二人の勝利
「く……ッ!」
カインの口から苦悶の声があがる。
「どうした、その程度か!?」
少し距離を空けた位置から、リヴルが声を張り上げる。
現在、カインはかなり不利な状況に追い込まれている。
リヴルの剣が一本の時はカインが斬りかかり、リヴルがそれを阻むという構図だった。
しかし、リヴルが二本目の剣を抜いてから状況は一変した。
カインから攻めるという構図は変わらないが、リヴルも守るだけではなく攻め始めたのだ。
カインの一撃を片方の剣で受け、もう片方の剣で襲う。
当然カインも尋常ならざる身体能力を駆使して回避しようとするが、リヴルの的確な攻めはカインに小さな傷を刻む。
それを何度も繰り返し、今カインは身体の至るところに細かな傷を作っている。
一つ一つの傷は小さいものだが、これ以上続くようなら失血死の危険もある。
単純な策だが、カインを相手にするとなるとリヴル並みの実力者でなければ不可能だろう。
「そろそろ血が足りなくなってきたか?」
「…………」
図星だ。
身体が泥のように重くなり、気を抜けばあっさりとその場に倒れてしまいそうだ。
今は気力を振り絞ることで耐えているが、それも限界は近い。
「あと一手足りませんね……」
身体を冒す倦怠感に抗いながら、冷静に状況を分析する。
向こうに対抗して、こちらも何か新しく一手を打てば何とかなるかもしれないが、肝心の一手が思い浮かばない。
「こんな時、魔法があれば……」
今の自分には使えないことが分かっていながら、カインはそんな呟きを漏らしてしまう。
「カイン……!」
打開策に思考を巡らせていると、後ろで見ているだけだったアルティが駆け寄ってきた。
「何をしに来たんですか? 離れてないと死にますよ?」
「でも、あなた負けそうじゃない。だから……心配になったのよ」
どうやらカインの身を案じてくれたようだ。
「不安にさせてしまいましたね。でも安心してください。絶対に勝ちますから」
根拠なんてものはない。だが、アルティを安堵させるために空虚な言葉を吐く。
「嘘。どう見てもあなたの方が不利じゃない」
カインの浅慮な嘘など、アルティは容易く見抜く。
「私も戦う」
「それは――」
ダメです、と断ろうとする。だがアルティは頑なだった。
「私に助けを求めなさいよ! このままじゃ、あなた本当に死ぬわよ!」
「それでもです。ヘタに戦いに入って、彼の標的にされたらどうするつもりですか?」
この短い時間で、カインはリヴルの人柄を何となくではあるが理解し始めていた。
恐らく、リヴルはアルティが参戦したとしても狙いはしないだろう。
リヴルは強者であるカインに強い執着を持っている。
アルティ程度の実力では、リヴルは興味を示さないはずだ。
だがそれでも万が一ということもある。アルティが傷付く可能性のあることなど、カインは了承できない。
「死んでしまうんですよ?」
「覚悟の上よ!」
「ですが――」
未だに了承を渋るカインに、アルティも業を煮やす。
そのせいで、アルティは思わず叫ぶように言い放つ。
「私はあなたにも死んでほしくないの!」
「…………ッ!?」
「私を傷付けまいとしていることは分かるわ! でも、それであなたが死んだら元も子もないじゃない!」
アルティの想いが伝わる。彼女は、ただただカインの身体を案じているだけなのだ。
「アルティさん……」
「ほら、あんな奴さっさと倒してミリィを助けに行くわよ」
アルティは敵であるリヴルを見据える。
「分かりました。もう僕からは何も言いません。一緒に戦いましょう」
自身の教え子であるアルティが覚悟を見せたのだ。カインも腹を括るしかない。
「なら早速――」
「ちょっと待ってください」
「ぐえ……ッ!」
リヴル目掛けて駆け出そうとしたアルティの首根っこがカインに掴まれる。
おかげでアルティは潰れたカエルのような声をあげてしまう。
「いきなり何するのよ!?」
