強者その1

「またですか……」

 うんざりした様子で、カインは新たに出現した魔物を斬り倒す。

 ハウンドドックを皮切りに、多種多様な魔物がカインたちの行く手を阻むように現れた。

 流石に一体一体を丁寧に相手していると日が暮れてしまう。

 なので、現在カインは走りながら進行の邪魔になる魔物のみを相手している。後ろから追いかけてくる魔物は無視だ。

「付いて来てますか、アルティさん!?」

「ええ、大丈夫よ!」

 返事はすぐ後ろから聞こえた。

 こうして定期的に呼びかけているのは、アルティと距離を一定以上離さないため。

 こんな魔物だらけの場所に置き去りにしてしまえば、アルティは魔物のエサになってしまう。

 そのため、カインは後方のアルティに当たらないよう気を配りつつ、魔物を斬り裂く。

「ねえ、この魔物の数、明らかにおかしいわよね?」

「恐らく召喚魔法の使い手がいるのだと思います。そうでなければこの魔物の数は説明がつきません」

 召喚魔法とは、その名の通り魔物を喚び寄せる魔法だ。術者の魔力が尽きない限り隷属させた魔物は喚ぶことができるが、自分の実力以上の魔物は使役できない。

 しかも、魔物によっては喚び出した術者に牙を剥くようなものまでいる。

 そのため、あまり実践的とは言えない魔法だ。術者は何の意図があって使用しているのか、カインは理解できない。

「――見えてきました」

「…………ッ!」

 カインの瞳が第三修練場を捉える。

「待ってて、ミリィ……!」

 地面を駆ける足に無意識の内に力がこもる。

「……アルティさん、魔物はまだ追ってきてますか?」

「え……?」

 言われて振り返ると、そこに魔物は一体も残っていなかった。

 今度はカインの背中越しに前を見たが、後方と同じく魔物はいない。

 つい先程まで嫌というほどいたはずの魔物が、まるで霞のように消えたのだ。

「アルティさん、ここからは充分警戒しながら進んでください」

 カインはアルティに警戒を促す。

「分かった……」

 とは言ったものの、目的地はすでに眼前まで迫っている。

 そこまで行ってミリィを奪還すれば、それで戦いは終わりだ。

「わぷ……ッ!」

 考え事をしていると、いつの間にか立ち止まっていたカインとぶつかってしまった。

「ちょっと、いきなり立ち止まらないでよ!」

 アルティが文句を垂れるがカインは相手をしない。視線を前方に固定したままだ。

「ようやく来たか、待ちわびたぞ」

 黒衣を纏い、フードで顔の半分以上を覆った男がカインたちの行く手を塞ぐように立ちはだかっている。

「あなたは、シャルバという魔物の仲間ですか?」

「俺はあの男の仲間ではない。ただ雇われただけだ。だが、お前たちの敵かと問われれば――その通りだ」

 男が右手で黒衣をはためかせる。すると、腰に携えたが姿を表す。

 そして、二本の内片方を鞘から抜き、切っ先をカインに向ける。

「さあ、貴様も抜け」

 純粋な殺気が、カイン小さな身体を飲み込まんばかりの勢いで流れ込んでくる。

「ひ……ッ!」

「……アルティさん、下がっていてください」

 カインに巻き込まれる形で、黒衣の男の尋常ならざる殺気に触れてしまったアルティを後ろに下がらせる。

 殺気だけでゲイルとは比べものにならない、圧倒的な強者であることが分かる。

「…………」

 カインも無言で剣を握る手に力を込める。

 それを見て、男はフードの下に愉悦の笑みを作る。

「いいぞ。さあ、俺を楽しませてくれ!」

 カインが臨戦態勢に入ったことに、歓喜の声をあげる。

 次の瞬間、カインは地を蹴った。

 一直線に、音速にすら届きうる速度で男へと突き進む。

 対して、男の視線は先程までカインがいた場所に向いている。

 カインの動きが見えていない証拠だ。

 カインは、目にも止まらぬ速度で男の懐に潜り込んだ。

 あとは剣を振り抜くだけ。それだけで敵は絶命するだろう。

 カインの予想に反した、あまりにも呆気ない結果だ。

 しかし、カインは躊躇うことなく剣を振るう。

 音速に匹敵する剣が男の首に迫り、

「…………ッ!?」

 甲高い音が、カインの耳朶を打つ。

「――はははははははは! 素晴らしい! 素晴らしいぞ!」

 男は、カインの一撃を右手の剣で受け止めながら笑っていた。

「何をしたんですか?」

「さて、何のことだ?」

 男は確実に見えていなかったはずだ。にも関わらず、カイン一撃を止めた。

 明らかにおかしい。

 十中八九、何かがあるだろう。

 カインは、目の前の人物が強敵であることを再認識させられる。

「戦いは始まったばかりだ。楽しもうではないか!」

「僕はあなたに付き合っている時間はありません」

 淡々とした言葉を返しながら、カインは再度斬りかかるのだった。



 

 

 

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