襲撃

「おいおい、ユーリス学園の警備兵だっていうから期待してたのにどういうことだよ? こいつら、ただのザコじゃねえか!」

 それは、鉄柵に囲まれた学園の正門前での出来事だ。

 柄の悪い長身の男が、に悪態をつく。

「仕方ないですよ。普段、学園には警備兵なんて目じゃないほどの強者つわものがいるんです。警備兵なんてただの飾りですよ。まあ、その強者も今はいないんですけどね」

「けっ、つまらねえな。おいシャルバ、もっとなぶり甲斐のある奴ははいねえのかよ」

 訊ねられて、シャルバと呼ばれた青年は顎に手を当てる。

「そうですね……ならばここの学生などはどうですか? 先程の警備兵よりはマシですよ、ゲイルさん」

「学生か……いいな、それ。どうせ標的も同じところにいるんだろ? ついでに殺してやるよ」

 柄の悪い男――ゲイルは凶笑を作る。

「旦那も一緒にどうだ? さっきのザコよりはマシだろうぜ」

 ゲイルは背後の頭のてっぺんからつま先までローブで覆われた人物に声をかける。

「弱者に興味はない。俺が求めるのは真の強者との闘争のみ」

「ったく、相変わらずお堅い野郎だな。こっちまで肩が凝っちまうぜ」

 言葉通り本当に肩が凝ったのか、ゲイルは両肩を数回大きく回す。

「おしゃべりはそこまでにして早く行きましょう。私たちも時間に余裕があるわけではないので」

「はいはい、分かったよ」

「…………」

 三人の脅威が学園に侵入した瞬間だった。




 Aクラスの教室は、今日も他愛ない雑談で賑わっていた。

「ミリィ、昨日からずっと疑問だったんだけど、どうしてそんなにニコニコしているの? 何かいいことでもあったの?」

「うん、まあね」

 昨日部屋に戻ってから、なぜかずっと上機嫌親友に訝しむような視線を向ける。

「でも、アルティも今日は調子が良さそうだよ? 悩み事でも解決したの?」

「別にそういうわけじゃないけど……」

「本当に?」

 正面からジッと見つめられる。

 しばらくすると視線に耐えられなくなったのか、アルティはそっぽを向く。

「ほ、本当よ! もうこの話はおしまい! これ以上の詮索はなし!」

「えー……仕方ないなあ」

 しらばっくれるアルティに、渋々とではあるがミリィも引き下がる。

「……それにしても、カイン君遅いね」

 教室の壁に立てかけられた時計を見ながら、唐突にミリィが呟いた。

「何で今あいつの話をするのよ?」

「んー……何となく? もしかしたら今日来てくれるんじゃないかなあと思ってね」

「来るわけないわよ。仮に来てもどうせ自習だし、いる意味がないわ」

「でも、個人的には来てくれると嬉しいなあ……色々な意味で」

 ミリィが何の話をしているのか分からず、アルティは首を捻る。

「早く来てね、カイン君」

 誰にも聞こえないような小さな呟きが漏れる。

 教室の扉が力任せに開けられたのは、そんな時だった。

 全員が扉の方に目を向ける。

 現在、室内に学生は全員揃っている。

 今日は他のクラスは休校日。教官も一人を除き、国王の依頼でいない。そのため、今日この場に現れる人物といえば一人しかいない。

 しかし、それは最悪の形で裏切られるのだった。

「こんにちは、クソガキ共!」

 教室に入ってきたのは、チンピラ風の男――ゲイルだった。

 突然現れた部外者にクラスメイトの大半が臆する中、アルティは恐れることなくゲイルの元まで歩み寄り、言葉を放つ。

「ここはユーリス学園。部外者は立ち入り禁止よ。そもそも、どうやってここまで来たの?」

「質問は一つずつにしろよ。面倒臭いガキだな」

「いいから答えなさい」

「うるせえな、てめえに教える義理はねえだろ。あんまり喚くようなら殺すぞ?」

 ゲイルが殺意を宿した目で睨む。

「……もういいわ。あなたが口では分からないバカだというのなら、私が懲らしめてあげるわ」

 アルティは怯むことなく腰を低くして、剣に手をかける。

「何だあ、俺とやろうってのか? へへへ、面白れえ。いいぜ、一発目は受けてやるよ」

 ゲイルは両手を広げて受けの構え。

「その慢心があなたの身を滅ぼすわよ」

 挑発的な態度のゲイルに静かな怒りを燃やしながら、握った柄に力を込める。

 アルティとて、本当に斬るつもりはない。そんなことをすれば死んでしまう。

 剣の刃ではなく腹の部分を叩きつけるつもりだ。

「はあ!」

 剣が、ゲイルめがけて放たれる。

 甲高い金属音が室内に響き渡る。

「ぐ……」

 苦悶の声をあげたのは――アルティだった。手を痙攣させながら、握っていた剣を落とす。

「おいおい、どうした? ユーリス学園の生徒ってのはこんなものなのか?」

 アルティの一撃を受けたはずのゲイルは、対照的にピンピンしている。

「あなた、何て硬い身体をしてるのよ……!」

