勝利の代償

「ちょっと、どういうことよ!?」

 アルティが鬼の形相でカインに問い詰める。

「私が【フラッシュ】で相手の視界を奪えば隙が生まれるから、そこを突けば簡単に勝てるって言ってたじゃない! 私を騙したの!?」

 ボロボロの姿のカインに目を剥いて、厳しい言葉を投げつける。

「はい、騙しました。本当の作戦を正直に話したら反対されると思いまして……」

「当たり前よ! もう……これじゃあ何のために一緒に戦ったのか分からないじゃない。……ほら、傷の治療はしてあげるから、剣を抜きなさい」

「……ありがとうございます」

 自分のために怒ってくれたアルティに謝意を漏らし、腹部の双剣を抜く。 

 大量の剣を抜くと同時に大量の血が流れることが予測されたが、実際のところは一滴の血も溢れない。

 これ以上の失血を恐れたカインが、腹筋で無理矢理傷を塞いだのだ。

「僕が傷口を塞いでいる間にお願いします」

「筋肉で出血を止めるとか、相変わらずメチャクチャね……」

 呆れながらもアルティは、カインに回復魔法をかけ始める。

「ははは……」

 少し離れた位置から、二人の耳に笑い声が届いた。

「見事だ。まさかあんな奇策で来るとはな……」

 声の主はリヴルだ。

 地に背中を預けながら、愉快げな笑みと共にカインの勝利を称える。

 左肩から右腰にかけて刻まれた傷から、止めどなく血が溢れている。

 本来なら背中に達してもおかしくなかったカインの一撃。リヴルは咄嗟に後ろに跳ぶことで、威力を殺したのだ。

 それでも致命傷であることは変わらないが、即死は免れた。

「俺の負けだが……まあ楽しめたからな。未練はない」

「…………」

 カインは無言で倒れたリヴルを見つめる。

 勝者が敗者にかける言葉はないということだろう。

「ああ……そういえば一つだけやり残したことがあったな」

 何を思い出したのか、リヴルが死にかけの身体に鞭を打って立ち上がる。

「まだやるつもりですか?」

 対するカインは、アルティに回復魔法を中断させ背に庇うと、警戒心を露にして腰に吊るしている剣に手をかける。

「まさか……勝敗は決した。これからするのは、奴との契約の履行だ」

 次の瞬間、リヴルは己の左胸――心臓を右腕で貫いた。

「…………ッ!?」

 突然のリヴルの寄行にカインとアルティは目を丸くする。

「……貴様らは、代償魔法というものを知っているか?」

 血塊を吐きながら、眼前の二人に訊ねる。

「…………?」

「…………!」

 アルティは聞き覚えのない単語に首を傾げるが、カインの方は目に見えて表情が変わった。

「どうやら貴様は知っているようだな。俺は今からそれを実行する……精々、逃げ切ることだな」

 その言葉を最後に、リヴルは地に沈む。二度と目覚めることはないだろう。

「アルティさん、急いでここを離れますよ!」

 カインらしからぬ焦燥感を滲ませた表情。

「え……何? 何なの?」

 だがアルティは、カインの突然の変貌に付いて行けず戸惑うのみ。

「いいから早く!」

「ちょっ、いきなり何するのよ!?」

 手を掴み、カインはアルティを強引に走らせる。

 しかし行動を起こすには遅すぎた。

 リヴルの死体を発生源として、眩い光が放たれる。

「な、何がどうなっているの!?」

「…………ッ! アルティさん、伏せてください!」

「きゃ……ッ!」

 アルティが短い悲鳴をあげたが、カインは問答無用でアルティの頭を下げ、強制的に低い姿勢にする。

 ――爆発が起こったのは、その直後のことだった。

 リヴルの死体を中心に、破壊の波が周囲に広がる。

 あらゆるものを飲み込む破壊の権化がカインとアルティに迫り――




 代償魔法とは、魔力と詠唱を必要としない珍しい魔法だ。

 魔力を使わないためリヴルのようなゴブリンでも扱える上に、詠唱も不要なので発動を気取られることもない。

 これだけ聞くと、とても便利な魔法のように感じるがそんなことはない。

 代償魔法に必要なのは術者の命だ。

 そのため、発動することは死と同義。

 しかし効果は命に見合った強力なものだ。

 特に今回リヴルが使ったのは【エクスプロージョン】と呼ばれる広範囲爆発魔法。

 半径一キロメートル以内に存在するありとあらゆるものを破滅させる魔法だ。

 常人ならば肉片も残すことなく消し飛ぶだろう。そう、常人ならば。




「いたた……」

 アルティが全身を走る痛みに耐えながら立ち上がる。

「いったい何が起こったの?」

 カインに頭を無理矢理伏せられてから先の記憶がない。

 どれほどの時間か分からないが、意識が飛んでいたのだろう。

 状況把握のために周囲を見回すと、正面にカインの姿が見えた。

「あなた、さっきはよくも人の頭を――」

 先程の頭を強引に下げさせた件について文句を言ってやろうと口を開いて――やめた。

 なぜなら、カインがいきなりアルティの方に前のめりに倒れたから。

「ちょ、ちょっと、いきなり何するのよ!?」

 突然寄りかかられて、アルティは顔を真っ赤にする。しかし、その顔はカインの背中を見てサッと青ざめる。

「これは……!」

 カインの背中は、衣服が消し飛び焼けただれていた。

 とてもではないが、十三の少年の身体とは思えないほど、見るも無惨な姿に変貌している。

「何でこんなことになってるのよ!?」

 情報が欲しい。

 そう思ったアルティは、何かないかと周囲を見回す。

 そこで気付いた。辺り一帯の地面が抉れていること。

 例外なのは、丁度アルティのいる位置のみ。まるでかのように、不自然なほどアルティと彼女の足元は無傷だった。

「まさか……」

 ようやく、アルティも何が起こったのか何となく察する。

「何してるのよ、私……」

 無茶を言ってカインに付いてきたにも関わらず、足を引っ張ってばかりだ。

 挙げ句の果て、カインは自分を庇い重傷だ。

 自分の無力をこれほど呪ったことはない。

「う……」

 アルティが無力感に打ちのめされていると、カインの口から呻き声が漏れた。

「…………ッ!」

 しかし目を覚ますことはなく、険しい表情をしながらも目は閉じたままだ。

 今はまだ息をしているが、それもいつまで続くか分からない。

 誰かが治療をしなければ死んでしまうだろう。

「……私がやらなくちゃ」

 後悔は後回しにする。

 アルティは確かに無力ではあったが、助けられる命を前に何もしない無能にはなりたくない。

 アルティはカインを抱き上げると、目と鼻の先にある第三修練場を見据える。

「もう少しだけ待ってて、ミリィ……」

 それだけを言い残して、アルティは第三修練場とは反対方向に駆け出した。

 




 




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