教官初日終了
ユーリス学園には、男女それぞれに一つずつ寮が存在する。
場所は学園敷地内。校舎群から十分ほど歩いた位置隣り合うようにして並んでいる。
純白の外壁は、高級ホテルを彷彿とさせる清潔感を誇り、内装もそれに見合ったきらびやかなものだ。
食事は朝と夜の二回。学園の食堂にも劣らぬ料理の数々は、学生の間でも好評だ。
お風呂場も、どちらかと言えば大浴場という言葉の方がしっくりくる立派な造りとなっており、特に女子の人気を集めている。
そんな場所で現在、湯船に浸かりながらもリラックスできず、ずっとイライラしている少女がいる。
「まったく、何なのよあいつは!」
アルティである。
彼女は本日何度目かになる怒声を上げていた。
「お、落ち着いてよ、アルティ。ここお風呂場だよ?」
隣で同じく湯船で一日の疲れを取っていたミリィが、親友であるアルティの気を静めにかかる。
「ほら、色んな人に注目されてるよ? 落ち着いて落ち着いて」
「……ごめんなさい」
そこで自身が、お風呂場にいる者全員の視線を浴びていることに気付き、アルティは借りてきた猫のように大人しくなる。
「でも、やっぱり私あいつのことは認められない」
「もう、そんなこと言ったらカイン君が可哀想だよ?」
「ミリィだって見たでしょう? あいつの適当な授業を!」
「確かに見たけど……」
途端にミリィの歯切れが悪くなる。
今日の魔法学の授業は、アルティのエヴァへの直訴も虚しく、自習となってしまった。
当然ながら学生たちの間で不満が漏れたが、カインは素知らぬ顔。
続く戦略論は、カインがなぜか魔物に関して異様に詳しく、支給された教本にも載ってないようなことまで解説をした。
だが、実際にその魔物を倒す方法となると、「殴れば死にます」の一点張りとなる。
魔物越えの身体能力を持つカインならば、言葉通り殴るだけで魔物を殺せるかもしれないが、他の者はそうはいかない。
結局、戦略論の時間も無意味な授業になってしまった。
「そもそも魔法が使えないって何なのよ!? そんな話聞いたことないわよ! どうせまともな授業ができないから、適当な嘘を吐いてるんじゃないの!?」
「流石にそれはないと思うけど……それに魔法学は自習だったけど、模擬戦は真面目にやってたし、適当なことをする子じゃないと思うよ?」
「騙されちゃダメよミリィ! それは演技! 本当のあいつはだらしなくて礼儀知らずのクソガキに決まったるわ!」
「またクソガキなんて言葉を……」
時々出るアルティの口の悪さと、今日知り合ったばかりのカインに対する容赦ない口撃にミリィは辟易する。
「どうせ今頃、私たちのことを嘲笑っているに決まってるわ!」
「くしゅん!」
「おや、風邪でも引いたかい?」
唐突に盛大なくしゃみをしたカイン。
「いえ、そういうわけではないんですが……」
「なら、誰かが君の噂でもしているのかもしれないね。君は今日一日で学園内でも話題になったし」
人で溢れかえる表通りとは正反対の、静寂が支配する裏路地。
そこをしばらく進むとランタンの火にぼんやりと照らされた酒場に着く。
店内はテーブル席が四つとカウンター席が八つ。表同様にランタンの火が店内を照らす。
その内、カウンター席二つはエヴァとカインが埋めている。
エヴァはともかく、十三歳のカインが酒場にいることは、酒場の主人や客から奇異の視線を向けられるが、本人は気にした様子もない。
「噂されるようなことをした覚えはありません」
「君、あれだけのことをしておいてそんなことを言えるね」
模擬戦でアルティを倒したことに始まり、魔法が使えないことを理由にした魔法学の自習。更には無意味な戦略学。
まだ赴任して一日目にも関わらず、学園内では様々な噂が蔓延るありさまだ。
流石のエヴァもカインの言動には呆れてしまう。
「まあいい。それで、今日一日教官として働いてみてどうだった?」
「どう……とは?」
エヴァの言葉の意図を捉え切れず、カインは首を傾げる。
「君が教官をしてみて思ったことや、学生たちを見て何か感じたことはないかい?」
「思ったことや感じたこと……ですか。そうですね……」
カインは顎に手を当てて考え込む。
脳裏をよぎるのは今日一日の出来事。
「……全体的に学生のレベルが低かったですね。今のままでは魔物と戦っても大半の人が死にます」
「ははは、手厳しいね。まあ、君からすれば大半の人間は脆弱なのだから仕方ないか」
学生たちが聞けば怒り狂うような発言だが、エヴァは心底おかしそうに笑う。
「今日一日彼らの動きを観察しましたが、ほぼ全員酷いものでした。アルティさんは辛うじて及第点には届いていましたが、それでもまだまだ」
実際に戦わなくても、普段の生活での身のこなしから相手の実力を測ることはできる。
無論、測る側にも相応の実力が求められるが。
「一応アルティ君は学年主席なんだがね……それでも及第点か」
やれやれとでも言いたげに、エヴァは肩をすくめる。
「それで? 他には何かないのかい?」
「他ですか? これ以上僕に何を話せと?」
「人類を守るために魔物なんていう怪物と戦う若者たち。彼らと接して何か感じたものはないかい?」
どこか期待の込められた眼差しが、カインに向けられる。
だがカインの答えは、そんなエヴァのささやかな期待を裏切る。
「下らないの一言に尽きますね。人類なんてものを守るために命を懸けるなんてバカのすることですよ」
それなりに付き合いの長いエヴァでも、今のカインはあまり見たことがない。
言葉の端々に怒りと呼べる感情が渦巻いており、表情は普段の鉄面皮ではなく、激情に駆られ歪んだいた。
「学園長も知ってますよね? 二年前――魔王が死んだあの日から現在まで、人類が何をしたのか」
「ああ知っているさ、嫌というほどね。だが――」
「それを知ってなお、人類に守る価値はあると思いますか?」
怒りに燃えるカインの瞳。エヴァはそれを正面から受けることができず、顔を伏せてしまう。
「そうか……君はまだ二年前のままなんだね」
エヴァの呟きはカインに届くことなく、薄暗い酒場に飲まれて霧散した。
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