第15話 旅は道連れ世は情け
男はユーリルと名乗った。
本名、ユーリル・アロングランデ。俺たちと同じように魔法王国ファルティノンを目指して旅をしている魔法使いだ。
年齢は何と百十歳。それを聞いた時最初俺は自分の耳を疑ったが、大して驚くことじゃないと彼はその理由になるものを俺に見せながら笑ったのだった。
笹の葉っぱのようにすっと尖った、長い耳。
「私──エルフなんですよ」
この世界には、人間以外にも亜人種と呼ばれる人間とよく似た姿を持った種族が暮らしているらしい。
そのうちのひとつが、エルフ。森人とも呼ばれており、人間の五倍ほどの寿命を持ち、長い耳と男女共に美形揃いであることが特徴の種族だ。人間よりも魔法を操る才に長けており、魔法の行使に対価を必要とする点は人間と変わらないものの、人間よりも遥かに優れた威力の魔法を扱うことができるという。
エルフは独自の国を持ってそこで暮らしていることが多く、他国に出てくることが滅多にないらしい。全くいないというわけでもないようだが、人間の国で見かけるのはかなり珍しいことだとフォルテは驚いた様子で言っていた。
それに関しても、彼は特別な事情があるわけではないと言った。
「私はこの国で生まれたんです。元々、此処が故郷なんですよ」
何でも彼の両親が旅人だったらしく、二人がこの国に移住することを決めたからそうなっただけだとのこと。
その両親は彼が幼い時に病気で死んでしまったが、両親の友人である人間の魔法使いに引き取られ、何不自由することもなく暮らしてこれたらしい。
いつか自分も両親のように世界中を見て回れるような旅人になりたい。そのために立派な魔法使いになりたい。
新たな育ての親の元で暮らすようになってからは、それを人生の目標にして日々魔法の鍛錬に勤しんできた。
しかし、彼には問題があった。
どういうわけか、彼の魔法の腕前はエルフとは思えないほどに壊滅的だったのである。
魔法の基礎は彼の育ての親である魔法使いから一通り教わっている。対価もきちんと使用している。それなのに、満足のいく結果が得られたことは一度たりとしてなかったのだ。
火魔法を使おうとしても煙が立つだけ。風魔法を使っても小石すら転がせず、水魔法に至っては自分の手が濡れるばかり。
果てには「お前は魔法を使うことに向いてないんじゃないか」と言われてしまう始末。
それでも、彼は魔法使いになることを諦めはしなかった。
その後、時が過ぎ──育ての親が寿命でこの世を去ってからは、現在の師匠に師事して鍛錬を続けてきた。
そんなある日。彼の師匠は、ひとつの本を彼に渡してこう言ったという。
この本をファルティノン王国にあるアインソフ魔道目録殿にいるある人物の元まで届けてほしい、と。
その本の名は、魔道大全集。この世界に現存する全ての魔法についてを記した貴重な品で、この本に記されている全ての魔法を会得できた魔法使いは神に匹敵する存在になれるとまで言われているものらしい。
何故そのような貴重なものを辺境の街に住む一介の魔法使いが持っていて、ろくに魔法も使えない弟子にそれを預けたのは謎ではあるが。
師匠には何かの考えがあるのだろうと、彼は深く考えることもなくファルティノン王国を目指して旅に出たのだという。
そして、野盗に襲われて──たまたま近くにいた俺たちに助けられた、ということらしい。
今まで無事に旅をしてこれたのは、おそらく運が良かっただけなのだろう。
「私は……何としても、この本を届けなければなりません。これからどんな危険な目に遭おうとも、旅を投げ出すわけにはいかないのです」
ぐっ、と魔道大全集を抱く手に力を込めて、ユーリルは俺の目を真っ向から見据えて、言った。
「貴方たちも、ファルティノン王国に向かっているとのこと……お願いします、私を、ファルティノン王国まで連れて行って下さい! ちゃんと、御礼はしますから!」
「……うーん」
俺は頭を掻いた。
ユーリルは、本気だ。此処で俺が何と言ってもおそらく彼は引き下がらないだろう。
まあ、俺には特に断る理由はないし、どうせ行き先は同じなのだから、旅をするついでに連れて行ってやっても良いかなとは思っている。
話を聞いた感じじゃ自衛手段が全然ないみたいだから、何かあった時は俺が守ることになるんだろうけれど。
全く……力があるというのも、楽なもんじゃないね。
俺はふっと息を吐いて、ユーリルの肩をぽんと叩いた。
「分かったよ。あんたのことは、俺が責任持ってファルティノン王国まで届けてやる」
「本当ですか!」
縋り付くように俺に迫るユーリル。
美形ではあるが……男に迫られてもあまり嬉しいもんじゃないな。
落ち着け、と言って彼を傍から引き剥がし、俺は笑顔を見せた。
「ああ。男に二言はない。約束してやるよ」
「ありがとうございます!」
ユーリルはがばっと体を二つ折りにして頭を下げた。
それから天を仰いで何やら「神は私を見捨ててはいなかった」などと言い始めたので、その様子が大袈裟で何だか可笑しく感じた俺はフォルテと顔を見合わせて微苦笑した。
それからは特に何事もなく順調に旅は進み、フォルテが予想していた通りに日没の頃に俺たちはロクワ山道を抜けた。
そろそろ夕飯の時間だ。食う奴が一人増えたことだし、せっかくだからあっと驚くような料理を作ってささやかな歓迎会を開いてやろう。
何を作ってやろうか。地平線の上にぼんやりと浮かぶ月を眺めながら、俺はあれこれと考えを巡らせるのだった。
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