師匠からの知らせ

「それで、ミリィ君とはどんな話をしたんだい?」

 グラスに注がれた酒で喉を潤しながら、エヴァはカインに訊ねる。

 現在二人は以前利用した酒場にいる。

 カインら学園を出たところで、待ち伏せしていたエヴァに捕まり、無理矢理ここまで連行されたのだ。

「別に……特に何もありませんよ」

 当然の如く、カインの機嫌は悪い。

「まあ話したくないならいいさ。私も深く訊くつもりはない」

「……そんなことより、早く用件を話してください。何か話があるからここまで連れてきたんですよね?」

「相変わらずせっかちだね。少しは心に余裕を持って生きた方がいいよ?」

「余計なお世話です」

 エヴァがからかうものの、カインはまともに取り合わない。

 仕方ないと言わんばかりに溜め息を吐いた後、エヴァは本題を切り出すことにした。

「実は少し前、国王から学園に直々の依頼があったんだ。内容は、国を出て北にしばらく歩いたところにある森で大量発生した魔物の討伐」

「魔物が大量発生ですか?」

 きょとんとした瞳がエヴァに向けられる。

 魔王が死んで以降、その配下たる魔物はあまり活発な動きを見せることはなくなっていた。

 そのため、今回のような事態は相当珍しい。

「明日、我々教官一同は学園を休みにして北の森に出向くつもりだ。君にはその話をしたくてここに連れてきたんだよ」

「教官一同ということは、僕も強制参加ですか?」

「いや、君は参加しなくていいよ。どうせ国王になんか会いたくないだろう?」

「……確かにあまり会いたくないですが、理由もなしに断ることはできませんよ?」

 カインの懸念はもっともだ。

 国のトップである国王からの依頼。仮に理由があったとしても断ることは難しい。

 しかしエヴァはカインの言葉を予想していたのか、口角を吊り上げ、余裕の笑みを作る。

「問題はないさ。カイン、君はここ数日まともに授業をしていなかっただろう? 実はそのせいでAクラスは授業時間が足りなくなっているんだ。なので今回は、補講を理由に君の参加は免除してもらったよ」

「そんな理由がまかり通ったんですか……?」

 カインの顔は信じられないと言いたげだ。

「ああ、二つ返事で許してくれたよ。向こうも君にはあまり会いたくないみたいだね。まあ、君ののこともあるし当然か」

「…………」

「そんなわけで、君には明日の授業に出てもらうよ。どうせアルティ君にも謝罪しなければいけないし、丁度いいだろう?」

 エヴァの言葉に、カインは渋い顔をする。

「……どうして知っているんですか?」

「これでも君の師匠だからね。君のすることなど、手に取るように分かるよ」

 エヴァは何でもお見通しと言いたげな様子だ。

「仲直りをするまでがケンカだからね。しっかりと誠意を込めて謝るんだよ? そうすれば、きっとアルティ君も許してくれるさ」

「師匠……」

 エヴァの勇気付けの言葉に、カインの頬が緩む。

「さてと! 面倒臭い話はここまでにして今日は飲もう! ほらカイン! 君も飲みたまえ!」

 カインの顔に、酒の入ったグラスが押し付けられる。

「……僕は未成年なんですけど」

「そんなのは些細な問題だ!」

「いや、大分重要だと思いますが……」

 その後エヴァが酔い潰れるまで、カインは付き合わされるのだった。




 ――王国のとある場所にて。

「それで計画は順調なのか?」

「ええ、滞りなく進んでいます。これなら予定通り、明日始められますよ」

「そうかそうか、ならば良い」

 月の光すら届かない場所で、年若い青年の返答に初老の男が満足げに頷いた。

「貴様からの情報を聞いた時は肝が冷えたものだ。まったく、なぜ今更表舞台に出てきた。大人しくしていれば良かったものを……」

「まあいいではありませんか。おかげで彼を殺す機会を手に入れたわけですし」

「むう。確かにその通りだが……」

 初老の男の言葉は、どこか歯切れが悪い。

「それにしても、彼も憐れですね。人類のために戦っていたにも関わらず、こうして裏切られてしまうとは」

「……何が言いたい?」

 初老の男が年齢に相応しくない鋭い視線が青年を射抜くが、動じた様子はない。

「人類とは愚かなものだと思っただけですよ。気にしないでください」

「魔物風情が……」

「その魔物風情の力を借りているのは、どこの誰ですか?」

 剣呑な雰囲気が場を支配する。

「「…………」」

 しばらく無言を貫いた二人だったが、先に沈黙を破ったのは青年だった。

「やめましょう。私たちが争っても意味はありません」

「それもそうだな。だが、計画が失敗でもした時は――」

「ええ、分かっていますよ。もし失敗したら煮るなり焼くなり好きにしてください。まあ、私が失敗することなど万に一つもありませんが」

 青年は光の差さない暗闇の中、獣の如し獰猛な笑みを湛えるのだった。

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