少年の怒りその1

 カインが教官になって二日目。

 本日の最初の授業は前日同様、第三修練場で行われる実践形式の訓練。

 開始十分前だが、Aクラスの学生はすでに全員揃っている。

 魔法学と戦略学はてんでダメだったカインだが、昨日の模擬戦で実力は証明されている。

 そのため、学生たちも普段より意欲的に見える。

「今日はあいつをぎゃふんと言わせてやるわ!」

 学生たちの中でもアルティは、昨日の雪辱を晴らそうと一際やる気を見せていた。

「みんな凄いやる気だね」

 そんな中、唯一のほほんとクラスメイトを眺めているのはミリィ。

「もう、ミリィは他人事みたいに……」

 妙にやる気のないミリィにアルティは嘆息する。

「お待たせしました、皆さん」

 丁度授業開始の時間になったところで、カインが修練場に現れる。

「来たわね!」

 カインの姿を確認すると、闘争心剥き出しにしてアルティはカインに飛びかかる。

 しかし、カインは相手するとこなく半歩引いてアルティの襲撃を躱す。

「いきなり何をするんですか?」

「昨日の続きよ。今日こそは負けないわ!」

 腰の剣を抜いて構える。

「どうしたのよ、早く来なさい!」

「あの一旦落ち着いてください」

 カインはアルティに応じることなく、むしろ高まった気を静めようとしている。

「何よ私と戦うのが怖くなったの!?」

「いえ、それはないです」

「こいつ!」

 挑発のつもりで言ったが即答されてしまい、アルティは腹を立てる。

「とにかく、僕の話を聞いてください」

 カインが再度告げると、ミリィはアルティの元へ歩み寄る。

「アルティ、カイン君もああ言ってるし一旦落ち着いたら?」

「……分かったわ」

 ミリィに説得され、渋々とではあるが抜かれた剣を鞘に納める。

「なぜ僕が言っても聞かないのに、ミリィさんの言うことは聞くのでしょう?」

 カインは解せぬとでも言いたげな表情だが、答える者はいない。

 自分に原因があるとは露ほども思っていないだろう。

「それで、話って何よ? 早く済ませてほしいんだけど」

「はい。実は今日の授業は自習にしたいと思います」

「…………はあ?」

 一瞬、カインの言ってることの意味が分からなかった。

「ちょっと待って。今何て言った?」

「だから今日の授業は自習にすると言ったんです」

 カインのセリフに、アルティだけではなくクラス中に衝撃が走る。

「……どうしてよ?」

 今にも怒りをぶつけたい衝動を理性で押さえ込みながら、カインの意図を問う。

 この訓練すらも自習になってしまえば、カインが教官をする意味はなくなってしまう。

 アルティの問いはそのことも考えた上でのものだ。

「皆さんが弱いからですよ」

「「「「…………ッ!」」」」

 侮辱と取られても当然の暴言。

 その場の全員の鋭い視線がカインを射抜く。中には怒りを越えて殺意すら抱く者もいる。

「私たちが弱いからどうしたのよ!? 弱いからこそ強くなるために訓練をするんじゃない! 今のあなたはその機会すら奪おうとしているのよ!」

「仕方ないじゃないですか。あなたたちは弱すぎるんですよ。下手に訓練をして僕があなたたちを殺してしまったらどうするんですか?」

 アルティの言ってることは、これ以上ないくらい正論だ。

 だが同様にカインの言ってることも間違いではない。

 昨日の模擬戦、アルティはケガをしただけで済んだが、カインが力加減を間違えれば死んでいた可能性もあった。

 カインと学生たちとの間には大きな力の差があるのだ。まともに訓練もできないほどに。

「せめて今の三倍は強くならないと、僕の訓練を受けるのは無理ですよ?」

「…………ッ!」

 今すぐ反論したかったが、カインの言ってることがあながち間違いでもないため、押し黙るしかない。

「まあ、精々頑張って力を付けてください」

 それだけ言い残してカインはその場を立ち去ろうとする。

「待ちなさい!」

 だが、駆け寄ってきたアルティがカインの肩を掴み、その場に留める。

「……何ですか?」

 流石にカインもアルティを煩わしく感じ始めたのか、声音は露骨に不機嫌だ。

「あなたは今、私たちの教官なのよ? 教官としての義務を少しでも果たそうという気はないの?」

「ないですね。というよりも、どうして皆さんはそこまで強くなりたいんですか?」

「もちろん人々を魔物の脅威から守るためよ。そしていずれは勇者様のような、みんなから認められる存在になるため」

 アルティの言葉にクラスの大半が肯定するように頷く。

 勇者という存在は国では英雄のように崇められているが、学生たちにとっては違う。

 彼らにとって勇者とは、自分たちが目指すべき理想の姿なのだ。

 だからこそ今アルティは勇者のようになりたいと言った。しかし、

「下らない。本当に下らないですね」

 そんなアルティに、カインは冷めた瞳を向ける。

「何が下らないのよ!?」

「今言ったことの全てですよ? 特に人々を魔物の脅威から守るなんて、笑いしか出てきませんよ」

 言葉通りに笑みを作るカイン。ただしその笑みは侮蔑の意味を多分に含んでいた。

「そもそも、人間は守るだけの価値があるんですか?」

「…………!?」

「二年前にあなたたちが大好きな勇者が魔王を討伐したことで魔物との戦争は終わりを迎えました。これで平和が訪れるのだと誰もが信じていました。でも、そうはならなかった」

 そこで一度話を区切ると、アルティを見る。

「何があったのか分かりますか、アルティさん?」

 今のカインは、先生が生徒に問題を出す時のようだ。

 ここに来て初めて、カインは教官らしいことをした。

「分からないわ……」

「答えは簡単ですよ。――人間同士の戦争です」

 

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