第14話 おっさん、脅す

 ロクワ山道。山道と呼ばれているからにはてっきりハイキングコースのようなそこそこの勾配の道が続いている場所だと思っていたのだが、俺の予想に反して、緩やかな上り坂が続いている散歩道のような道だった。

 翌日筋肉痛になることを覚悟していたから、有難い誤算である。

 視界を遮るような背の高い植物や岩なんかの障害物が殆どないので、遠くの景色がよく見える。

 柔らかい日光を全身に浴びながら、俺たちは焼き鳥を頬張りつつのんびりと先を目指して歩いていた。

「んー、美味しい! その辺の屋台で買える串焼きとは全然違うわ!」

「炭火で焼いてるからな。余分な脂が落ちるし風味も付くから塩だけでも十分に美味いよな」

 フォルテは感激した様子で焼き鳥を味わっている。

 この焼き鳥は小腹が空いたので何か手軽につまめるものが欲しいということでフォルテに召喚してもらったのだが、彼女にも好評なようで何よりだ。

 これで冷えたビールがあれば最高だったのだが、今は山登りの最中なのでそれは流石に自重した。ビールはゆっくりと味わうものだと思うし、何より真っ昼間から飲んだくれになるほど不真面目なつもりもないからな。俺は。

 食べ終わった後の串を火魔法で燃やして処分し、俺はフォルテに尋ねた。

「後どれくらいかかりそうか? 此処を抜けるのに」

「うーん」

 フォルテは地図を広げた。

「此処までで大体全体の三分の一くらいってところだから……早ければ日没の頃には出られると思うわ。何もなければ、だけど」

 成程。思っていたよりは早く抜けられそうだな。

 何もなければ、の言葉がちょっと引っ掛かるが。

 まあ、仮に虚無ホロウが出てきても問答無用で吹っ飛ばしてしまえば良いだけのこと。特に気にするようなことはないだろう。

 俺は両腕を伸ばして小さく欠伸をした。

 その時だった。遠くから、やけに切羽詰った男の声が聞こえてきたのは。


「だっ、誰かっ、助けて! 助けて下さい!」


 俺たちは立ち止まって顔を見合わせた。

「今の……」

「人の声だったわよね」

 山道の入口に居座っていた虚無ホロウを排除して道が通れるようになったのは今日のこと。まさか俺たちよりも先に山道に入っている人間がいるとは思っていなかったが、絶対にありえないことでもない。大方、事情を知らないで此処に立ち寄った旅人が何も知らずに此処を通ろうとしたとか、そんなところだろう。

 聞こえてきた声の大きさからして、此処からそんなに遠い場所ではなさそうだ。

 俺たちは早足で、声の主を探して道を進んでいった。


 幾分もせずに、その場所は見つかった。

 道を塞ぐようにして、何人もの男たちが立っている。皆薄汚れた服を着ており、革鎧なんかを着て剣を持ってはいるがその雰囲気は旅人というよりもその辺にいるようなごろつきといった感じの男たちだった。目つきが悪く、如何にも「俺は悪人です!」と豪語しているかのようなテンプレを形にした出で立ちだ。

 その男たちの目の前に蹲っているのは、一人の男。何処にでも売っていそうな白い外套を羽織って、背中にそこそこ膨らんだナップザックのような形の袋を背負っており、分厚い書物を大切そうに両手に抱えている。フォルテが持っているやつといい勝負の分厚さだ。金の髪は長くさらさらで、声を聞いていなかったら女性と勘違いしていたかもしれない。それくらい、繊細な雰囲気を備えた人物だった。

 男は身を小さくして震えていた。それに向かって、ごろつきの一人がにやにやしながら言葉を掛けた。

「おれたちは何も無茶な要求をしてるわけじゃねぇんだ。お前さんが持ってるその本を大人しく差し出してくれたら命は勘弁してやるって、そう言ってるだけだぜ?」

「これはっ……この『魔道大全集』はお師匠様から頂いた大切なものなのです! 他のものでしたら何でも差し上げますから、どうか、どうかこれだけは……!」

「お前みてぇなろくに火も出せねぇ未熟な魔道士なんかが持ってるよりは、その本の価値が分かってる俺たちが有効活用した方が本も喜ぶってもんだ。分かったら、さっさとそいつを寄越しな!」

「言っとくが、こっちは別にお前を死体にしてから取り上げても構わないんだぜ? 流石にそうなりたくはないだろ?」

「いやーっ! 誰か! 誰かーっ!」

 まるで女のような情けない悲鳴を上げる男。

 ごろつきたちは彼から強引に本を奪おうと、得物を片手に彼に迫ろうとしている。

 これは……疑う余地もない。野盗による物取りの現場だ。

 野盗ってこんな山の中にもいるんだな……と妙なところで俺は感心した。

 俺の陰に隠れて袖をくいくいっと引っ張りながらフォルテが俺の名を呼ぶ。

「ハル……」

「ああ。分かってる」

 俺は頷いて、男たちのいる方に向かって右手を翳した。

「アルテマ!」

 ぼっ!

