強者その2
――半刻ほどの時が流れた。
カインと男の戦いは未だに続いていた。これは異常なことだ。
戦いとは、わずかな実力の差であっさりと勝敗が決してしまうもの。
カインののとてつもない身体能力は、男の全てを上回っている。
万物を砕かんばかりの豪腕と目にも止まらぬ速度。
少なくとも、アルティの目にはカインが劣る面はないように見える。
しかし、男はカインの攻撃を前にまだ生きている。
アルティの見た限り、男の身体能力は大して高くない。アルティと同じ程度だろう。
にも関わらず、なぜかカインの猛攻に耐え続けている。
しかも、互いに傷一つ負っていない。
「…………」
アルティには、その光景が酷く不気味に映った。
「…………ッ!」
ぶつかり合う剣と剣。
火花が散る。
「期待以上だ! 貴様との戦いは最高に楽しいものだな!」
フードを被っているため表情は分からないが、命のやり取りをしているというには、男は楽しげであることが発せられる声から分かる。
「狂ってますね」
カインは侮蔑の言葉を投げるが、男の笑みが崩れることはない。
「貴様は楽しくないのか? 互いに命のやり取りをするこの瞬間! 俺はこの瞬間だけ生を実感できる!」
「僕には理解できません――ね!」
横一閃に振るわれた刃。
だが男はこれを仰け反ることで回避する。
相変わらず目で追えていないにも関わらず、どうやって避けているのかカインには皆目見当もつかない。
しかし、カインの攻撃はここで終わりではない。
カインは剣を振るった勢いに身を任せて、男の側頭部に蹴りを見舞う。
「ぐ……ッ!」
仰け反った態勢では躱けることも叶わず、男は苦悶の声と共に数メートル後方に吹き飛び、地を転がる。
完璧に虚を突いた形だ。
カインも当てた手応えはあった。だが、
「はははははははは! 今のは危なかった! 死ぬかと思ったぞ!」
土煙の舞う中、男は健在だった。
「受け流しに失敗していれば、間違いなく死んでいたな!」
男はカインの蹴りが直撃する寸前、全身の力を用いて、蹴りの威力を受け流したのだ。
卓越した技量があって初めてできる芸当。
恐らく、カインの豪腕から繰り出された剣も、この技量を以て耐えていたのだろう。男の力の一端が垣間見えた瞬間だ。
土煙が晴れる。中から現れたのは、緑の体色をした男――ゴブリンだった。
「むう……貴様の攻撃でフードが取れてしまったか」
「ゴブリンですか……」
ゴブリンとは魔物の中でも最弱の存在だ。
知性はあるにはあるが大して高くもなく、身体能力も魔物最弱どころか人間にすら劣り、魔力がないため魔法も使えない。
一般人でも二、三体程度なら素手で倒せるほど貧弱だ。
とてもではないが、カインとまともに打ち合える能力を持つとは思えないモンスターだ。
「そうだ、俺はゴブリン。名をリヴルという」
「人の言葉を話すゴブリンは初めて見ましたよ」
「俺は突然変異という奴でな。通常のゴブリンよりも高い知能と身体能力を持って生まれた。まあ高いと言っても、貴様ら人間と同程度しかないがな」
リヴルは皮肉の笑みを浮かべる。
「それにしては随分と強いですね」
「貴様のような強者と戦うために鍛えたからな。おかげで今この戦いを楽しめている」
いくら突然変異とはいえ、所詮はゴブリン。カインとまともにやり合うためにどれほどの鍛練を積んだのか、カインに知る術はない。
だがリヴルの言葉は、彼の実力に裏付けされた力を以てカインに伝わる。
「……少し話しすぎたな。続きを始めようか」
「そうですね……」
そして、二人は再び激突する。
互いに命を懸けて。
「――ようやく分かってきましたよ。あなたのその異様な回避能力の正体が」
幾度目になるかも分からない激突の中、カインは口を開いた。
「ほう? 聞こうじゃないか」
リヴルが剣を下ろす。話を聞く気のようだ。
「その前に一つ確認しておきたいのですが……あなた、僕の攻撃が見えてませんね?」
すでに分かっていることだが、今からする話には重要なことであるため確認する。
