弟子のために

「ミリィ、まだ帰ってこないのかしら?」

 丁度ミリィがカインと屋上で話していた頃、アルティは一人寮の自室のベッドの上でくつろいでいた。

 ルームメイトということもあって、普段は一緒に帰っているミリィだが、なぜか今日は用事があると言ってどこかへ行ってしまった。

「はあ……」

 ルームメイトのいない部屋でため息が漏れる。

 一人になると、どうしても三日前のカインの言葉を思い返してしまう。

 冷静になると、カインの言っていたことは間違いではない。

 人類を守るという使命感に酔っていた学生たちに、今一度自分の将来を見つめ直す機会を与えたのだ。決して悪いことではない。

「でもムカつく」

 理屈では分かっていても、感情面はそうはいかない。

 この三日間、思考は堂々巡り。

 カインの言葉に反論してやりたいという思いで何度も考えたが、結局納得のいく結論は出ることはない。

「絶対に許さないんだから……」

 カインがどれだけ正論を語ろうと、父親の死を侮辱したことは許容できない。

 ――そんな風に怒りに震えるアルティへの来客は唐突なものだった。

「やあ、こんにちはアルティ君」

「…………ッ!」

 眼前に突如現れたのは妙齢の女性――エヴァ。

「が、学園長!? 一体どこから入ってきたんですか!?」

 まったくと言っていいほど気配がしなかった。少々考え事をしていたが、それでも部屋に人が入ってくれば流石に気付く。

 エヴァは文字通り、何の前触れもなく現れたのだ。

「簡単だよ。【テレポート】を使ったんだよ」

 【テレポート】とは上級魔法の一種だ。

 好きな場所へ瞬時に移動することが可能である。

 ただし、移動する距離に応じて必要魔力量も増えるため、あまり長い距離の移動には不向きである。

 アルティも昔使ったことがあるが、一キロ先に移動しただけで魔力切れになったのはいい思い出だ。

「どうしてわざわざ【テレポート】を使って部屋に入ってきたんですか!? 普通に来てください! 普通に!」

「相変わらずアルティ君は面白い反応をしてくれるね。私もついついからかってしまうよ」

 怒鳴るアルティを心底楽しげに眺めるエヴァ。その表情は学園長という肩書きからは想像もできない、子供のようだ。

「ははは、悪い悪い。次からは気を付けることにしよう」

「……本当に気を付けてくださいね」

 アルティはジト目をエヴァに向ける。

 正直、あまり信じられないというのが本音だが、気を付けると言っている以上、更に追及することはできない。

「それで、何の用ですか? 何か用があるから来たんですよね?」

「ああ、その通りだ。アルティ君は話が早くて助かるよ」

 そこまで言って、エヴァは突然頭を下げてきた。

「すまない!」

「が、学園長!? 何をしてるんですか!?」

 いきなりのエヴァ行動にアルティは目を白黒させる。

「三日前、私の弟子が君に失礼をしたと聞いてね。彼がああなってしまった責任は私にある。本当にすまなかった!」

「あ、頭を上げてください!」

 アルティの悲鳴に近い懇願に従い、エヴァは頭をを上げる。

「……事情は分かりました。ですがその話は誰から訊いたんですか?」

 三日前のことは特に口止めをされたわけではないが、内容が内容だけにAクラスの人間は誰一人としてクラス外に漏らしていない。

 そのため、事情を知らない他の学生や教官は、カインが何の理由もなく勝手に授業を休んでいると思い込んでいる。

「三日前からカインが授業に顔を出してないからおかしいと思ってね。ついさっき、君のクラスメイトのミリィ君に話を訊いたんだ。すると、カインが君を泣かせたと聞いて驚いたよ」

「ミリィ……」

 今更ながら、人前で泣いたことを思い出し恥ずかしくなりつつ、あっさりとエヴァに話した親友に恨み言を言いたくなった。

「君の父親を侮辱するような発言をしたことも聞いている。本当にすまないことをした」

 普段のおどけた様子は鳴りを潜め、エヴァの真摯な想いが伝わってくる。

「……どうして学園長は彼のためにそこまでするんですか?」

 前から疑問だった。

 エヴァは何かとカインのことを気にかけている。

 以前カインが魔法を使えない件について問い詰めた時がいい例だ。

 あの時も、エヴァは弟子だからという理由でカインを庇っていた。

 アルティも最初はエヴァの言葉をそのまま信じていたが、今のエヴァを見ているとどうしてもそれだけではないように感じてしまう。

「弟子という以外にも、何か理由があるんじゃないですか?」

「……君は意外と鋭いね」

 言葉には、称賛の意味が込められていた。

「理由を教えるのは構わないが、それにはまず、カインについて語ることになる。少し長い話になるがいいかな?」

「私は大丈夫ですけど、本人のいないところでそういう話をしてもいいんですか?」

 流石にモラルに反しているのではないか? という懸念がアルティを襲う。

「問題ないさ。彼はそういう細かいことは気にしないタイプだよ」

「本当ですか……」

 いまいち信用ができない。

「それでは始めようか――」

 そしてエヴァは口を開いた。





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