第31話 更に東へ

 街中の旅人たちや兵士たちと協力して、どうにか俺たちは街を徘徊している全ての虚無ホロウを討伐した。

 襲撃を受けたのはほんの一区画だけではあるが、被害は結構大きく、死者もかなりの数が出た。虚無ホロウと戦って斃れていった戦士もいるが、その犠牲者の殆どは何の戦う力も持たない一般人で、中にはまだ年端もいかない子供もいたという。

 俺は、如何に虚無ホロウがこの世界の人間にとって驚異的な存在であるかを今回の事件で思い知らされた。

 俺にとって虚無ホロウは魔法一発で吹き飛ばせる何てことのない存在だが、それを当たり前のことみたいに思ってはいけないのだ。

 怪我人はたまたま街に滞在していた神官の魔法や冒険者ギルドが提供したポーションによって治療され、壊された建物も時魔法を操れる魔法使いたちが手分けして修復した。

 俺も回復魔法や時魔法が使えるので、協力を名乗り出て皆と一緒に怪我人を治療したり建物を修復して回った。

 俺が対価を使わないで色々な魔法を使ってることに街の人たちは酷く驚いていたが、助けてもらっているという恩があるからか、そのことを深く追求してくる人はいなかった。

 そうしてどうにか全てが片付いた頃には、日はすっかり暮れていた。

 ようやく一息ついた俺たちは、買い物をしに商店街へと足を運んだ。

 目的は、旅の食材として妖異の肉を確保するためである。

 通常だとすぐに鮮度が落ちてしまうため保存するには向かない妖異の肉も、時間経過停止の魔法が秘められているボトムレスの袋がある今なら幾らでも持ち運ぶことができる。流石に資金の問題があるので爆買いはできないが、長く味わえるように色々な種類の肉を多めに見繕うつもりだ。

 俺は店主にお勧めを聞きながら、買う肉を選んでいった。ローグパイソンの肉も売られていたので、それもちゃんと確保したぞ。あの串焼き、美味かったもんな。

 しばらく肉は召喚してもらう必要はなさそうだな。大満足だ。

 買い物を済ませたら、宿へ向かった。

 この世界の宿というものは日本の旅館とは違ってただ寝るための場所を提供するだけの場所であるらしく、食事は基本的に付かない。風呂も貴族や王族のような上流階級の人間が使うもので、普通の宿にはないことの方が多いらしい。

 日本人にとって風呂は日々の生活とは切り離せないものだから、宿に風呂がないという現実は俺にとっては地味にショックだった。

 一般人は風呂に入らない代わりに、水で絞った布で体を拭いて済ませているという。宿で部屋を借りたら水が入った木の桶と固くて薄い麻布を渡されたが、布の感触がどうも俺の肌に合わなかったので、俺は体を拭くのを断念した。

 よくこんな固い布で体を拭けるもんだ。この世界の人間は肌が頑丈なんだな。

 部屋を借りたら宿の近くにある食事処で夕飯を食べた。やはりこの店も妖異の肉を使った料理をお勧めとしてプッシュしているらしく、色々な種類の肉を味わうことができた。メニューがステーキかソースの掛かってないフリカデレ(見た目はハンバーグにそっくりな、挽き肉を丸くして焼いた料理だ)しかないのは、きっとそれくらいしか手の込んだ肉料理というものがないからなのだろう。

 肉自体の味が濃いので調味料の味付けがなくてもそれなりに美味いとは思ったが、やはり付け合わせのソースが欲しいところだ。

 定番のデミグラス、摩り下ろしにんにくのソース、醤油ベースで和風っぽく仕上げてもいいかもしれないな。

 今度野宿飯を作る時にでも作ってやるとするか。

 そんな感じで夕飯を済ませて腹を満たした俺たちは、明日朝早く出立することを考慮して早めに宿に戻り、就寝した。

 ベッドは俺が日本で使っていたものと比較すると固いし体に掛けるものは薄い毛布一枚しかなかったが、地面に直に寝る野宿の時よりは寝心地が良かった。色々あって疲れていた俺は、ベッドに横になってすぐに寝てしまった。


 翌朝。俺たちは日の出と共に、ウルリードの街を発った。

 ひたすら東を目指してアマヌ平原を横断し、二日かけて、雑草しかない緑の土地を越えた。

 平原が終わったその先は、一転して植物が殆ど生えていない岩ばかりの谷になっていた。

 ウルリードの街で購入した地図を広げて確認すると、地図の端の方に、この谷のことが記されていた。

 此処は──シルクライン峡谷、というらしい。地図によると結構大きな谷らしく、土地を東と西に二分する勢いで南北に伸びている様子が描かれている。

 この谷を抜けなければ東へは行けなさそうだが……どうやって抜ければ良いのだろう。

 こんな時は、魔法の出番だ。

 俺は目を閉じて、小さく魔法を唱えた。

「ホークアイ」

 意識が体から抜け出て空高く舞い上がるような感覚を感じる。

 閉じているはずの目に、谷を真上から見下ろしている様子が映った。

 ホークアイ──視界を飛ばして遠く離れた場所の様子を見ることができる、千里眼の魔法である。

 変わり映えのない崖の景色が続いている……谷に橋が架けられているといったことは、なさそうだ。

 ……ん?

 ある箇所に到達したところで、流れるように動いていた視界の動きが止まる。

 そこも一見すると他の場所と同じような崖ではあるのだが、注意深く見てみると、崖に沿って下り坂のような細い道があることが分かった。

 道幅は、大人一人がぎりぎりで立って歩けるくらいのものだが……通ることはできそうだ。

 ひょっとして此処から谷底に下りて、向こう側に渡るのか?

 他に道らしい道もないし、此処で突っ立っていても谷を越えられるわけではない。ここはこの道が向こう側に抜けられる道であることに賭けて、行ってみることにしよう。

 俺は魔法を解除して、傍の崖から恐る恐る谷底を覗いているフォルテたちに道を発見したことを伝えた。

 一歩間違ったら真っ逆さまだ……慎重に進んでいかないとな。

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