第三修練場にて
「アルティさん、覚悟はいいですか?」
カインは第三修練場を前にして、アルティに問う。
「もちろんよ」
対してアルティは、当然の如くすぐさま答えを返す。
今更訊くのは愚問だったと思わせるほど、アルティの返答は清々しいものだった。
「それでは行きましょう」
「ええ……」
二人は並んで第三修練場に入る。
無論、不意打ちにも対応できるよう腰の剣の柄に手をかけている。
「……アルティさん、警戒を怠らないように」
「分かってるわよ。でも、ここに来るまで何もなかったし、相手もネタ切れなんじゃないの?」
「それは……」
医務室を出てからここに来るまで、カインたちは一度も戦闘を行っていない。
最初に第三修練場に向かった時と比べると極端な違いだ。
あの時は、うんざりするほどの数の魔物がカインたちの行く手を塞いだのに、今回はそれがない。
何とも言えない違和感と、例えようのない不安がカインを苛む。
「相手ももう打つ手がないんじゃないの?」
「そうやって油断させるのが相手の思惑かもしれません。アルティさんも気を抜かないでください」
カインはアルティに注意を促す。
例え敵が何を考えてようと、カインたちのすることは変わりない。
それからカインたちは無言のまま、薄暗い細道をゆっくりと進み続ける。
しばらくすると、強い光の差し込む開けた場所に出た。
前回、カインとアルティが模擬戦を行った場所だ。
「――遅かったですね」
「「…………!?」」
二人して声のした方に視線を移す。
そこには、壁に背を預けたシャルバが不適な笑みを浮かべながら佇んでいた。
隣には同じく壁に寄りかかり、座り込んでいるミリィがいた。
「ミリィ!」
名前を呼ぶが返事がない。
一定の間隔で肩を揺らしいることから、死んでいるのではなく、ただ眠っているだけであることが見受けられる。
「ミリィを返しなさい!」
アルティが殺気を孕んだ瞳をシャルバに向けるが、当のシャルバは気にも止めていない。
「一人うるさいのがいますが……まあいいでしょう」
アルティの存在を認識して、一瞬不快そうに顔を歪めるシャルバ。
「約束通り僕たちは来ました。ミリィさんを返してください」
「そう急かさないでくださいよ。私も約束を守って、この学園に来た目的を話しますから」
「そんなことは、もうどうでもいいです。いいからミリィさんを返してください」
シャルバの目的も気になるが、今はミリィの安全が最優先だ。
だが、シャルバは自分を後回しにされたことが不満なのか、手を拳銃の形に変えて人指し指を眠るミリィの頭に突き付ける。
「聞いてくださいよ。じゃないと私、悲しくて悲しくて、この少女の頭を吹き飛ばしてしまいますよ?」
「……分かりました」
ミリィを人質に取られては、カインはどうすることもできない。
「卑怯者! 人質なんて恥ずかしくないの!?」
アルティが罵るが、シャルバはどこ吹く風といった様子だ。
「それでは、私がこの学園に来た目的を話すとしましょうか。と言っても、そんなに大した目的があったわけじゃないんですけどね」
ヘラヘラと軽薄な笑みが、シャルバの優男のような顔に刻まれる。
まるで自分の全てが見透かしているような感覚が、カインを支配する。
「私がここに来た目的はあなたですよ――カイン=エルドフ」
「僕……ですか」
第三者から見れば一教官、それも新人であるカインを狙う理由は理解できないだろう。
「あなた、何か魔物に狙われるようなことをしたの?」
現にアルティは、シャルバの言ったことが理解できず、首を捻っている。
「おや? そこの小娘には何も話していないのですか?」
「誰が小娘よ!?」
シャルバの言葉に、アルティが目を剥いて吠える。
「どうやら本当に知らないようですね」
「何よ、何の話をしてるの?」
「彼の正体ですよ。まさか、外見通りただの子供とは思っていませんよね?」
「それは……」
アルティが目に見えて動揺する。
「アルティさん?」
「だ、大丈夫よ! 気にしないで!」
慌てた様子でそう言うが、カインの目には全然大丈夫に見えない。
「特別です。私が彼の正体を教えてあげましょう」
「アルティさん、耳を貸してはいけません!」
顔色を真っ青に染め、カインが警告するが時すでに遅し。
「彼は、我らが主たる魔王様を打倒した人類の英雄――勇者ですよ」
「…………ッ!?」
アルティが息を呑む。
次いで、シャルバへの怒りも忘れ、呆然とした表情でカインを見る。
「……嘘よね、あなたが勇者様なんて」
「…………」
カインは答えない。
だが、カインの沈黙は言葉以上に雄弁に答えを語っていた。
「で、でも、勇者様は剣術と魔法の両方を極めたとされているのに対して、カインは魔法が使えないわ! これはどういうことなの!?」
未だに信じることができないのか、アルティはシャルバに矛盾を突き付ける。
「それは魔王様を倒した力を恐れられた結果ですよ。彼は国王に封印魔法をかけられ、力を封印されました」
「そんな……」
返ってきたのは、アルティにとって耳を塞ぎたくなるであろう事実。
カインが勇者というだけでも驚きだろうに、国王に力を封印されたなどという信じがたい話まで聞かされる。
今のアルティの胸中は、カインには知るよしもない。
「彼の背中には封印魔法の刻印が刻まれていることをご存知ですか? あれが封印の証です」
「まさか……」
心当たりがあるのか、アルティは口元に手を当て目を見開いている。
「アルティさん」
「な、何よ……」
アルティはカインに名前を呼ばれ、恐る恐るといった様子で応じる。
「彼の言ったことは全て事実です」
「…………ッ!」
とうとう、カインはシャルバの言葉を肯定してしまった。
何も言わなければ、知らない顔をできたにも関わらず。
「ですが、一つだけ信じてしてください。僕は、あなたたちを騙すつもりはありませんでした」
言い訳にしかならないと分かっているが、それでもカインは続ける。
「ミリィさんのことは絶対に僕が助けます。どうやら、あの魔物は僕を狙ってこの学園に来たようですしね」
「カイン……」
アルティの前にいるのは、彼女にとって憧れの存在の勇者であったと同時に、数日前まで犬猿の仲だったカイン。
様々な感情が入り交じっているのだろう、何を話すべきか見当も付かないといった様子だ。
――だがアルティは、この短い時間でカインがどのような人間かを知った。
――一見冷たいようにも見えるが、誰かのために身体を張れる優しい少年。
――そんなカインに、アルティがかける言葉があるとすればそれは、
「信じてるから!」
ただ一言、信頼を口にするだけ。
「はい、任せてください」
それだけで、少年は戦える。
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