 剣を握っていた手をもう片方の手で掴みながら、叫んだ。

「本当に人間なの?」

「俺が人間? ……ああ、そういえばまだ【トランス】を解いてなかったな」

 ゲイルが指を鳴らす。

 すると、ゲイルの全員の肌を突き破り、中から赤黒い外皮が顔を出す。瞳もそれに合わせて猛禽類が如し鋭いものになり、頭の両側面には禍々しい角が飛び出していた。

「そういえば、まだ名乗っていなかったな。俺の名前はゲイル。ご覧の通りハイデーモンだ」

 ハイデーモン。

 高い知性を持っており、鋼鉄の如し肉体と巧みに魔法を扱う技能を有した魔物だ。

 王国が定めた魔物の危険度において、ハイデーモンは二番目のAランクに位置している。

 これは並の戦士十人でかかってようやく倒せるレベルだ。

「ど、どうして魔物が学園に……!?」

 驚愕するアルティ。

 しかし他の学生の反応は、そんな程度ではなかった。

「う、嘘だろ、こんなところにハイデーモンがいるんだよ!?」

「知らないわよ!」

「今日は教官も一人もいないんだぜ!? 俺たち殺されちまうよ!」

 全員がゲイルという、たった一匹の魔物の登場で恐怖に呑まれた。

「みんな、落ち着きなさい!」

 絶望が場を支配しかけた刹那、アルティの一喝が室内の恐怖を消し飛ばす。

「私たちがこの学園にいるのは何のため? 魔物を倒すためでしょう!? 相手がハイデーモンだからって何なのよ! こんな奴、全員でかかれば余裕よ!」

「「「「…………ッ!」」」」

 アルティの言葉を受け、学生たちの目に光が戻る。

「へえ、全員でか。いいぜ、かかってこいよ。少しはマシになるかもしれないぜ?」

 余裕の態度を崩すことなく、むしろ挑発をするゲイル。

「俺たちを舐めるじゃねええええええええ!」

 そんなゲイルに果敢に飛びかかったのは、単純な力ならクラスでも一番のベルグだった。

 ベルグの武器は大剣。恵まれた体格を持つ彼には相応しい武器だ。

 ベルグはすぐさま大剣を抜き、そのままゲイルめがけて振る。

 必殺と呼ぶに相違ない一撃。

 ゲイルは回避する素振りも見せず、ベルグの一撃をその身に受けた。しかし、

「効かねえなあ!」

 本人の言葉通り、まったくの無傷。これにはベルグのみならず、他の学生も顔面蒼白。

「いいか? 攻撃ってのはな――こうやるんだよ!」

 お返しと言わんばかりにベルグの土手っ腹に拳を見舞う。

「が……ッ!」

 苦悶の声と共にきりもみしながら、ベルグが教室の窓の方へ吹き飛ぶ。

 とてつもない勢いで飛ばされたベルグは、窓すらも突き破り、校舎外へ躍り出た。

 Aクラスの教室があるのは校舎の五階。人が落ちて生きていられる高さではない。

「ベルグ!」

 誰かがベルグの名前を叫んだが、もう遅い。

 校舎の外へ投げ出されたベルグは、そのまま落下した。

「はははははははは! 弱すぎだろ!? ボールみたい吹っ飛んだぜ!?」

 下卑た笑い声が、室内に響く。

「あー……笑った笑った。それで次は誰が来るんだ?」

 ゲイルの悪意に満ちた瞳を向けられ、学生たちが戦慄する。

 もはや学生たちの心は完全に折れてしまった。再起は不可能に近いだろう。

「私が相手よ!」

 ただ一人、アルティだけは絶望することなく、ゲイルの眼前に立ちはだかる。

「またお前かよ。さっきので互いの実力差は分かったはずだろ?」

 うんざりした様子のゲイル。だがアルティは構うことなく、落とした剣を拾い構える。

「ふ……ッ!」

 ゲイルめがけて一直線に駆ける。

 ただ剣を振るっただけでは勝てないことは、先程ベルグが証明した。

「【ライトニング・ショット】!」

 だからこそ、アルティ剣術だけではなく魔法も頼ることにする。

 放たれた雷撃がゲイルを襲う。

「しゃらくせえ!」

 ゲイルは腕を横一閃に振るうことでかき消す。

 ついで、ゲイルの腕に首を掴まれ、足が地を離れる。

「そんな……ッ!」

 【ライトニング・ショット】一発で倒せるとは思っていなかった。

 だが、牽制にすらならないのは予想外だ。

「ったく、やっぱり話にならねえな」

 ゲイルの口から、落胆の溜め息が漏れる。

「く……ッ!」

 ゲイルの侮蔑の言葉を否定したいができない。

 その事実が悔しくて、アルティの目尻に水滴が溜まる。

「もう死ねよ」

 首を握るゲイルの手に、力が込められる。

 アルティはせめてもの抵抗でデタラメに剣を振るが、ゲイルは意に介した様子もない。

「あ……」

 骨の軋む音と共に意識が遠のきかけたその時、


「何をしているんですか?」


 耳に届いたのは、いつの間にか教室に入ってきたカインの声だった。

 

 

 


 





 

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