 俺の掌から生まれた青白い光が高速で宙を横切り、彼らのすぐ脇の地面を吹き飛ばした。

 人一人がすっぽり埋まるほどの深さの穴が生まれ、それまで男のことしか見ていなかったごろつきたちがぎょっとした顔でこちらに顔を向ける。

「な、何だお前!」

「通りすがりのただの旅人だよ。そんなことより、世の中にはやっていいことと悪いことがあるって学校で習わなかったのか? そんなんじゃ、これから先まっとうな人生を送ることなんてできないぞ?」

「おっさんがいきなり出てきて訳の分からねぇ説教するんじゃねぇよ!」

 おっさん……って、見た感じあんたらも大概な気がするんだけどな。

 俺、そんなにおっさんに見えるのかね?

 まあ、いいや。

 悪人に話が通じないのはお約束。そもそも俺の方も、こんな連中を相手に平和な話し合いだけで交渉しようなんて毛ほども思っちゃいない。

 悪人は、無理矢理力で捻じ伏せて言うことを聞かせるに限るのだ。どうせぶっとばしたところで何処からも苦情なんて出ないんだし、そうした方がよほど世の中のためになるというもの。

 俺は肩を竦めてへらっと力の抜けた笑いを零しながら、先程と同じように連中にぎりぎりで当たらない位置を狙って魔法を撃った。

「アルテマ」

 どかん、と派手な音を立てて地面が吹っ飛び、大穴が空く。

 俺を威嚇していたごろつきたちの顔が、一瞬にして青ざめた。

「……あ、アルテマ……だと? 何なんだよこのおっさん、冴えねぇ顔してるくせに……」

「人間、顔じゃないと思うぞ。後、一応警告しておくけど俺は手加減が苦手なんだ。今回はわざと外したけど、次は命中させるからな」

 本当はもっと適当な威力の魔法を使うべきだったのだろうが、今の俺は自在に色々できるほど魔法の種類を知っているわけじゃないのだから仕方がない。

 アルカディアは俺に魔法の知識を授けたとは言ってたけど、その知識も唐突に閃くようなもので俺が自由に使えるわけじゃないし……

 一度、何処かで真面目に魔法の基礎についてを学ぶ必要があるかもしれないな。

 俺は無造作にごろつきたちに右手を向けた。

虚無ホロウを一撃で粉々にする魔法だ。生身で受けたら形が残らないかもな? まあ、あんたたちがばらばらになったところで俺が困るわけじゃないから別にそれでも構いはしないんだけどな」

「……ひ、ひぃっ!」

 俺の脅しがハッタリではないと察したのか、ごろつきたちが悲鳴を上げながら此処から逃げ出していく。

 この近辺に仲間がいて応援を呼びに行くのか、それとも俺の相手など手に負えないと思ったのか、それは分からなかったが……奴らは見た目よりも随分と俊敏な動きで一目散に駆けていき、幾分もせずに、いなくなった。

 後に残った襲われていた男は、目を見開いてかたかたと小さく震えながらこちらを見ていた。

 ひょっとして、彼も怖がらせてしまったのだろうか……やっぱりアルテマはちょっとやりすぎだったかもしれないなとちょっぴり反省しながら、俺は彼の傍に歩み寄った。

「災難だったな。怪我してたら治療するけど、大丈夫か?」

「……だ、大丈夫です……ありがとうございます、助けてくれて」

 男はゆっくりと立ち上がった。

 先程はこちらに背を向けていたから分からなかったが、なかなかの美形である。街で女をナンパしたら十人中九人は釣れそうな、顎が細く中性的とも言える顔立ちをしている。旅などという過酷な生活をしているよりも、街で弾き語りをしている方がよほど似合っていそうな感じだ。

「この本は命よりも大事なもので……もう少しで奪われてしまうところでした。何と御礼を申せば良いのか」

「そんな大事なものを持って旅をしようとするからだろ」

 俺の呆れ混じりの言葉に、男は真面目な顔をして首を左右に振りながら、言った。

「私には、この本を持って行かなければならない場所があるんです。旅をしないなどという選択肢は、ありません」

「……何処に行くつもりだったの?」

 フォルテの問いかけに、男は答えた。

「ファルティノン王国にある、アインソフ魔道目録殿──そこを管轄している御方にこの本を届けることが、私の使命なのです」

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