で小突いて、俺は群集の輪を抜け出て髑髏男の前へと進み出る。
髑髏男の視線が、少女から俺の方へと移った。
「……何だぁ? おっさん、俺は今この女と大事な話をしてる最中なんだ。吹っ飛ばされたくなかったら今すぐこの場から消えな、目障りだ」
「はぁ、何で悪役ってのはお決まりの台詞しか言わないんだろうな。こうもテンプレ通りだと、この後の展開も見え見えって感じがして面白くないんだが」
「ああ、何だと!? 今なんつった!」
「別に。こっちの話だ。気にするな」
俺は肩を竦めつつ、ちらりと後方を見やった。
リュウガが、少女の手を引いてこの場から離れているのが見えた。これで、多少こいつが暴れても怪我人が出ることはないだろう。
俺はへらっと笑いを零しながら、言った。
「さて、こう見えても俺にも用事があるんでね。事はさっさと済ませたいんだ。あんたの御自慢のアルテマとやら、見せてくれよ。……本当に、撃てるなら、な」
「……てめぇ、命いらねぇみたいだな。俺を挑発するなんざいい度胸だ。そいつだけは褒めてやる」
髑髏男のこめかみに青筋が浮かんだ。余分な髪がないので分かりやすい。
三つ編みの先から髪を一本引き抜き、ばっ、と何やら大仰な身振りで構えを取ると、奴は声を張り上げた。
「そこまで言うなら見せてやらぁ! 消し飛びな、おっさんよぉ!」
でかい髑髏の飾りが付いた指輪を填めたごつい掌を俺へと向けて、叫ぶ。
「アルテマ!」
真っ白な光を放つ巨大な光の玉が生まれ、俺めがけてまっすぐに飛んでくる。
俺は首を傾けながら、迫り来るそれを微妙に呆れた顔をして見つめていた。
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