ハウンドドック

「アルティさん、遅いですよ」

「う、うるさいわね! あなたが早すぎるのよ!」

 数メートル先にいるカインの言葉に反論するものの、いつものキレがない。

 校舎を出た二人は現在、第三修練場へ向けて凄まじい速度で駆けている。

「こうしている間にもミリィさんは危ない目にあっているかもしれません。もっとペースを上げてください」

「…………ッ!」

 焚き付けられて、アルティは速度を上げカインとの距離を詰める。

 カインは魔物並みの身体能力を有している。アルティは全力を振り絞ることで、何とか付いて行けてる形だ。

「ねえ、今思ったんだけど、学園長が戻るのを待つことはできないの?」

「無理ですね。さっきも言いましたが、ミリィさんの安否が確認できない以上、なるべく早く彼女を助け出さなければいけません。学園長が戻るのを待つ時間はありませんよ」

「そうよね……」

 がくりとアルティは肩を落とす。

「今更恐くなりましたか?」

「違うわよ! ただ、私たち二人だけで本当にミリィを助けられるのか不安なだけ」

 カインは確かに強いが、それでも戦力はたったの二人なのだ。アルティが不安を覚えるのも無理はない。

「安心してください。ミリィさんは僕が助けますから――止まってください」

 唐突に立ち止まったカインが、アルティの動きを手で制す。

「いきなりどうしたのよ? 前に何か――」

 カインの背中越しに前方を見て、口を紡ぐ。

 魔物がいた。それも複数。

「ハ、ハウンドドック!」

 ハウンドドックとは犬型の魔物の一種だ。

 知能は低く、力も特別強いわけではない。

 唯一脅威なのはハウンドドックの群れる性質だ。

 ハウンドドックは常に十体から二十体の群れで行動しており、獲物を狩る際は連携して襲いかかる。

 質ではなく量で攻めてくるため、単純に手数が足りずやられてしまう者が多い。

「アルティさん、少し離れていてください」

 カインが腰の剣を抜き、構える。

「待って、相手はハウンドドックよ? 一人じゃ危ないわ。私も一緒に――」

「いいえ、結構です。ヘタに一緒に戦って僕の攻撃に巻き込まれて死にたくはないでしょう?」

「……はい」

 すごすごと後ろに下がるアルティ。

 カインならば冗談ではなく本当にやらかしそうな気がしてしまう。

 そんなやり取りをしていると、向こうもカインが臨戦態勢に入ったことに気が付いたのか、血に飢えた瞳と共に唸る。

「…………」

 沈黙が場を支配する。

 いつまでも続くのではないかと思われた沈黙だが、先に動いたのはハウンドドックの方だった。

 十数体のハウンドドックの内数体がカインに飛びかかる。

 逃げ道は後方のみ。しかしそこにはアルティがいる以上、逃げることはできない。

 結果として、迎え打つしか選択肢はない。

「面倒ですね」

 ハウンドドックの凶爪がカインに迫るその寸前、

「ふ……ッ!」

 カインが剣を横凪ぎに振るった。

 瞬間、襲いかかってきた数体のハウンドドックが上下に分かれ、肉塊に変貌する。

「…………ッ!」

 少し離れた場所からアルティは一連の流れを見守っていたが、今のカインの一撃はまったく見えなかった。

 改めてカインのデタラメ具合に呆れてしまう。

「さて、今度はこちらから行きますよ」

 今度はカインの方が残りのハウンドドックに迫る。

 仲間がやられたことで、ハウンドドックたちはカインに恐怖を植え付けられていた。

 突然攻め込まれ怯んだハウンドドックを斬殺することは、カインにとって造作もないことだった。




「やはりハウンドドック程度ではダメですね」

 第三修練場にて、シャルバが水晶を片手にそんなことを呟いた。

 水晶には、魔物を斬り倒すカインの姿が映っている。

「……なぜ魔物を仕向けた? あの程度の奴らであの男を殺せないのは分かっているだろう?」

 魔物を仕向けたことの意味を、傍らのフードを被った男が問う。

を把握するためですよ。おかげで良いものが見られました」

「そうか……」

 フードを被った男はシャルバに背を向け、第三修練場の出口に歩を進める。

「どちらへ?」

「俺が貴様らに協力したのは、強者との戦いができると聞いたからだ。その契約、今こそ果たしてもらうぞ」

 フードの隙間から見え隠れする口元が獰猛な笑みを刻む。

「私は別に構いませんが、もし失敗した時は……頼みますよ」

「分かっている。俺も貴様らとの契約は守ろう」

 その言葉を最後に、フードの男は第三修練場を後にした。

 


 

 






 

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