第9話 おっさんの薬箱

「エルザ! しっかりして!」

 倒れた魔法使いの元に、仲間たちが駆けていく。

 虚無ホロウを残らず駆逐して一息ついた俺も、辺りに飛び散った黒い石の欠片を踏みながらそちらに向かった。

 仲間の一人が魔法使いを抱き起こし、他の仲間に言った。

「ポーションは! 残ってないのか!」

「もうないよ……全部使っちゃったよ!」

 絶望的な声が場に満ちる。

 ポーションって、あれだよな。ゲームなんかでよく出てくる体力を回復するための薬品だ。

 どうやらこの世界でのポーションは、怪我を治すための道具としての役割を持っているらしい。

 魔法使いを抱き起こしている男の目が俺の方へと向いた。

「君……すまないが、ポーションを持っていたら売ってほしい。このままだとエルザの命が危ないんだ!」

「…………」

 俺は頭を掻いた。

 俺はポーションを持っていない。旅の最中の食事をどうするかの方で頭が一杯だったから、食糧以外のものは鞄に入れてはいないのだ。

 フォルテもそれに関しては特に何も言ってこなかったから、旅の準備はそれで十分なのだろうと思っていたが……怪我を治療するための薬品か。虚無ホロウが徘徊している土地を歩く旅をするのだから、確かにそれくらいの準備は必要だよな。

 でも……待てよ。

 怪我を治す薬が存在しているくらいなのだから、怪我を治す魔法も存在しているんじゃないか?

 実際に存在していたとして、俺がその魔法を使えるかどうかは疑問だが。

 俺は傍らで魔法使いの様子を見つめているフォルテに尋ねた。

「フォルテ。怪我を治す魔法ってないのか?」

「ひょっとして、ヒーリングのこと? あるにはあるけど……」

 フォルテは微妙に眉間に皺を寄せた。

「回復魔法っていうのは基本的に神官しか使えないわ。召喚魔法が召喚士にしか使えないのと同じでね、魔法の種類が違うのよ。ハルは魔道士でしょ? 魔道士には、回復魔法を操る力はないわ」

 一口に魔法使いと言ってもその職業には幾つか種類があるそうで、その職種によって扱える魔法が異なるらしい。

 唯一の例外が円卓の賢者と呼ばれる魔法使いたち。彼らは複数の種類の魔法を操る才能を持った特別な存在なのだそうだ。

 しかし、それはあくまでこの世界に住む人間に当てはまる方程式だ。

 神に魔法の力を授かった異世界人の俺に、それと同じ方程式が当てはまるとは限らない。

 俺は怪我をしている魔法使いの前に膝をついて、血が流れている腹を覆うように掌を翳した。

 頭の中に傷口が塞がっていくイメージを描きながら、小さく魔法を唱えてみる。

「ヒーリング」

 ふわり、と暖かい黄金色の光が生まれた。

 それは腹の穴全体を覆うと、時計を逆回しにしているように腹の穴を塞いでいく。

 流れている血が止まり、肉が盛り上がっていき、皮が張って、瞬く間に傷は完治した。

 流石に出てしまった血の量までは戻せないらしく、魔法使いの顔色は悪かったが──怪我は治ったのだから、そのうち元に戻るだろう。

 ひょっとして俺ならできるのではと思っていたが、やっぱり俺に備わった魔法の能力は普通のものではないらしい。魔法であればある程度は自由に操ることができるようだ。

 皆が目を丸くして俺を見つめている。

「まさか、夢を見てるのか……? 虚無ホロウを一撃で倒す破壊魔法を使うだけじゃなく、回復魔法まで操れるなんて……」

「それだけじゃない。対価を使わなかったぞ! それでこれほどまでの回復力を出せるなんて、普通じゃない……!」

「貴方……ひょっとして、円卓の賢者……?」

 兵士たちの驚き方と全く一緒だ。

 俺は適当に笑って返した。

「ああ、俺は……色々できるようにって修行を積んだんだよ。だから色々な種類の魔法ができる、それだけだ」

 フォルテの方をちらりと見て、口元に人差し指を当てて小さく首を振る。

 俺が異世界人だってことを明かしたら余計にこの場が騒ぎになるだろうからな。明かしたところで得になることもなさそうだし、それなら最初から余計なことは言わないに限る。

 皆は眉根を寄せながらも、俺の言葉に納得してくれた。そういうこともあるのだろうとでも思ってくれたようだ。

 怪我をした魔法使いの意識が戻るまで、俺たちは護衛も兼ねて男たちと一緒にいることにした。

 いい感じに腹も減ってきたし……早目の休憩ってことで、昼飯の仕度を始めるとしよう。

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