親友のためにその2
「僕と話ですか?」
「うん。三日前のことについてね」
「それは僕に恨み言を言いに来たということですか?」
それならば、わざわざエヴァに訊いてまでカインの居場所を探したことにも納得がいく。
「え、違うよ?」
しかし、カインの予想はあっさりと覆された。
「なら何の話をするつもりですか?」
「アルティの話だよ」
「アルティさんの?」
カインが首を傾げる中、ミリィは本題に入る。
「アルティはね、魔物との戦争でお父さんを失ったんだ」
「…………」
珍しいことではない。
魔物との戦争において死亡数は、参加者の六割にも昇る。
一部の例外はいるが、基本的に人間は魔物と比べると能力面で劣っている部分が多々あるため、必然的に死亡者は多くなってしまう。
「だからね、カイン君の無駄死にっていう言葉は、多分アルティにとってお父さんをバカにされたように感じたんじゃないかな?」
「……本当に悪いことをしてしまいましたね」
思い返されるのはアルティの泣き顔。
彼女にとって父親がどれほどの存在か、カインには知るよしもないが、少なくともバカにされていい気はしないくらいには大切な人であることは分かる。
「後でアルティに謝ってね? アルティにとってお父さんは勇者様と同じくらい憧れの存在なんだから」
「分かりました。少し時間は必要ですが、必ずアルティさんに謝罪します。約束です」
元々アルティには悪いことをしたと罪悪感を抱いていたため、ミリィの言葉はカインに良いきっかけを与える形となった。
「うん。ありがとう、カイン君」
カインの言葉を受け、ミリィは柔和な笑みを浮かべる。
「それにしても、わざわざアルティさんのためにここまでするなんて、とても仲がいいんですね」
「アルティとは昔からの親友だからね。この学園に入ったのだって、アルティと一緒っていうのも理由の一つだからね」
「理由の一つということは、他にも理由があるんですか?」
ミリィのセリフに引っかかりを覚えたカインは、ミリィに訊ねる。
「うん……実は私、昔魔物に両親を殺されちゃったんだ」
「……すいません」
「あ、気にしないで。勝手に話したのは私だし」
自身の失言を悔いて謝罪したカイン。
だがミリィは言葉通り気にした様子もなく続ける。
「両親は私を逃がすため囮になって死んじゃったんだ。あの時のことは今でも夢に見るよ……」
「つまり、魔物に復讐するためにこの学園に入ったということですか?」
カインは、ミリィの言葉からたどり着いた結論を告げる。
魔物への復讐とは珍しいものではない。
つい二年前まで魔物と戦争をしていたのだ。当然、その最中に大切な人を失った者も数え切れないほど存在する。
そういった者が、魔物への復讐のために学園にいても別段おかしいことではない。
「そんなに大した理由じゃないよ」
だが、ミリィの答えはカインの予想を裏切るものだった。
「確かに、両親の命を奪った魔物を恨んだりもしたけど、それ以上に私は悔しかったんだよ」
「悔しかった?」
「うん。子供の頃の私は弱くて、両親に守ってもらうことしかできなかったの。もし、あの時の私に力があれば、両親は死なずに済んだんじゃないかと思うと悔しくて堪らなくなった」
人知れずミリィの握った拳に力がこもる。
「だから、もうこんな思いはしたくないし、誰にもさせたくない。そう思って私はこの学園に来たの。ねえ? 大した理由じゃないでしょ?」
「そんなことはありません……僕なんかとは比べものにならない、素晴らしい理由ですよ」
カインの言葉は嘘偽りのない本音だ。
魔物に大切な人を殺された者は、失った悲しみから憎悪に囚われてしまう。復讐心を糧に生きるのだ。
しかしミリィは違う。彼女はただこれ以上自分のような境遇の人を生み出したくない。そんな優しい想いで、今日まで生きてきた。
「羨ましいですよ……」
過去ではなく未来を生きるミリィに、カインは畏敬の念とほんの少しの劣等感を覚えてしまう。
「あはは、照れちゃうなあ。でも、カイン君は凄く強いんだから、何か戦う理由があるんだよね?」
「理由ですか……残念ながら、僕には戦うための理由なんてありませんよ」
どこか自嘲気味な笑みが、カインの顔に刻まれる。
「実は僕、二年前の戦争に参加していたんです」
「…………ッ!」
唐突なカインの呟きにミリィは驚愕する。
「物心ついた頃から、魔物を殺して殺して殺し尽くしました。僕も含めたたくさんの戦士が、人類の平和を願いながら戦い続けました」
三日前と同じ話。だが、あの時のような怒りはなく、むしろ哀愁と呼ぶべきものが込められている。
「彼らはそのほとんどが死にましたが、全員、最後まで人類の平和を夢見ていました。みんな死ぬには惜しい、素晴らしい人でした」
――ある者は、自分を息子に似ていると言って何かと構ってくれた。
――ある者は、自分を魔物との戦争を終わらせてくれる英雄になると信じてくれた。
――ある者は、幼い自分を戦場に立たせていることをいつも謝っていた。
みんないい人だった。
彼らの顔は、今でも脳裏に焼き付いている。
「彼らの死を冒涜した人類のために戦うなんて、今の僕にはできません。最早、何のために戦っていたのかも忘れてしまいましたよ」
「カイン君……」
およそ十三歳の少年が経験するには壮絶な過去を聞かされ、ミリィは何と答えればいいか困惑している。
「……流石に暗くなってきましたね」
見上げると、すでに日はすでに落ちてしまい、どこまでも広がる闇が空を支配している。
「そろそろ帰った方がいいですよ?」
「うん、そうだね。……またね、カイン君」
「さようなら、ミリィさん」
ミリィが屋上を後にしたのを確認すると、カインは再び空を見る。
「僕はどうすればいいんでしょう……」
漏れた言葉は、誰にも聞かれることなく闇夜に溶けて消えるのだった。
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