第10話 親子丼で親睦を

 フォルテに頼んで召喚魔法を使ってもらい、日本産の米と鶏肉と卵を手に入れた俺は早速調理の準備を始めた。

 昨日と同じ要領で、その辺に転がっている虚無ホロウの残骸の山から丁度良さそうな大きさの石を集めて即席の竈を拵えて、火を熾す。

 今回作ろうと思っているのは親子丼なので、米を炊く用と具材を調理する用に二つの竈を作った。

 一緒にいるのも何かの縁だし、皆にも振る舞ってやろう。肉も卵もたくさんあるしな。

 俺が鶏肉を切っている間、男たちからは簡単な自己紹介を聞くことができた。

 彼らは此処から遥か西にあるナムーナという街出身の旅人で、各地にある冒険者ギルドで請け負った仕事クエストをしたりダンジョンに潜って手に入れた宝物を売りさばきながら生計を立てているパーティだという。

 リーダーで剣術士のラルス。黒い鎧を身に着け大剣という両手で扱うタイプの巨大な剣を携えた金髪の若者だ。

 同じく剣術士のガリレオ。着ているのは布の服に鉄の胸当てというラルスよりも身軽そうな格好をしており、左右の腰に一本ずつ剣を下げている。

 魔法使いのリルム。一般的に魔道士と呼ばれる攻撃魔法を専門に扱う魔法使いで、黒いローブに純銀の杖という如何にも魔法使いらしい姿をした若そうな娘だ。

 そして、俺が回復魔法で治療したのが魔法使いのエルザ。彼女は神官で、普段は彼女が仲間の負傷を癒す役割を担っていたらしい。今回は彼女が深手を負ってしまい、肝心の彼女を助ける手段が彼らにはなかったため俺が助けることになったが、なかなかの魔法の腕前を持っているそうだ。栗色のストレートヘアを腰まで伸ばした白い貫頭衣姿の大人しそうな大人の女性だ。

 彼らは南にあるアカイの街を目指して此処を通っている最中に先程の虚無ホロウの群れと遭遇したという。

 ダンジョンにも潜り数多くの妖異とも戦ってきた彼らではあるが、先程の虚無ホロウは人型と違って弱点がすぐに突けない場所にあったためかなり手を焼く存在だったらしい。

 そうこうしているうちにエルザがやられて──そこに俺たちが偶然現れたというわけだ。

 何と言うか……危機一髪だったんだな。彼らにとって、あの状況は。

 ラルスたちはエルザの治療も含めて自分たちを窮地から救ってくれた御礼にと、俺たちに五百ルノをくれた。

 俺たちは別に謝礼目的で彼らを助けたわけじゃないから金はいらないと言ったのだが、あのままじゃ全滅していたかもしれないしエルザの治療費を考えたら安いものだと頑として譲らなかったので、有難く頂戴することにした。旅立ちの準備でアルファーナから貰った金は結構使ってたし、これからの旅の資金として有効に活用させてもらおう。

 話している間に鶏肉の処理が終わったので、次の工程に取りかかる。

 粉末出汁を溶いて作った出汁汁と、醤油、みりん、砂糖を合わせて作った調味液をフライパンに入れて火にかける。

 そこに食べやすい大きさに切った玉葱と鶏肉を加えて、それらに火がしっかりと通るまで煮る。

 鶏肉に火が通ったら溶き卵を流し込み、更に煮込む。卵が程よく固まったら完成だ。

 上手くやれば綺麗な半熟状態の具ができるのだが、俺は基本的に面倒臭がりなので作り方はかなり適当である。でも調味料でしっかり味は付けてあるし、卵が半熟状態じゃなくても十分美味い……と思う。

