黒幕

「――以上が今回の件の全容です」

 王室の最奥に位置する玉座に腰をかける男――国王は、眼前で報告をあげる従者を冷めた目で見つめる。

 内容は先日、ヴェルテイマ学園が魔物に襲撃を受けた件について。

「ご苦労。下がっていいぞ」

「は……ッ!」

 従者は恭しく頭を下げると、王室を後にした。

 しばらくの間は従者の足音が王室に届いたが、それもすぐになくなった。

 後に残ったのは静寂のみ。

「クソ……!」

 玉座の手すりに力任せに拳を叩きつけながら、国王は怒りを込めた言葉を吐き出す。

「あの男、大見得を切ったくせにこの体たらく! やはり魔物に頼ったのは失敗だったか!」

 国王の怒りは収まる様子がなく、むしろ増していく一方だ。

「それにしても勇者め、まさかワシがあれだけ手を尽くしても死なぬとは……何と忌々しい!」

 手すりを握り潰さんばかりの勢いで、力を込める。

「こうなれば次はあの策を用いて――」

「そうはさせませんよ」

 国王以外誰もいないはずの部屋に、何者かの声が響いた。

「誰だ!?」

「僕ですよ、国王陛下」

 声の主は、国王の正面にいた。

「き、貴様は、勇者!?」

「お久しぶりです、国王陛下」

 カインが恭しく礼をするが、国王の顔色は冴えない。

「賊だ! 賊が王室に侵入したぞ! 誰か助けに来い!」

 国王は大声をあげて助けを呼ぶが、何も起こらない。

「無駄ですよ。学園長に頼んで、この部屋にいる人間以外は全員眠ってもらいましたから」

「何だと!? まさか、エヴァ=クリスティンまで協力しているのか!?」

 国王はカインの言葉によって、目に見えて取り乱す。

「き、貴様の目的は何だ!? まさか、二年前の復讐をするつもりか!?」

「違いますよ。僕が今日ここに来たのは、一つ国王にお話があるからですよ」

「話……だと?」

「ええ、そうです。国王陛下、あなたは先日の魔物が学園を襲撃した件はご存知ですよね?」

 カインが問いかけると、国王は露骨に顔をしかめた。

「うむ、話は聞いている。幸いなのは、死人が出なかったことぐらいだな」

「そうですね。国王陛下の言う通り、死人が出なかったのは良かったです。……ところで話は変わりますが、僕、実は今学園で教官をしているんですよ」

「そ、そうなのか。だが、それがどうしたのだ?」

 唐突な話題転換に国王は動揺する。カインの意図が読めない。

「僕はその事件の当事者だったんですよ。それで犯人の魔物と少し話をしたのですが、今回の事件の黒幕について知ることがでました」

「黒幕? 今回の事件を起こした魔物は、全て死んでしまっただろう? 今更黒幕について知ったところで――」

「国王陛下、あなたが事件の黒幕ですね?」

「…………ッ!」

 カインの確信を込めた言葉に、国王は目を見開いた。

「言うにこと欠いてワシが黒幕だと? 貴様、ふざけているのか!?」

 激昂する国王。

 いきなり犯人扱いされれば、仕方のないことだろう。

「ふざけていません。僕は至って真面目です」

「そこまで言うのなら、何か証拠はあるのだろうな?」

「ええ、もちろんです。今からそれをお話したいと思います」

 そう言って、カインは右手の指を三本立てる。

「あなたを黒幕だと思ったのには、三つの理由があります。一つ目は、魔物が襲撃した日時です。なぜ、教官が出払っている日に彼らは来たのでしょうか?」

「偶然だろう? それ以外には考えられん」

「偶然ですか。ならば、国王陛下の依頼で教官が国外に出ていた日に襲撃を受けたのも偶然ですか?」

「……偶然だ」

 鋭い視線をカインにぶつけながらも、国王は短く答える。

 これ以上追及しても結果は同じだろう、と考えたカインは話を次に進める。

「二つ目はシャルバという魔物が、僕の生徒を拉致した際に指定した場所です。彼は第三修練場に来るよう、僕に指示したんですよ」

「それがどうしたというのだ?」

 聞いている分にはおかしな点がないため、国王は首を傾げる。

「おかしくはないですか? なぜ魔物が学園の建物の位置を把握しているんですか?」

