カインの力

「何だ、てめえ?」

 カインの登場に、ゲイルは怪訝な顔をする。

「僕はカインと言います。今あなたが首を絞めているアルティさんの教官を務めています」

 ゲイルに睨まれるが、カインは動じることなく淡々と答える。

「へえ、お前が……」

 ゲイルの興味が、アルティからカインへと移った。

 カインはそんなゲイルの変化に気付かず、告げる。

「アルティさんを放してください」

「断ると言ったら?」

「その時はあなたを倒して奪い返させてもらいます」

「面白いことを言うじゃねえか。――やれるものならやってみろ!」

 ゲイルは掴んでいたアルティをその場に放り捨て、好戦的な笑みと共にカインの元へ駆ける。

「まったく、これだから魔物は……」

 迫るゲイルを前に、カインは嘆息する。

 ゲイルの行動は当然のものと言えるだろう。

 人間と魔物。二つの存在が出会って戦いにならないはずがない。

 なので、カインが嘆息したのはゲイルの血の気の多さに関してだ。

「いくぞ、おらあ!」

 ゲイルの豪腕が、カインへと放たれる。

 カインの小さな体躯など、一瞬で肉塊に変えられる一撃。

 だがカインはその一撃を

「な……ッ!」

 驚嘆するゲイル。避けられたのならまだしも、まさか渾身の一撃をこうもあっさり止められるとは思わなかったのだろう。

「次は僕の番ですね」

「ひ……ッ!」

 自身より遥か高みにいる強者を前に、ゲイルの口から恐怖を宿した悲鳴が漏れる。

 先程まで学生相手に見せていた余裕の態度が嘘のようだ。

 距離を取ろうとするが、カインが掴んだ拳を離さない。

「あなたが魔物で良かった。手加減する必要もありません」

「ま、待て! 何でもする! だから命だけは――ああああああああ!」

 言い終える前にカインのもう片方の拳がゲイルの腹を穿ち、ゲイルはその場に崩れ落ちるのだった。




「アルティさん、大丈夫ですか?」

 カインは倒したゲイルを尻目に、すぐさまアルティの元に駆け寄る。

「私は大丈夫よ。でも、あなた本当に何者? ハイデーモンを素手で倒す人間なんて聞いたことないわよ」

 ゲイルは魔物の中でもかなり強力な部類だろう。

エヴァからカインの強さは聞いていたアルティだが、それでも拳一つでゲイルを倒したカインに驚きを隠せない様子。

 剣を鞘に戻しながら、アルティは訊ねる。

この学園の教官。それ以上でもそれ以下でもありませんよ」

 明らかに答えをはぐらかしている。

 言外に教えるつもりはないということだろう。少なくとも、アルティにはそう受け取れた。

「言いたくないならいいわ。けど、どうして今日に限って学園に来たの?」

 ここ数日顔も見せなかったカインに、アルティは戸惑いを隠せない。

「少し用がありまして……それよりも本当に大丈夫ですか? ケガはしてませんか?」

「だ、だから大丈夫って言ったじゃない!」

 本当にケガがないか確認しようと手を伸ばしてくるカインに、アルティは顔を真っ赤にして後ずさる。

「アルティ!」

 そんなやり取りをしていると、唖然としているクラスメイトの中からミリィが二人の元にやって来た。

「アルティ、ケガしてない? 大丈夫? 念のために回復魔法をかけた方がいいんじゃない?」

「だ、大丈夫! 大丈夫だから少し離れてミリィ!」

 捲し立てるように喋るミリィを何とか落ち着かせようとするアルティ。

「助けられなくてごめんね! 私、怖くて動けなかったの!」

「いいわよ、気にしないで。私も結局あの魔物に歯が立たなかったわけだし」

「そんなことないよ! あんなのに立ち向かえただけでもアルティは立派だよ!」

「そ、そんなに誉めないでよ。照れるじゃない……いたた」

 唐突に首に痛みが走り、アルティは顔をしかめる。

「アルティ、やっぱり治療はした方がいいよ」

「そうね……お願いできる、ミリィ?」

「うん、任せて!」

 ミリィは快諾し、アルティの首へ魔法をかけようとする。

「ミリィさん、僕の方も回復魔法をお願いしてもいいですか?」

「え、カイン君もどこかケガをしたの?」

 一見するとカインは無傷にしか見えない。

「ああ、回復させてほしいのは僕ではありません」

 そう言ってカインは一旦教室を出たが、一分ほど経過してから戻ってきた。

 ただし出た時と違い、何かを背負っていた。

