卑怯者

 カインはアルティから距離を空け、数歩前に出る。

「あなたの目的とやらは聞きました。いい加減、ミリィさんを解放してください」

「まだですよ。そこの小娘のせいで話が脱線して、最後まで話せていません」

 尚もミリィを返す様子がないシャルバ。

「私は先程、あなたが目的だと言いましたね? 実は私、にあなたの抹殺を依頼されたんですよ」

「つまり、狙いは僕の命ということですね」

「物分かりが良くて助かります。流石は勇者と言ったところですか」

 シャルバが皮肉げな含み笑いを漏らす。

「そこまで聡明な勇者ならば、私の言いたいことは分かりますよね?」

 シャルバは眠るミリィの首根っこを掴むと、反対の手で銃の形を作り、ミリィの頭部に押し付ける。

「この少女の命が惜しければ、抵抗はしないでください」

「そう来ましたか……」

 予想できていたことだ。

 むしろ、せっかく相手を無力化できる人質がいるのに使わない手はない。

 シャルバの実力は分からないが、カインほどの実力者を封じる手としてこれ以上のものはないだろう。

「まずは両手を上げて、ゆっくりと後ろを向いてください」

 逆らう術があるはずもなく、カインは無言で指示に従う。

 少し離れたところにいるアルティと目が合う。

 カインの身を案じてか、心配そうにこちらを見る。

「あの勇者が、私の前で無防備に背中を晒す様は爽快ですねえ」

 シャルバは抵抗できないカインの背中を瞳に捉えると、深い笑みを刻む。

 そして、ミリィに突き付けて指をカインに向けると、

「【スパイラル・ストライク】」

【スパイラル・ストライク】。

 対象に向けて、殺傷性のある光の線を槍如く放つ魔法。

 高い威力を誇るが、それ以上に特徴的なのは貫通力だ。

 鋼鉄の鎧すらあっさりと撃ち抜くことが可能であり、とてもではないが生身の人間に使用するような代物ではない。

 発せられた魔法名と共に、シャルバの指先から螺旋状の光がカイン目掛けて伸びる。

「ぐ……ッ!」

 シャルバの発動した【スパイラル・ストライク】が、カインの左肩を貫く。

 後には風穴の空いた痛々しい左肩から、おびただしい量の血が流れる。

 しかし、決して膝を折ることなく両手も上げたまま。

 カインは強靭な精神力で耐えているのだ。

「カイン!」

「来ないでください!」

 駆け寄ろうとしたアルティを押し止める。

 アルティを巻き添えにしないための配慮だ。

「はははははははは! 勇者ともあろうお方が無様ですねえ!」

 シャルバの哄笑が第三修練場に響き渡る。

「正々堂々と勝負しなさいよ! この卑怯者!」

 シャルバの笑い声をかき消すほどの怒声が上がる。

 アルティだ。

 恐らく、シャルバの非道を我慢できなくなったのだろう。

「私が卑怯者……ですか」

「ええ、そうよ! 人質を使って無抵抗な人間をいたぶるなんて、卑怯者と呼ばれて当然よ!」

「ならば、その卑怯者に人類の希望である勇者殺される様を見ていなさい!」

 シャルバは罵られることすらも楽しげに受け止めている。

「さあ、まだまだいきますよ!」

 続けざまに三つの【スパイラル・ストライク】がカインの右肩、右足首、左足首を穿つ。

 左肩同様の穴が三ヶ所に空き、止めどなく血が流れる。

 先のリヴルとの戦いの失血もあり、すでに限界だったカインは背中から地面に倒れた。

「もう終わりですか、勇者? あなたが頑張らないと、この少女は死んでしまいますよお?」

 シャルバの言葉に触発され、カインは何とか起き上がろうとするが、身体に力が入らない。

 それどころか身体は泥のように重くなり、異様な睡魔が襲いかかる。

「もう少し張り合いがあると思っていましたが、残念ですね」

 シャルバは、自身の人差し指をカインの額に重なる高さで構える。

 恐らく、次で仕留めるつもりなのだろう。

「それではさようなら、勇者」

 シャルバが魔法を唱える。

 放たれた魔法は、カインの元へ吸い込まれるようにして伸びていき、

「が……ッ!」

 血と肉が穿たれ、短い悲鳴が上がった。

 飛び散った血が、

「アルティ……さん?」

「仮は返したわよ」

 なぜか、カインの前にアルティの背中があった。まるで、カインを守る盾のように。

「何を……いったい何をしてるんですか!?」

 カインは目を見張る。

 アルティの腹には、不自然な穴ができていた。

「さっきの借りを返しただけよ……」

 アルティが血の塊を吐きながら、歪な笑みを作る。

「絶対にミリィを助けなさいよ……」

 その言葉を最後に、アルティは前のめりに倒れる。

 アルティを中心に、血の池が作られる。

「どうして……」

 カインには、アルティの行動が理解できなかった。

 なぜ自分を守ったのか。

 なぜ逃げなかったのか。

 カインには分からない。名前も知らない誰かを守ったことはあっても、誰かに守られたことはないから。

 様々な疑問が脳内を行き交うが、最後にカインに残ったのは、

「ふざけるな……」

 アルティに助けられた無力な自分に対する怒りのみ。

 同時に、カインの怒りに呼応するように

「はははははははは! 悪運が強いですね、勇者! まさか、あんな小娘に命を救われるとは!」

 シャルバが何事か言っているが、カインの耳には届かない。

「そこの小娘と同じところに送ってあげますよ」

 無慈悲な言葉と共に魔法が発動する。

 カインの命を刈り取るために迫る。

 だが魔法がカインに届くことはなかった。


 


 

 









 

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