第4話 旅支度

 アルファーナは旅立ちの餞別として千ルノという資金を俺にくれた。

 ルノとはこの世界で使われている流通貨幣の単位だ。貨幣は全部で霊銀貨、白金貨、金貨、銀貨、銅貨の五種類あり、金額によって使用する貨幣が異なるらしい。

 一ルノが銅貨一枚。銅貨十枚で銀貨一枚となり、銀貨十枚で金貨一枚、金貨十枚で白金貨一枚、白金貨十枚で霊銀貨一枚となる。一般的に流通しているのは金貨までで、白金貨と霊銀貨は王族や貴族などの上流階級の人間しか基本的に使わないのだそう。

 一般人は大人二人、子供二人の四人家族で千ルノあれば一月生活できるらしい。

 アルファーナが俺にくれたのは、そこそこの金額だということが分かる。

 俺はその資金を使って、旅支度を整えることにした。

 俺、未だにスーツのままだし。この格好で旅をするのは動きづらいし目立つし色々な意味であまり宜しくないと思うんだよな。

 魔法使いらしい動きやすい服と、できれば旅に必要な食糧なんかを入れられる鞄が欲しい。

 フォルテが言うには服も鞄も安いものじゃないとのことだったが……まあ、何とかなるだろう。

 俺は王国内にある服屋で、綿のシャツと黒いチノパンのようなズボンを購入した。この世界では割とオーソドックスな服らしく、一般人だけではなく旅人も鎧の下に着る服として愛用しているらしい。

 肌触りは申し分なく、それなりに動きやすかった。

 価格は上下で六十ルノ。しかし俺が着ていたスーツが生地が珍しいということで結構な値段で下取りしてもらえたので、懐はそれほどは痛まなかった。

 服を新調したら、次は革細工を扱っている店に足を運んだ。

 革細工の店では、主に靴やベルト、鞄や財布なんかの革製品を取り扱っていた。店内は革が熟成したような独特な匂いがして、様々な商品が並べられていた。

 俺がその店で最初に目を付けたのは、靴だった。

 俺が今履いているのはサラリーマンがごく普通に履いているような黒の革靴なのだが、それでは長距離を歩くのには向かないし、何より既に十年も履いていて結構傷んできていたから、服を新調したのに合わせて新しくしたいと思ったのだ。

 俺は店主に話を聞きながら、多くの旅人に選ばれているという一般的なデザインのブーツを選んだ。

 上等なやつになると爪先や踵に金属が仕込まれていたりしてもしもの時の武器になるらしいが……俺は格闘なんて苦手だし、魔法使いだから、そこまで服に金をかける必要はないと思うんだよな。

 それから、鞄。

 鞄は腰の後ろでベルトに下げるような小さなポーチから、たっぷり物を入れることができる大きなバックパックまで種類に富んでいた。人によって体の動かし方が違うから、戦いの時に邪魔にならないものを選べるように豊富な種類が揃えられているのだそうだ。

 店主曰く、世には『ボトムレスの袋』と呼ばれる無尽蔵に物を収納できる魔法の鞄が存在しているらしいが……それを手に入れるのは多くの旅人の夢だよと店主は笑っていた。

 これから先色々な場所を旅していたら、そういう品物にもお目にかかれる時が来るかもしれないな。

 俺は数多くある鞄の中から、メッセンジャーバッグのような形の白い肩掛け鞄を選んだ。メッセンジャーバッグは普段からよく使っていたから馴染みがあるし、物が出し入れしやすいと思ったからだ。

 革製品は布の服よりも高価で、靴と鞄の二つで二百ルノした。

 結構な出費になったが、靴も鞄も長く使えるものなので先行投資だと思って気にしないようにした。

 鞄を手に入れたことによって荷物を持ち運べるようになったので、食糧を買いに食品店に向かった。

 この世界の食品店は日本で言うところの精肉店や八百屋のような専門店ばかりで、スーパーのように色々な種類の食材を扱っている店というのは存在しなかった。食材の種類自体も乏しく、豊富に種類があるのは野菜を扱っている店くらいのものだった。それも鮮度があまり良くはなく、キャベツなんかは萎びているものもあった。

 この分だと、料理の種類もたかが知れていそうだ。ひょっとしたら十年自炊をしてきた俺の方が色々知ってるんじゃないかって思う。

 まあ、俺が知っている日本の料理を作るには、醤油とかみりんとか日本が誇る調味料が手に入らなけりゃ駄目なわけなんだけど。

 とりあえず、旅先でも簡単に食べられる食糧として干し肉とパンをメインに日持ちしそうなものを買い込んだ。

 結構大量になったが、持ち運ぶ手段はちゃんとある。そのまま鞄に詰めたのではとても入りきらないが、俺には魔法がある。

 魔法を使えば、こんなこともできるのだ。

「コンプレッション」

 今俺が使った魔法は、圧縮魔法という。物体を小さくして運搬を楽にする便利魔法である。

 この魔法を使えば、普通の鞄に見た目からは想像も付かないような大量の荷物を詰めることができる。元の大きさに戻すこともできるので、好きな時に自由に鞄から取り出せるのだ。

 俺がこんな魔法まで使えると閃いた時は驚いたが、俺の魔法の力は神から与えられたものだから、このくらいの小技はできて当然なのだろう。

 そんな感じで、俺は旅の身支度を整えた。

 結構金を使ってしまったが……これから先、旅の資金は稼いで増やしていけば良いのだ。

 ……ところで、この世界ではどうやって金稼ぎをするんだろう?