 気になったアルティは、よく目を凝らしてそれを見つめる。すると、

「ベ、ベルグ!?」

 カインが背負っていた何かは、校舎外へと飛ばされたベルグであることが分かった。

「彼が落下しているところを丁度僕が通りかかったんですよ。地面に叩きつけられる寸前に僕が受け止めてここまで連れて来ました」

「そう……良かった」

 死んだと思っていたクラスメイトが生きていたことに、アルティのみならず他の学生たちも安堵する。

「ただ、肋骨の骨が肺に刺さって呼吸困難に陥っているので早く回復魔法をかけてあげてください。このままでは死んでしまいます」

 しかし続くカインの言葉が、アルティたちの顔を真っ青に染めた。

「そういうことは先に言いなさいよ、バカ! ミリィ、私はいいから先にベルグをお願い!」

「う、うん、分かったよアルティ!」

 ミリィは慌てた様子でベルグの元まで走る。

「ベルグ君はミリィさんに任せるとして……他の方はケガはありませんか?」

 今度は、先程のゲイルとの一連の流れを見て呆然としている学生の方に振り向く。

「彼らなら大丈夫よ。魔物と戦ったのはベルグと私だけ」

「それは良かったです」

 ひとまず死人が出なかったことは幸いと言えるだろう。

「それにしても、どうして魔物が学園に侵入してきたのでしょうか?」

 学園は魔物にとって鬼門。魔物がわざわざ来る理由はない。

「それに、他の教官がいない今日襲撃するというのは偶然にしてはあまりにも……」

 いくつかの疑問がカインの頭に浮かぶ。

 こうなってくると、ゲイルを手加減抜きで倒したのは失敗だったと言わざるを得ない。

 生かしておけば色々と情報を手に入れられただろうに。

 だが今更言っても遅い。

 カインは顎に手を当て、様々な可能性を模索する。

 しかし答えは出ることなく、行き詰まっていると、


「――いくらゲイルさんを倒したとはいえ油断しすぎですよ。あなたらしくもない」


「「「「…………ッ!?」」」」

 その場の全員が、唐突に聞こえてきた声の主の方に視線を移動させる。

「初めまして、シャルバと言います。そこで死んでいるゲイルさんの仲間です」

 突如現れたのは、精緻な顔立ちの青年。しかし、その瞳は人外であることを物語るように赤く光っている。

「は、放して!」

「ミリィ!?」

 いつの間にか、ベルグの治療をしていたはずのミリィが両手を後ろに組んだ状態で青年に拘束されていた。

「ミリィさんを返してください」

 新手の登場に大半の者が動揺する中、すぐさま行動を起こしたのはカインだった。

 カインは地を蹴ると、弾丸の如し速度でシャルバと距離を詰める。

 シャルバを圏内に収めると、ゲイルすらも屠った一撃を振るう。

「【テレポート】」

 しかし、必殺の一撃は虚しく空を切る。

「危ない危ない。危うく殺されてしまうところでしたよ」

 【テレポート】を使用したシャルバは、教室の最奥に移動していた。

「それにしても、いきなり容赦がないですね」

「目的は何ですか?」 

 軽薄なシャルバの言葉に構うことなく、カインは問いを投げる。

「目的……ですか。それを話すのは簡単ですが、ここは人の目が多すぎますね。場所を変えませんか?」

 一見提案しているように見えるが、ミリィがシャルバの手中にある以上脅迫と変わりない。

「分かりました。ただし、ミリィさんは解放してください」

 シャルバの要求を受けつつ、カインはミリィの解放を求める。しかし、

「それはダメです。あなたが私の要求を反古にしないとは限りません。彼女は保険として、このまま人質になってもらいます」

「…………ッ!」

 カインの要求はあっさりとはね除けられ、事態は悪化するばかり。

「しっかりと私の言うことを聞いてくれれば、この少女は返してあげますよ」

 会話の主導権をシャルバに握られているため、どうしようもない。

「場所は……第三修練場にしましょう。それでは待っていますよ【テレポート】」

「ミリィ!」

「アル――」

 ミリィは親友の名を言い終えることなく、シャルバと共にAクラスの教室から消え去る。

「ミリィ――――!」

 後に残ったのは、連れ去られた親友の名を叫ぶ一人の少女だった。








 


 


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