「ああ、その通りだ」
「なら答えは簡単です。あなたは僕の攻撃を見てから動いていない。予測してあらかじめ分かっていたんですよね?」
仕組みは単純だった。
どこを攻撃してくるか最初から分かっていれば、回避もガードも簡単にできる。
「そうだ。俺にはお前がどこからどう攻撃してくるのか、あらかじめ分かっていた。まあ、先程の蹴りは想定していなかったので喰らってしまったがな」
リヴルは驚くほどあっさりとカインの推論を認めた。
「突然変異とはいえ、所詮俺はゴブリン。魔法も使えず、いくら肉体を鍛えてもたかが知れている。だから俺はそれ以外の面を伸ばすことにした」
リヴルは静かに語る。
「貴様らような怪物相手に、俺が勝ることができるのは一つだけ――経験だ。だから俺は、ひたすら戦いに明け暮れた。時には死にかけもしたが、決してやめはしなかった」
「…………」
リヴルの言葉の端々に、彼が辿った壮絶な過去が見え隠れする。
「そうして数十年もの間、死闘に身を置き続けた結果、俺は相手の動きを先の先まで読み切ることのできる圧倒的な経験を手に入れた。おかげで今、貴様のような強者との戦いを楽しむことができている」
リヴルは、ある意味カインとは対極の存在だ。
生まれた時から絶対的な力を持っていたカイン。
ゴブリン故に脆弱だったため、努力と呼ぶには壮絶な経験によって力を得たリヴル。
相反する存在である二人の視線が交わる。
「まあ、タネが分かったところでどうしようもないがな」
「そんなことはありません。分かっていればやりようはあります」
言って、カインは跳躍した。
着地予測地点はリヴルの目の前。
カインは宙を駆けながら、頭上に剣を掲げる。
跳びながら斬りかかるつもりだろう。
当然、リヴルはその程度のことを予測していた。
カインが跳躍したのとほぼ同じタイミングで、剣を自身の頭より少し高い位置で横に構える。
このままいけば先程までと同様に防がれてしまう。
だからカインは、リヴルの予測の裏をかくことにした。
そのまま振るえば止められてしまう剣をあえて振るわず、着地する。
「む……ッ!?」
そして勢いは殺さず、リヴルの股下を滑り込み背後に回った。
リヴルの予測とは、あくまで最適解でしかない。
歴戦の戦士相手ならば、リヴルはその真価を存分に発揮するだろう。
彼らは幾度も戦いを経験し、効率の良い敵の倒し方を熟知しているのだから。
だが、相手が素人ならば話は変わってくる。
素人は経験もなければ定石というものも知らない。当然ながらまともな動きはできないだろう。
これならば、予測も不可能だ。
つまり、今のような最適ではない無駄な動きを混ぜれば、リヴルの予測は崩れる。
リヴルのがら空きな背中に剣を叩き込む。
「…………ッ!」
だが、隙を突いた一撃はリヴルが腰に携えていた二本目の剣を抜き、阻まれてしまった。
「惜しかったな」
言葉と共に、最初に抜いていた剣による突きがカインに迫る。
「く……ッ!」
剣が頬を掠めたが、何とか後方に跳ぶことで直撃は免れる。
「ほう、今のも避けるか。ここまで受けて生き残った者は貴様が初めてだぞ」
「……まさか二刀流とは思いもよりませんでしたよ」
一本の剣のみで戦っていたため、腰に差したままの方は予備の剣と考えていたが、早計だったようだ。
「貴様のように、俺の予測の裏をかこうとした者はこれまでにもいた。二刀流はその対策だ」
裏をかいたつもりが裏の裏をかかれてしまった。
こと読み合いにおいては、リヴルの方が一枚も二枚も上手であることを痛感させられる。
「さあ、次は何をしてくれる? それとももう策は尽きたか? 何でもいい、俺を楽しませろ!」
リヴルは吠える。更なる闘争を求めて。
「あなたを倒して、ミリィさんを助けに行かせてもらいます」
リヴルに応じる形で、カインは駆ける。
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