「アルティさん、少し耳を貸してください。作戦があります」
「……分かったわ」
そして、カインはアルティに耳打ちする。リヴルを打倒するための策を。
「話し合いは終わりか?」
リヴルの視線の先には、カインとアルティが並び立っている。
「ええ、おかげであなたを倒すための策も思いつきましたよ」
「ほう……策というのは、そこの小娘と協力して行うのか?」
「その通りです。二対一は卑怯とでも言いますか?」
「いいや、そんなことはない。戦いとは常に何が起こるか分からぬもの。数の不利を嘆くような真似はしない。むしろ、俺は貴様ら二人が何をするのか楽しみだ」
戦闘狂。
最早リヴルはそう評する他ないほどの凶悪を顔に刻む。
「アルティさん、作戦通りに頼みます」
「分かったわ……でも本当にこれで勝てるの?」
「大丈夫です。僕に任せてください」
不安げな表情のアルティに、カインは自信を以て答える。
「それでは――行ってきます」
その言葉を最後に、カインはリヴルの元へ直進する。
「さあ来い!」
歓喜の笑みと共に、迫るカインを待ち構える。
「今です、アルティさん!」
リヴルとの距離を半分の辺りまで詰めたところで、アルティに向けて声をあげる。
「任せなさい【フラッシュ】!」
【フラッシュ】は攻撃性を一切持たない、ただ光を放つだけの魔法だ。
唯一の特性は込めた魔力量に比例して強い光を出すということ。
伸ばした手の先から眩い光が発せられる。
「ぬ……ッ!」
アルティに背を向けているカインはともかく、そうではないリヴルは光に目を灼かれる。
アルティにリヴルの視界を封じさせ、隙が生まれたところをカインが渾身の一撃で斬り倒す。
これがカインがアルティに伝えた作戦。
全速力で、しかし音は消しつつリヴルに迫る。
リヴルの懐に潜り込むと、容赦なく剣がリヴルを貫きかけたその時、
「残念だったな」
そんな呟きと共に、リヴルの双剣がカインの腹に突き刺さる。
「…………ッ!?」
「まさか、視界を潰した程度でこの俺を倒せると思ったか?」
言葉には、明らかに落胆の色が含まれていた。
リヴルは確かにカインの作戦によって目を開けていられなくなった。だが、彼の予測はそんなことでは崩せない。
「このような、つまらない決着になるとはな……」
リヴルは剣を握った手に力を込め、引き抜こうとする。しかし、
「抜けない……だと?」
剣はカインの腹に刺さったまま微動だにしない。
「――あなたの厄介なところは予測ではなく、それに慢心しない冷静さです」
「貴様、まだ……!」
「僕の行動の大半を予測できるにも関わらず、決して自分から先に攻めようとはしませんでした。おかげであなたを捕まえるのは困難を極めましたよ」
リヴルは常に後手に回っていた。攻めるにしても、カインの剣を受けた後だ。
そのため、カインは攻めあぐねていた。
だからこそ、アルティの参戦はカインにとって新たな一手となった。
まずアルティの魔法でリヴルの目を一時的に見えなくする。これによってリヴルの行動はある程度制限される。
次にあえて読まれやすい直進で、リヴルの元へ行く。
隙を作ったと思い、反撃など考慮していないカインの攻撃をわざわざ防ぐ必要はない。逆にカウンターでカインに一撃を見舞おうするだろう。
リヴルが守りではなく攻めに転じる。それこそがカインの狙いだ。
「もう離しませんよ」
攻めに入ったリヴルの剣をあえて受け入れ、腹筋で挟み離さない。
「覚悟してください」
「…………ッ!」
剣を回収することを諦め距離を取るが、手遅れだ。
カインはあっさりと詰め寄り、全力の一撃を左肩から右腰にかけて袈裟斬りにするように放つ。
「がああああああああ!」
カインの振るった一撃に耐えることができず、リヴルは叫びながら数メートル後方に吹き込んだ。
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