 鶏肉の下処理をする片手間に鍋で炊いておいた御飯を盛り付けて、その上に具をこんもりと載せる。

 嗅いだことのない匂いに食欲が刺激されたのか、誰かがごくりと喉を鳴らした。

 俺は微苦笑しながら、皆に声を掛けた。

「此処で会ったのも何かの縁だし、御馳走するよ」

「え……いいのか?」

 そう言うラルスたちの目は既に俺が持つ親子丼の器に釘付けになっている。

 何だ、すっかり食べる気満々じゃないか。

「たくさん作ったし、食事は大勢で食べた方が美味いからな。これは俺の故郷の料理だから馴染みのない味かもしれないけど、絶対美味いって保障するよ」

 俺は次々と器に親子丼を盛り付けていって、皆に配っていった。

 箸は流石に使いこなせないだろうから、渡したのはスプーンだ。

「これは……卵料理か? 初めて見るよ」

 見慣れない見た目に不思議そうな顔をしていたラルスたちだったが、食欲には勝てなかったようで、スプーンで中身を掬い大きな口で頬張った。

 そして、丸くした目を器へと向けた。

「こんな味は初めてだ! 卵は焼いて食べるものって思ってたが、こんな食べ方があったんだな!」

「この白いのと卵が合うんだよ。肉が入ってるのも嬉しいね、これなら幾らでも食えそうだ!」

「美味しい……旅の途中で温かい料理が食べられるってだけでも凄いことなのに、こんなに美味しいものが食べられるなんて……生きてて良かった」

 感激して親子丼をがっつく三人。

 その横で眠っていたエルザが、目を覚ましたらしく、ゆっくりと目を開いた。

 鼻をすんすんと鳴らしながら、小さな声で呟く。

「……何、凄くいい匂いがする……」

「エルザ!」

 リルムが地面に器を置いてエルザの傍へと座を移した。

 起き上がろうとするエルザの上体を支えながら、言う。

「今ね、皆で食事してたところなの……エルザも食べて、すっごく美味しいから!」

 俺は予備の器に親子丼を盛り付けて、スプーンと一緒にエルザに渡してやった。

 エルザは器を受け取りながら、小首を傾げて俺を見た。

「……貴方は……?」

「その人が、我々を助けてくれたんだ。君の怪我の治療をしてくれたのも彼なんだよ」

 親子丼を口一杯に頬張りながら説明するラルス。

 せめて飲み込んでから喋ろうよ。行儀悪い。

「……ありがとう」

 エルザは控え目に礼を述べて、親子丼を小さな口でぱくりと食べた。

 そして弾かれたような勢いで、がつがつと親子丼を掻き込み始めた。おしとやかそうな雰囲気からは想像も付かないような勢いだ。

 フォルテも幸せそうな顔をして親子丼を食べている。

 俺も食べよう。

 自分用の器に親子丼を盛り付けたら、丁度御飯も具もなくなった。

 御飯にたっぷりの具を載せて、一息にぱくっと。

 ……うん。これこれ、この味だよ。この素朴な甘さと卵のまろやかさが堪らないんだ。

 米はこの世界の人間には馴染みのない食材だから大丈夫かなって思ってたけど、口に合ったようで何よりだ。

 俺も、米が存分に堪能できて嬉しい。やっぱり日本人にはパンより米だよ。

 俺たちは心ゆくまで親子丼を味わい、腹を一杯に満たしたのだった。


「助けてもらっただけではなく、食事まで御馳走になって……君には色々世話になったな。本当にありがとう」

 そう言って、ラルスは俺の手を取った。

 エルザも無事に復活したし、十分に腹が満たされて体力も回復したということで、ラルスたちとは此処で別れることになったのだ。

「いつかまた会った時に君が困っていることがあったら……その時は、我々が君のことを助けるよ。優れた魔道士である君に比べたら我々の力など大したことはないのかもしれないが……それでも、少しは腕に覚えがあるつもりだからね」

 彼らが目指すのは南で、俺たちが目指すのは東。これから先俺たちが再び会うことがあるのかどうかは分からないが、世界は広いようで存外狭いもの。偶然再会することも、ひょっとしたらあるかもしれない。

 その時は、笑顔で挨拶を交わそう。旅の途中で知り合った、一人の人間として。

 はぁ、とラルスの背後で残念そうに溜め息をつくガリレオ。

「あー、ハルさんが俺たちのパーティに加わってくれればなぁ。あの飯は美味かった……もう食えないなんて、淋しいな」

「そうだね、今までに食べたどんな料理よりも美味しかったよね。お金払ってもいいくらいだよ」

 リルムの言葉にこっくりと深く頷くエルザ。

 こらこら、とそれを苦笑しながら嗜めるラルス。

「我々には我々の人生が、ハルさんにはハルさんの人生があるんだ。困らせるようなことを言うんじゃない」

 すみません、と小さく謝りながら、彼は俺の手を離した。

 一歩下がって、胸に手を当ててゆっくりと一礼をする。

「では……我々はこれで。君たちも、元気で」

 にこりと微笑んで、彼らは俺たちの前から去っていった。

 四人の背中を見つめながら、フォルテが呟く。

「いい人たちだったね。あの人たち」

 旅人には色々な人がいて、中には他人と全く交流しようとしない人や、いい人のふりをして近付いて襲って金品を奪う強盗紛いのことをするような輩もいるらしい。

 旅人にも色々いるんだな。無条件で信用できる存在じゃないってところは日本と一緒だ。

 俺はこれから先、旅をしていく中で色々な人と出会っていくことだろう。その時に、出会って良かったと思えるような出会いを果たせる機会は何回あるだろうか。

「……さ、私たちも出発しましょ。今日頑張って歩けば、明日には街に着くよ」

 足取り軽やかに歩き出すフォルテを見つめながら、俺も一歩を踏み出した。

 旅というものは、色々なことがあって本当に面白い。

 俺は、この世界に召喚されて良かった。日本に未練が全くないわけではないが、少なくとも今は、心の底からそう思っていた。

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