 フォルテに尋ねると、彼女からは大きく分けて三つの方法があるよという答えが返ってきた。

 ひとつは、冒険者ギルドで発行されている仕事クエストをこなして報酬を得る方法。

 辺境の小さな村なんかは例外だが、基本的にこの世界に存在する街には冒険者ギルドと呼ばれる旅人向けに仕事を斡旋している施設があるという。そこで街の困り事を解決したり街の防衛を担ったりして金を稼ぐのだそうだ。旅人が日銭を稼ぐ方法として最も利用している手段らしい。

 ひとつは、ダンジョンに潜ってそこで発掘した宝物を冒険者ギルドで換金する方法。

 この世界には、ダンジョンと呼ばれる生きた迷宮が数多く存在しているという。ダンジョンの中には地上とは異なる理が存在し、そこには妖異と呼ばれる普通とは異なる生き物が棲んでいて、ダンジョンに訪れた人間を容赦なく襲うらしい。罠も数多く存在し危険この上ない場所ではあるが、その分価値のある宝が山のように眠っていて、それを持ち帰ることができればひと財産になるのだという。一攫千金を狙いたい腕に自信のある旅人向けの金策法だ。

 ひとつは、コロシアムに戦士として出場して勝ち抜き、賞金を得る方法。

 通称『賞金稼ぎの街』と呼ばれる街が、この世界の何処かにあるらしい。そこには闘技場と呼ばれる施設があり、そこでは腕に自信のある人間が己の名誉と命を懸けて武器を手に戦っているのだそうだ。

 勝てば莫大な賞金が得られるが、負ければ全てを失い、奴隷に堕ちる。金策法としては薦められたものではないが──本当に何もなくなった人間が最後の望みを懸けて人生最後の博打に出る、そんな物語も存在しているらしい。

 流石異世界だ、日本では考えられないような金稼ぎの手段が色々あるな。

 俺としては……やはり堅実に生きていきたい。無尽蔵に魔法を使える俺ならひょっとしたらダンジョンの攻略も難しくはないのかもしれないが、妖異がどんな存在なのかも分からないし、ダンジョンに行ったら確実に宝が手に入るとは限らないからな。

 これから先、大きな街に行ったら冒険者ギルドに立ち寄ることにしよう。そこで簡単な仕事を見つけて、少しずつ金を稼いでいこう。

 これからの行動方針を決めた俺は、フォルテに声を掛けた。

「それじゃあ、行こうか」

「ハルは、これから何を目標にするの? それによって目指す場所なんかは変わっていくと思うわよ」

 フォルテの疑問に、俺は微妙に首を捻って。

 遠くの空を見つめて、言った。

「そうだな……まずは、この世界にあるものを色々見るのが目標だな。珍しい街とか、珍しい文化とか、今までに味わったことのないような経験をしてみたいよ」

 目下のところ、俺には明確な行動の目標というものはない。

 何がしたいとか、これを味わいたいとか、そういう希望がないのだ。

 世界中には魔帝が放った虚無ホロウが徘徊しているというし、決して平穏な旅にはならないだろうが、この世界の色々なものに触れているうちに何かをやってみたいという気持ちになるかもしれない。

 それまで、ただ旅をしてみようと思う。一介の旅人として。

 フォルテはうーんと考えた後、それならと言った。

「だったら、隣のファルティノン王国を目指しましょうよ。あそこは魔法王国って呼ばれているほど魔法の研究が盛んに行われている場所でね、円卓の賢者と呼ばれる世界最高峰の魔道士たちがいる国でもあるの。同じ魔道士でもある貴方なら、絶対に行って損はない国のはずよ」

 魔法王国、か……何だか面白いものがたくさんありそうな国だな。

 円卓の賢者って何だか響きが円卓の騎士みたいだが、世界最高峰って呼ばれてるからにはさぞかし優秀な魔法の使い手揃いなんだろうなと思う。

 そんな人たちに会える機会があったら、是非とも面白い魔法の話なんかを聞いてみたいものだ。

 俺は笑って頷いた。

「そんなに魔法の研究が盛んな場所なら、あんたの召喚魔法の腕前が少しはマシになる方法が見つかるかもしれないな」

「あっ、何よそれ! 私は落ちこぼれなんかじゃないわよ、ただ運が悪いだけなの!」

 ──こうして、俺たちは隣国である魔法王国ファルティノンを目指すことになった。

 はてさて、旅の途中では一体どんなものが見られることやら……

 これからの生活が、楽しみで仕方がない。

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