「それは……考えたくはないが、裏切り者がいたのではないか? 例えば教官や学生たちの中に」

「確かに彼らは学園のことを熟知していますが、他にも学園の構造を知ることができる人物がいます。それはあなたですよ、国王陛下」

「ワシが? バカを言うな。ワシは学園に行ったことなど一度も――」

「嘘ですね。学園には年に数回、国の重鎮が出入りしています。そしてその中には、国王陛下、あなたも含まれていますよね?」

 あっさりと嘘を見破られ、国王がカインの言葉に歯軋りをする。

「だが、それならばワシ以外の人間にも可能なはずだ! ワシ一人を犯人扱いするのはおかしいだろう!?」

「確かにその通りですが……認めてはくれませんか? 今回の件は、あなたが引き起こしたものだと。そうすれば、僕もこれ以上は何も言いませんから」

「認めろだと? バカを言うな! なぜワシが、やってもいないことを認めなくてはならんのだ!? 言いがかりはやめてもらおうか!」

「……残念です」

 カインは肩を落とす。

 先程の言葉は、カインなりの慈悲だったのだが、国王がそれに気付くことはなかった。

「それでは、三つ目について話しましょう」

 カインは再び話を再開する。

 話を終わらせるために。

「国王陛下、あなたは僕の封印について、あの場の人間以外の誰かに話しましたか?」

「……話すわけがないだろう。あのことが国民にでも知られれば、ワシはおしまいだ」

 カインの封印は彼だけではなく、国王も縛る楔。

 国王が話さないのも当然のことだろう。

「それはおかしいですね。ならば、あの場にいなかったはずの魔物が、どうして封印のことを知っていたのですか?」

「――――」

 国王の顔が青白くなる。

 彼だけ時間が停止したかのように、身動ぎ一つせず玉座で固まっていた。

「先程話したシャルバという魔物が言っていたんですよ、僕にかけられた封印魔法について」

「あの愚か者め……そんなことまで話したのか!」

「以上のことから、僕はあなたを今回の黒幕だと考えましたが、何か異論はありますか?」

「ぬうううううううう!」

 国王は答えない。ただ怒りに顔を歪め、唸るのみ。

 それは最早、認めていることと同義だった。

「やはりあなたが黒幕だったんですね。ですが、どうして今更僕の命を狙うような真似をしたんですか?」

「き、貴様が悪いのだ! 今更学園で教官を始めおって! どうせ、ワシがしたことをバラして学生たちを扇動し、国王の地位から引きずり落とすつもりだったのだろう!?」

「……そんなことのために、魔物と協力して学園を襲わせたんですか?」

「ああ、その通りだ! そのために邪魔な教官共まで排除したというのに……!」

 国王は激情に駆られ、カインの声音が低く冷たいことに気付かない。

 カインは国王との間合いを詰める。

「…………ッ!?」

 カインからすれば、軽く近づいただけのつもりだが、国王の目にはカインが瞬間移動でもしたかのように見えた。

「国王陛下。僕は今回の件について、口外するつもりはありません」

「ほ、本当か!?」

 思っても見なかったカイン発言に、国王の顔色が歓喜に染まる。

「ただし、一つだけお願いがあります。聞いていただけますか?」

「もちろんだ! どんな願いでも聞いてやろう! 金か、女か? 何でも叶えてやるぞ!」

 国王は上機嫌な声で豪語する。

 しかし、カインの要求は国王の想像もつかないようなものだった。

「今後も僕の命を狙っても構いません。ですが、今回のように、関係のない人々を巻き込むことだけはやめてください。もしこれを守れないようなら――」

 次の瞬間、カインの全身から濁流の如し殺意が国王に向けられた。

「わ、分かった! 約束しよう!」

 ゴクリと喉を鳴らし、国王は何度も首を縦に振る。

 それを確認すると、カインは静かに王室を去るのだった。

 


 



 

 

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