勇者の真価

「どういうことですか……」

 震える声の主はシャルバ。

 シャルバが放ったはずの魔法は、カインに当たることはなかった。

 先程まで地に伏せていたはずのカインが消えていたのだ。

 血溜まりに沈んでいたはずのアルティまでいなくなっている。

「あの二人は自力では動けなかったはず……どこに消えたのですか!?」

「ここですよ」

「…………ッ!?」

 シャルバが声のした方に視線を向ける。

 返事があるとは思わなかったのか、その表情は焦りのようなものが見える。

 カインは先程までいた場所から横に数メートルの位置に、アルティを抱き上げ佇んでいた。

「なぜ……なぜ動けるのですか!?」

 カインはシャルバの用いた卑怯な手段によって、立つこともままならない状態に陥っていた。

 だが今のカインは傷が一つも残っていない。

「いったい何をしたのですか、勇者!?」

 叫ぶようにして問うシャルバ。

 だがカインは相手にせず、抱えていたアルティを地面に下ろすと、穴の空いた腹に手をかざす。

「【ハイ・ヒール】」

 カインの手から出た翡翠色の光が、アルティの傷口に注ぎ込まれる。

 光の当たったところから、みるみるうちに傷が塞がっていき、顔に生気が戻る。

 魔力を用いて起こす、奇跡と呼ばれる現象――魔法だ。

「ど、どうしてあなたが魔法を使えるのですか!? あなたは魔法を封じられ、使えないはず!」

 あり得るはずのない現象を前に、シャルバは驚愕するしかないようだ。

「さあ? 僕にも理由は分かりませんが、おかげでアルティさんと僕自身の傷を治すことができました。後はあなたを倒すだけ……覚悟してください」

「ひ……ッ!」

 カインが鋭い殺気を飛ばし、シャルバが怯む。

 今のカインは、先程までとは雰囲気が明らかに違う。

「あなたには、色々と借りがありますからね」

 カインはアルティに魔法をかけ終えると、一歩前へ出る。

「わ、忘れていませんか!? こちらには人質がいるのですよ!?」

 カインに見せつけるように、眠るミリィの首根っこを掴んで掲げる。

「この少女の命が惜しければ、私の指示に従ってもらいますよ」

 魔法が使えるようになったからといって、状況が変わったわけではない。

 だが、カインが歩みを止めることはない。

「…………ッ! 口で言うだけでは分からないようですね……ならば――」

「【クロック・タイム】」

 シャルバの伸ばした手がミリィに触れる直前、カインが短く唱える。

 次の瞬間、

「な……ッ!?」

 頼みの綱であるミリィが消えたことに、シャルバは狼狽を露にする。

「ミリィさんは返してもらいましたよ」

 ミリィを抱えたカインが、いつの間にかアルティのいる位置まで移動していた。

「い、今何をしたのですか!?」

「別に大したことはしていません。【クロック・タイム】という魔法を使っただけです」

 シャルバはぎょっと目を見開き、信じられないとでも言いたげな顔をする。

「う、嘘だ! 【クロック・タイム】は時間操作系の魔法! 数秒時間を止めるだけでも、何百という魔法使いの魔力が必要なはず! 一個人で発動することなど不可能です!」

 シャルバが声を荒らげて、否定の言葉を吐き出す。

「僕を誰だと思っているんですか? あなた方魔物の王である魔王を殺した勇者ですよ? この程度、できて当然です」

「そんな……嘘だ」

 ふらふらとおぼつかない足取りで、シャルバは数歩後ろに引く。

「もう終わりにしましょう」

 ミリィをアルティの隣に寝かせ、カインはゆっくりと、だが確実にシャルバへ詰め寄る。

「く、来るな!」

 シャルバは恐怖に震えながらも、様々な魔法を放つ。

 しかし、カインは腰の剣を抜き、迫り来る魔法の全てを切り捨てながら進む。

「おのれええええ!」

 シャルバは荒々しく叫びながら抵抗を続けるが、カインは意に介さず淡々と進む。

 そうこうしてる内に、カインとシャルバの距離は目と鼻の先ほどにまで縮まった。

「取引をしましょう!」

 絶体絶命の状況下、シャルバが絞り出すような声でそう申し出る。

「あなたは憎くないですか!? あなたに残酷な仕打ちをした国王が!? それを知らず、のうのうと生きている人類が!?」

 シャルバは畳み掛けるようにして続ける。

「私があなたに協力してあげましょう! 共に人類を滅ぼすのです! どうですか、悪い話ではないでしょう!?」

 シャルバからすれば最後の頼みであろう交渉。

「お断りします」

 しかしカインは考える間もなく即答する。

「なぜですか!? あなたが命懸けで戦ったにも関わらず、それに報いることのない人類が憎くないのですか!?」

「あなたは一つだけ勘違いをしています。僕は別に、見返りがほしくて戦ったわけじゃない」

 最初は、エヴァに導かれるままに力を振るった。

 理由もなく、空っぽのまま戦った。何も考えず、ただ言われるがままに。

 だが、ずっとそのままではなかった。

 誰かを助ける度に、小さな想いが芽生えた。

 それは空っぽの心に積もっていき、一つの想いになった。

「僕はただ、苦しむ人を見たくないから戦っただけです。そこに見返りを求めたことは一度もありません」

 単純だが純粋な想い。

 それを最後まで貫いたからこそ、カインは勇者と呼ばれるまでになった。

「話は終わりです」

 カインは、剣を頭より少し高い位置に構える。

「ま、待ってくだ――」

 シャルバが何か言おうとしたようだが、カインの耳には届かない。

 シャルバが言い終える前に、カインがその首を斬り飛ばしたから。

「……終わりましたか」

 シャルバの首が転がるのを確認し終えて、安堵すると共に呟く。

 あれほどカインを苦しめたにも関わらず、終わりは呆気ないものだった。

 ミリィの拉致から始まった一連の騒動。

 時間的にはまだ半日も経っていないはずなのに、まるで数日に渡って戦い続けたかのような疲労がカインの全身に広がる。

「帰りましょう。アルティさん、ミリィさん」

 意識のない二人の名を呼ぶ。

 二人の元へ駆け寄ろうとして、足がもつれ転んでしまう。カインらしからぬ失態だ。

 すぐさま起き上がろうとするが、

「え……?」

 身体に力が入らない。

 それどころか、どんどん力が抜けていく。

 何とか力を入れようとするが、最後には瞼も開けなくなる。

 そして、カインの意識は暗闇に飲み込まれた。



 

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