後悔
「カインとはこの時初めて会ったよ」
エヴァが話を始めてから、一時間ほど経過した。その間アルティは黙々と話を聞いていたが、ここにきて口を開いた。
「その時、どうして彼はその場にいたんですか?」
「さあ? 私も疑問には思ったが、当時のカインはまともな生活を送ってなかったようでね。三歳くらいなのにロクな言葉も話せてなかったよ」
エヴァは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
「まあ彼が何者かなんてのはどうでも良かった。魔物を身体一つで屠る実力を持つ少年が突然現れた。当時の私たちは、その事実に色めき立ったものだ」
「そんなに凄かったんですか?」
「ああ、化け物と呼んでも差し障りないほどに強かった。あの時点で、彼と対等に渡り合える者はごく少数だっただろうね。……前に彼が二年間私に師事していたと言ったことを覚えているかい?」
「はい」
アルティが力強く首を縦に振る。
「実はね、あれは嘘なんだよ。私が彼に教えたのは、人として生きる上で必要な言葉と正しい力の使い方くらいのものだ。師匠と呼ばれるほどのことは何もしていない」
――エヴァの脳裏を今以上に幼いカインがよぎり、笑みが溢れる。
「……何だか母親みたいですね」
何となく、アルティがそんなことを言う。
「私が母親? ははは、冗談はよしてくれ。私は子供なんているほど若くはないよ」
エヴァ=クリスティンは、外見こそ二十歳ほどの美しい女性だが、年齢は百年を越えているとも、王国誕生時から生きているとも言われており、実年齢は誰も知らない。
唯一分かっていることは、外見通りの年齢ではないということのみ。
「そんな感じで二年ほど教育を施し、五歳になったことを機に、カインを実戦に投入した」
「やっぱり、彼は戦争を経験していたんですね……」
予想はしていた。だが実際にこうして聞かされると、想像していた以上の驚きがアルティを襲う。
「初陣にも関わらず、カインの活躍は目覚ましいものだったよ」
エヴァの声音が楽しげなものに変わる。まるで自分のことのように話す様は、子供の成長を喜ぶ母親のようだ。
「私も含めてたくさんの者がカインを褒め称えた。カインも皆の期待に応えるために何度も戦ったよ。最初の頃はカインの活躍を聞く度に私も胸が踊ったものだ。けどね、私はある日気付いてしまったんだよ……」
エヴァはそこで一旦話を区切ると、まるで何かに耐えるように瞳を閉じる。
「学園長?」
「ああ、すまない。話をを続けよう」
不審に思ったアルティが話しかけると、エヴァは閉じていた瞳を開け、再び話を始める。
「私――いや、私たちは人類の平和を守るという大義名分の元、カインという一人の少年の人生を食い潰しているという事実に気付いてしまったんだよ」
「…………ッ!」
「おかしな話だよ。本来なら守るべき存在である子供を戦場に立たせるなんてね」
エヴァは自嘲の笑みが浮かべながら続ける。
「確かに戦争は終わったが、代償としてカインのかけがえのない時間を奪い、更には人類に対して憎しみを抱くようになってしまった」
アルティの瞳には、エヴァがまるで神へ懺悔をする罪人のように映る。
「だから私は彼をこの学園に呼んだんだよ。君たちと触れ合うことで、彼が今まで経験することのなかった、真っ当な人生を送らせるためにね」
つまるところ、エヴァのしていることはカインへの償いなのだ。
カインを戦場に送ってしまった者として、一人の大人として、責任を取っている。
少なくとも、今の話を聞いてアルティはそう感じた。
「だが、結果的にカインは君を傷付けてしまった。本当にすまなかった、私の責任だ」
「学園長……」
エヴァは再び頭を下げる。
「カインのことを無条件で許してくれとは言わない。彼はそれだけのことをしたからね。ただ、一度だけチャンスをくれないか?」
「チャンス……ですか?」
アルティは言葉の意味を理解できなかったのか、聞き返す。
「カインはこれまで、まともな人生を過ごしてこなかった。そのため、ケンカなんてものはしたことがなかったんだよ。当然、人に謝ったこともね」
そこでエヴァは面を上げると、まっすぐな瞳でアルティを見つめる。
いつものふざけた様子はまったく感じられず、彼女の真摯な想いが受け取れる。
「だから、もしカインが君に謝罪したら許してやってくれないか? 頼む、この通りだ」
「……分かりました。もし彼の方から謝ったのなら、許します」
ここまでされて断るほど、アルティも鬼ではない。
何よりエヴァの話を聞き、アルティは事情を知らずカインを敵視していたことを恥じている。
「私も、彼には悪いことをしましたから」
「君は優しいね、アルティ君。本当にありがとう」
エヴァの心の底からの感謝の言葉に、アルティは照れ臭そうに頭をかいた。
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